夏に来た時にすぐ近くの睦乃湯に入りながら、恵乃湯には寄らなかったのは、共同浴場の清掃時間の関係だ。
手前にある睦乃湯は朝9時から11時半まで清掃時間なので午前中に行くならその前に行かなきゃならなかったし、奥にある恵乃湯は朝8時から10時が清掃時間なのでやはり午前中に行くには10時を過ぎてから行くか、あるいは8時前の早朝に行くしかない。
ちなみにどちらも午後3時から夜の9時までは地元専用タイムだ。
それで前回は早めにチェックアウトして、睦乃湯とこぶしの湯に寄って、今回はゆっくりチェックアウトして恵乃湯に来たわけだ。
今の時間がだいたい10時半なのでちょうどいいはず・・・。
恵乃湯の前に来ると、ちょうど観光客らしいカップルが出てきたところだった。
何だかこうちょっと様子が変。変って言うほどじゃないんだけど、お風呂上りで満足した感じが無い。
向こうもこれから入ろうとする私をちらっと見ながら去っていってしまった。何か言いたげな感じだったけれども。
なんだったんだろうなぁと思いながらドアを開けるといきなりブザーがなってビクッとなる。出入りの度に鳴るらしい。
脱衣所に入ると使用中の籠が一つ。どうも先客がいるようだ。
「おはようございます」
挨拶をして浴室に移動すると、長方形の浴槽の端に頭に使い捨てのヘアキャップを付けた私よりは年上の女性がしゃがんでいた。
地元の方かな?と思いながら少し離れて掛け湯をする。
うっ、熱い。
昨日と違って今日は比較的ぬるめのお湯ばかりだったので恵乃湯の熱さは堪える。
これはまたきりりと半端ない熱さだな。
私が掛け湯している間に先客はお風呂の中に入った。
私もまさかここでへたれて水を入れるわけにはいかない。頑張って入った。くーっ、熱いわ。
熱いお湯に入ると膝下が痛み出す。
しかも問題はお湯の温度の高さだけじゃない。湯口が全開マックスですごい勢いで熱湯源泉が追加されているので浴槽の中のお湯も対流しまくっちゃってる。
これがまたきつい。次々あらたな熱湯が押し寄せてくるんだもの。
流石に一度はすぐに出た。
出て一息ついて、それからまた入る。本当に熱い。しかも相手は草津の中でも刺激的な万代鉱だ。
先客が私を見て「地元の方?」と聞いてきた。
「いえいえ東京からです。今日はここに寄ったら帰るところでした」
そして私の方も「地元の方ですか?」と聞き返してみた。
するとその人はううんとんでもないと首を横に振って、自分も今朝東京から来たとことわったうえで、「熱いお湯に入りたくて10時ちょうどに来たらまだ清掃直後でお湯が溜まっていなくて、ずっと溜まるのを待っていたの。ちょうど今、いっぱいになったところ」と言う。
そ、そうだったのかー。
どうりで湯口全開でバシャバシャ熱湯を出しているわけだ。
「止めましょうか?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
せめてお湯が動くのを止めてほしいと思っていた。すいません、へたれで。
その方はかなりの頻度で草津にいらっしゃる常連さんのようで、「朝一番で煮川乃湯に入りに行ったらもうぬるくてぬるくて」と。「だからそのあとこっちに来たの。恵乃湯はいつも熱いからよく来るの。煮川乃湯に次いで熱いかしらね」
聞いたらその方が煮川乃湯に行ったのは、ちょうど私たちが煮川に入った30分後ぐらいのようだった。
「私も今朝、煮川乃湯に行きましたよ。今朝はぬるかったですねぇ」
とたんにあらっ話が分かるわねと口調が変わった。
「あなた、草津の共同浴場でどこがお好き? 私は煮川かしら。ここは二番目」
うっ、そう来たか。
「・・・やっぱり白旗乃湯?」
「い、いえ、じ、地蔵ですかね」思わずたじたじとなる。白旗も好きだけど。
「地蔵?」ふーんと意外そうな感じだった。
「あっ、でも立て替える前の方がお湯が良かったかなとは思いますね」
ああそれは私もわかるわとその方は同意してくれた。
車に戻ってから思いだした。
しまった、そんなに熱いお湯が好きなら凪の湯の話もしてみれば良かった。
なんか忘れているなと思ったんだ。
そして私が入る時に入口で私の方を見ながら帰っていってしまったカップルは、やはりお湯が溜まっていなかったので待っていて、待ちきれなくて諦めて帰っていってしまったのだそうだ。
前回の草津の時に白旗乃湯で体験したけど、共同浴場の清掃時間は目安程度だと思っていた方がいい。
予定時間より早く始まることもあるし、遅く終わることもある。
そして私たちは本来地元の方のためにある外湯を無料で「もらい湯」させてもらっている立場だ。