三日目 2003年8月31日(日)
夜中はずっと、雨除けとしてテントの上に張ったブルーシートに激しい雨がぶつかる音を聞いていた。風もときどきうなりをあげて通り過ぎていった。こんなに酷い嵐なのだから、朝にはきっと、元の静寂が戻っているのではないかと思った。
ところがそれは甘かった。
朝になってもまだ雨は降り続いていた。
いよいよ雨の中でのテントの撤収を覚悟しなくてはならないようだ。
落ち着かないまま、立って朝食を食べた。野外においてあったものは、椅子もテーブルもびしょぬれだったから。
それでもうちはまだいい。乾いたテントの中で寝ることができたから。
悲惨だったのはTetsu家のテント。
早速拝見させてもらいに行った。あーあ、本当だ、テントの中まで水浸し。床上浸水だね、こりゃ…。
下からの跳ね上げがすごくて、中まで水が入ってきたらしい。多いところで2センチもあったらしいよ。とても寝ていられない状態だったんじゃないかしら。ご愁傷様…。
ぬれたテントの撤収となると、Tetsu家、早い早い。れもん家も後に続く。結局我が家がびりだったが、幸い畳むときは一時的に雨がやんだ。
さあ、これからどうするよ。
いろいろ考えたが最初に企画したとおり白骨に行ってみることにした。Tetsuさんちは昔一度、
泡の湯の大野天風呂に入ったことがあるという。今ほど人気が出ていなかったその当時でもかなり混んでいたらしい。行くなら外来受付時間には並んで待っているくらいじゃないと入れないかも。
最初は昨日と同じ沢渡経由で行くことを考えたが、途中でスーパー林道経由に切り替えた。
林道に入ったとたん叩きつけるような大雨。誰もが車の中で、早いとこテント撤収を済ませておいてよかった…と心をなでおろした。
白樺峠を越えたらふいに雨がやんで日が差してきた。
久しぶりに見る明るい青空に、全員車を降りて頭上を仰ぎ見る。
「ねっ、雨の後だとこぉんなに太陽の有難さが身に沁みるでしょ?」とれもんが言った。
スーパー林道からアクセスすると
泡の湯旅館は白骨温泉に入ってすぐだ。高級旅館の佇まいの駐車場には車が数台停まっているだけで、あれ?と思ったら、外来入浴用の駐車場は別なのだった。
まだ本館の外来入浴の受付が始まって間もないはずだが、案の定駐車場はほとんど埋まっていた。外来専用のお風呂もあるからだ。先に停めていたTetsuさんが「こっちこっち」と受付の場所を教えてくれる。何だか建物の裏口みたいな感じで、当たり前だが宿泊客とは相当差別されているなぁと思った。
入り口で下足しているとパパが、こんな日はもっと設備の整って混みすぎない日帰り専用施設に行ったほうが良かったんじゃないか?とぶつぶつこぼしている。こんな日というのは、夏休み、日曜日、雨天、近隣でマウンテンバイクのイベントが開催される予定で人が沢山集まっているところへ悪天候によるイベント中止、と、常日頃の何倍もの人数が日帰り温泉に押しかけている可能性が高いからだ。
料金を払うところまで既に列ができていた。そこがちょっとした休憩室になっていて、お風呂上りに待ち合わせたりできるようだ。
レナのトイレを済ませてお風呂へ向かうと、パパが今なら内湯が空いているよと言う。
どうせ混浴大野天風呂は既に混んでいるに決まっているのだ。まずは内湯に行ってみよう。
野天風呂ばかり有名だが、内湯の雰囲気もとてもよい。浴槽は二つ並んでいて、広い方が源泉をそのまま空気に触れさせずに汲み上げて浴槽内から注入しているというぬる湯だ。37度くらいしかなく、夏だから気持ちよく入れる。
(画像は男湯で、女湯の内湯はこれとは左右対称になっている)
鮮度の良い温泉は、たとえ濁り湯の泉質でも汲みたては透明だという。この内湯はまさにその通り。更に驚くべきはその泡。炭酸成分がぷちぷちと上がってきて、水面ではじけている様子がよく判る。水面には小さな輪がいくつもいくつも現れては消えていく。
体にも多量の泡がつく。びっしりと細かい泡が肌について、青白く浮き上がって見えるようだ。なでるとさあーっと湯の中に散り、また新たな泡がびっしりと隙間無くつく。これこそが「泡の湯」の真髄。
