13.大混雑、熊の手洗湯
ラスト、
熊の手洗湯だ。
巨熊の手を洗っているところから発見された縁起を持つ湯で、外湯で一番ぬるいところとして知られる。
真湯が霊泉なのに対し、こちらは看板板に名湯と書かれている。以前は熱い湯だったが1847年の善光寺地震で湯温が下がり、今は熊の手洗湯源泉の他、麻釜からも引いている。
つまりここに来ればいっぺんに二種類の源泉が楽しめるのだ。
40度程度の熊の手洗湯と43度程度の麻釜の湯と。交互に入ることもできる。
建物は木造でかなり古い。
既にとっぷりと温泉街の日は暮れ、ぼうっとオレンジ色の灯りが路上を照らしている。
挨拶をして中に入ると、もう大混雑。先ほど
上寺湯でほぼ入れ違いに入ってきた高校生ぐらいの体育会系グループも、続いて乱入してきた。
流石にぬるい湯だけあって、赤ちゃんを連れたお母さんもいた。なんとお座りもおぼつかないベビーを床に座らせて、お母さんはその背中を足で支えながら、自らも座り込んで体を洗っている。技あり一本。
しかし、赤ちゃんは目の前に面白そうな玩具を見つけたと思ったのか、やおら支えているのとは逆のお母さんの足先にじゃれついた。
当然お母さんはくすぐったいから動いてしまう。背中の支えが外れておっとと。
もう暗くなってきているので色はよく判らないが、熊の手洗湯は透明で優しい肌触りの湯だった。
他の湯と同様ゆで卵の臭いが顕著で、湯の花は少しだけ。
隣の浴槽は麻釜の湯で、先ほど入った上寺湯と同様、円釜から引いているが、小さな浴槽になんと毎分270リットルがそそがれているそうだ。この量は、同じ麻釜から引いている外湯、
松葉の湯や
秋葉の湯に比べて15倍の量だ。
だから壁側の側溝にざんざんと掛け流されていく。豪快だ。
本当はもうちょっとのんびりと入りたいところだが、時間が経てば立つほど混んでくる。人数を数えたら狭い浴室に14人も入っていた。
冬の野沢と言えばスキー。
これは
野沢温泉外湯巡りの続きをやるとしたら他の季節を狙うしかない。
仕方なく退散することにした。
体育会系グループは、引率者の先生の号令一過、次は真湯の方角に消えていった。
もうとにかく温泉街は真っ暗だ。
早く宿に戻らないと。
熊の手洗湯から中心地に向かって歩くと、正面に洗濯専門の洗濯湯がある。これだけでも人間入浴用と言っても不思議はないような立派な建物だ。
洗濯湯の隣の細い道を行くことにした。
ここも地図では点線で印された車は通れない怪しい道だが、道祖神社記念碑の前を通って坂を上ればメインストリートの近くまで近道できるはずだ。
ようやく民宿組合事務所前の中央ターミナルまで戻ってきた。
もう
横落の湯に入って帰る時間は残されていない。
あわててバスの時刻表を見に行った。えーと次は・・・5時7分・・・そして5時14分が最終か。
宿の夕食が6時として、5時半までに戻ってこいとパパは言っていたな。ちょうど良いくらいか。
ところがバスは遅れてきただけでなく、なんと終バスを含めてこの二本はもう次の車庫までしか行かないと運転手は言った。
・・・残念。
歩いて戻るしかない。
小走りで雪の残る坂道を下った。
宿に着いたのは5時20分。