隣の小さな浴槽は加熱してあるらしく41度に調節してある。外の露天風呂ほどではないが白濁している。内湯にも小さな露天風呂が併設されている。こちらも少々熱めだ。
次に有名な混浴大野天風呂の方に行ってみることにしよう。
脱衣所が別で、一度服を着なくてはならない。タオル巻きでも移動できないことは無いが、何しろギャラリーが多いので勇気がいる。
この露天風呂はちゃんと男女別の脱衣所があるが、この脱衣所がまた驚くほど狭い。二人も入ればいっぱいという感じだ。入浴前からぐったりしそうだ。何でも男湯の方は、内湯から直接大野天風呂に通じる非公式?なルートがあるらしく、パパやパパと一緒に男湯に入っていたカナは、知らないおじさんが「こっちが近道だ」と連れて行ってくれたらしい。
青森の
酸ヶ湯なんかと違って、女性用脱衣所から直接湯の中に入れるのは有難い。入ってしまえば白濁度が高いので、見られる心配はない。なるほど混浴難易度が低い露天風呂だ。
しかし深い。
三歳のレナなんてまったく足が立たない。この画像は、脱衣所から湯船に入る段になったところで撮影。
お湯は…内湯のアワアワを堪能してしまった後では、いくら綺麗に白濁していようと感動しなかった。お湯の幸せな感じと言うのは、内湯のほうがずっと上だったように思う。景観なら昨日の
白骨公共野天風呂の方がいい。
この泡の湯野天風呂はまあ、話の種に入ったと言うことで…。
とりあえずせっかく入ったのだから、浴槽内を一周してみた。確かに広い。でもあまりに人が多すぎて全然落ち着かない。丸い形なのかと思ったら、真ん中くらいで途中まで仕切られていて、一箇所しか奥へ行く道が無かった。場所によって適温だったり水のように温かったり。入浴客は男性がほとんど。カップルがちらりほらりという具合。透明度が低く、顔しか見えないため、ほとんど生首がずらりと浮いている状態(笑)。
大野天風呂がいまいちだったので、再び内湯に戻った。やっぱり白濁していなくてもこっちのお湯が好き。時間があったらずーっとここに入っていたいな。
また雨が降り出したので、Tetsuさん一家とれもん一家とは、ここでお別れ。
どうもありがとうございましたー。また懲りずにお付き合いくださいませ。
白骨温泉泡の湯。
私は内湯にとても感動したが、パパにはとっても不評。混んでいてまったく落ち着けないし、テントの撤収でぬれた体を温めたかったのに湯も温すぎるとのこと。
本日のお宿は新穂高温泉。
いったん沢渡へ降りて、安房トンネルを抜けて平湯へ出る。
前に新平湯温泉に泊まったときは、ちょうどこの安房トンネルが工事中だった。平湯へ抜けるには難所の安房峠を越えねばならず、九十九折の山道を上り詰めると、真っ青な空を背景に、峠からは乗鞍や穂高の絶景を臨むことができた。
そして工事現場の脇ではジャージャーと湯気の上がる温泉が垂れ流されていた。なんてもったいない!!と、そのころそれほど温泉にはまっていなかった私でも強く思った。
濃飛平湯バスターミナルの隣、山菜喰処よし本。このお店もTetsuさんに教わった(ありがとうございます)。ここで飛騨牛と朴葉味噌を食べる。美味しい美味しい。飛騨牛なんてこんなに分厚いんだよ。大人が食べるつもりがカナに随分取られてしまった。
このお店は店内で鈴虫を飼っている。子供たちは虫の泣き声に興味津々だったよ。
濃飛平湯バスターミナルには無人のトマト売り場も。よく冷えていて美味しそう。
これから真っ直ぐ宿泊先へ向かってもまだチェックイン時間には早すぎる。どこかでもう一湯…。
このバスターミナルにも立ち寄りできる温泉がある。けれど日曜の昼過ぎ。ちょうど観光帰りのお客さんでターミナルはごった返している。絶対お風呂も混んでいるだろう。
もうちょっと離れよう。離れれば、午後からはもう混んでいないはずだ。何処にしよう。こうしていろいろ選ぶのがまた楽しいんだな。
パパにガイドブックの立ち寄り湯を集めた頁を見せる。平湯近辺は気軽な立ち寄り温泉施設が豊富だ。
「ここにしよう」
やっぱり…。きっとそこが気に入るんじゃないかと思ったんだ。休憩室も露天風呂もあって料金もお手ごろ。
福地温泉 昔ばなしの里。
福地温泉は奥飛騨温泉郷の中でも地味な存在だと思う。有名な大旅館もないし、ツアーで訪れるような場所でもない。それだけに結束力が堅いと見えて、なんとなく統一感がある。
昔ばなしの里の駐車場はとても判りにくかった。外に駐車場があるのだが、また雨が降り出したので少しでもぬれないようにと思ったら、入り口を車でそのまま入ることができるのだった。なぁんだ。悩んであたりをぐるぐると回ってしまったじゃない。
ここは温泉のほか、機織やわら細工を体験できる施設がある。右の画像は機織機。
お風呂は男女それぞれ内湯と露天風呂があり、男湯は村内の景色を、女湯は山々を見られることになっている。
確かに女湯からの景色はなかなか良かった。雲の切れてきた山の緑が綺麗だ。パパ曰く、男湯から村内の景色って…施設の建物が見えるだけじゃないかっとのこと(笑)。
内湯は温め、露天は熱め。どちらも深くなく、底も平なので子供にも入りやすい。長いすのようなものが置いてあるので赤ちゃんでも脱がせやすいだろう。
内湯の建物は何だか温室みたいな妙なつくり。お湯はすっきりさっぱりとして、はっきりしたゆで卵臭がある。糸状のかなり大きな湯の花もある。味も薄めのゆで卵湯の味。湯の色は僅かに濁りがあるけどほぼ透明。
ここのお湯は私よりパパがとても気に入った。
泡の湯の印象が悪かったせいもあり、とにかく絶賛。彼は今まさにこういう温泉に入りたかったのだそうだ。
昔ばなしの里というだけあって、休憩室も昔の民家風。囲炉裏端があり、串に刺した魚や団子を焼いている。昼食後だというのにおだんごをがつがつと食べる娘たち。顔にタレがついてるよ(笑)。
なんでもこの
昔ばなしの里の温泉というのは、福地温泉の旅館が共同で運営しているのだそうだ。というのも、お昼時になると、福地温泉の旅館は全ていったん湯を落として浴室の清掃をする。もし温泉に連泊をしているお客さんがいると、その間は温泉に入れないことになるから、そう言うことの無いために、この施設を作ったのだそうだ。
今、やれ循環装置をつけているからと何日もお湯を張り替えず清掃もきちんと行っていないような施設から次々レジオネラ菌が出て騒ぎを起こしたりしているけれど、温泉街のみんなで協力していっせいに清掃する時間を決めて、しかもその代替として入浴施設を作るなんてちょっといい話じゃない? なんだか次は福地温泉に泊まりたくなってきたな(単純ですか?)
実際この建物の入り口にはトイレや休憩にも無料で使えると書いてある。温泉街全体でお客さまを気持ちよく迎えたいという心意気が見えるようだ。
レナなどここが気に入って、「ここに住みたい」とダダを捏ねて施設の方を笑わせていた。
あとは真っ直ぐ新穂高入りするまで。
予約を入れたペンションは、
ほのみ亭と言う。ネットで見つけて、お風呂の画像が気に入って電話したのだ。
ペンションや民宿が立ち並ぶ中尾地区に入ってすぐ、ちょっと道を奥へ入ったところにある。建物は
スイスのロッジ風。窓辺には花が飾られ、庭には白い椅子とテーブルとハンモック。なかなかリゾートらしい雰囲気だ。
「ペンションに泊まるなんて何年振りかな」
「そういえば…」
パパはペンションは当たり外れがあるのであまり泊まりたくないというのだ。私は元来布団よりベッド派なので、ペンションに泊まるのはわりと好きだ。最後に泊まったペンションは確か軽井沢方面…今5歳のカナがまだ赤ちゃんの頃で、離乳食やキッズルームのある子連れ専門ペンションを選んだのだがこれが大外れだった。あれ以来ペンションには泊まっていなかったかもしれない。
昔ばなしの里を出て、すぐカナもレナも車の中で入眠してしまったので、寝ている間にチェックインを済ませた。部屋は201号室。4人部屋で、四つベッドが入っているので広くはない。ビデオなど階下にいろいろあって、アンパンマンやディズニーなど子供たちが喜びそうなものもあった。車から降ろしたらカナはすぐ起きたが、レナは疲れているらしくまだ寝たままだ。
そうそう、何故かこのとき指をぺろりと舐めたら舌が痺れた。はてなと思って腕を舐めてみたらやっぱり舌がじんじんする。変な例えだけど噴射タイプの殺虫剤を吸い込んで粘膜が痺れたときみたいだ。泡の湯か昔ばなしの里のどちらか、あるいは両方混ぜると何か舌を麻痺させるような成分になるのかな?
パパがお風呂に行って来ていいよというので、一人で入りに行った。
ここは内湯のほか、露天風呂が二つある。
左の画像が醤油樽を再利用したという樽風呂、こもれびの湯。右の画像が今年の夏に完成したばかりという出来立てほやほやの岩風呂、満天の湯だ。
何がすごいといって、この二つの露天風呂は部屋ごとの貸切制。部屋ったって全部で8室。満室の日でもライバルは自分たち以外に7組しかいない。家族で気兼ねせずのんびり入れるってもんじゃない。このお風呂、入ってみると判るけど、どちらも十分大きい。例えば栃木の川俣一柳閣に有名な貸切露天風呂が三つあるけど、旅館の部屋数を考えると、
ほのみ亭の方がずっと贅沢感があるように思う。
それに脱衣所も十分な広さがあっていい。ちょっとしたところにも手を抜かず、桶の並べ方なんかにもセンスが見られる。例えば、立派な露天風呂があっても冷水の蛇口から伸びる緑のホースが丸見えのお風呂は興ざめであるように、こういうところ、ちょっと嬉しかったりする。
お湯の印象は昼間入った
福地温泉 昔ばなしの里にとてもよく似ている。透明度はもっと高く、お湯の温度ももう少し高いが。
源泉は焼岳地獄温泉。
樽風呂のこもれびの湯に入った後、見てみたら満天の湯も誰もいなかったので、はしごしてしまった。こもれびの湯はちょうど森林浴をしながら入る感じ、満点の湯は目の前に聳える焼岳を眺めながら入る感じ。どちらも外に対してほとんど囲いがなく、素晴らしいロケーション。
とっぷりと日が暮れてきた。ここは料理自慢の宿でもあるそうだ。ペンションだが夕食は和風。おなかいっぱい食べきれないほどお皿が並んだ。子供たちにも子供用のプレートに料理を出してもらったが、小食なこともあってあまり食べなかった。カナだけに料理をつけるとレナも怒るから、二人とも食事を頼んだが、こんなことならベッドだけにして、食事は大人のものを取り分ければよかった。
夜は家族で満天の湯に入りに行った。暗くなると景色が見えないのが残念だけど、やっぱり貸切は気兼ねなくていいね。ちょっと熱いけど、底は浅いので子供たちも慣れてしまえば喜んで入っている。
子供たちを寝かせるのに一苦労。
カナはすぐ寝たが、レナはなまじ昼寝をたっぷりしてしまったのでなかなか寝ない。
でも寝てもらわないと困る。というのは、夕食事に、夜のケーキの予約をしたからだ。それも一つだけ(笑)。子供たちの分は無いのだ。
10時近くなってやっと寝付く。そうっと大人二人は部屋を抜け出す。
夕食後のこの時間、ダイニングルームや外のテラスでお酒を飲んだりケーキを食べたりできるのだ。実は今日はパパのお誕生日。××歳、おめでとう!!
ケーキが一つしかないのは、せっかく二人で祝おうと思ったのに、パパはケーキは食べないと言ったからだ。変だけど、私の分だけ。あとはワインにカクテル。
他の宿泊客が何人か、外のテラスで飲んでいる。このスイス風の佇まいで、夜に浴衣姿…何だか妙なシチュエーションだ。いくら8月の終わりとはいえ標高の高い新穂高温泉。夜は寒いんじゃないかと思うが、ここの温泉に入った後だと逆にぽかぽかして浴衣で涼みたくなるのかもしれない。
私たちはもう若くないから外には行かないよ(笑)。昨夜の雨のキャンプで屋根のありがたみがよく判ったのよ(笑)。
それでも冷えたので、最後にこもれびの湯に入ってから寝ることにした。じんとくる熱いお湯がいい。この樽風呂は大人一人が十分手足をのばして入れるくらい大きい。
このあたり本当に良い温泉がいっぱいだ。とてもとても入りきれない。また来たいな。絶対来たいな。明日はいよいよ最終日。
続く…