子連れ家族のための温泉ポイント
- 温度★★★☆☆ 泉質★★★★☆ 内湯の温度は熱めだが、露天風呂はぬるめのものも。泉質は特に問題なし
- 設備★★★★☆ 雰囲気★★★★☆ 露天風呂が貸切で使えるのが子供連れに嬉しい
子連れ家族のための温泉ポイント
いくつも旅をしていると、もう一度泊まりたいと思う宿に出会うことがある。
渋温泉の中心にある共同浴場渋大湯。そのすぐ隣、但し大通り沿いではなく、脇に入った小路の隣に建つ老舗宿、ひしや寅蔵もそのひとつ。
緑の楓に縁どられた玄関は華美では無くも高級感のある和風造りで、ロビーの様子も玄関同様由緒ある老舗旅館らしい落ち着きと、和風でありながらどこか大正浪漫的な洋風の味付けがある。
玄関は無人で電話だけが置いてあった。
そこから連絡するとすぐ行きますよと返事があったが、シンとして誰も来ない待ち時間は長く感じた。
ようやく現れた品の良い女将さんは宿帳の記載を見て、自分も東京の出身だと言う。
太平洋戦争の空襲でみんな焼けてしまったという話を聞くと、結構なお年なのだと思うが年齢は不詳だ。
部屋へ案内すると言うので帳場から出てきた女将さんは足が悪いようだった。
だから電話ですぐに行くと言ってもなかなか来られなかったのかもしれない。
部屋は二階だと帳場の横の階段を昇った。
明るい蛍光灯よりもほのかなガス灯の方が似合いそうな小部屋や選べる色浴衣が見えるようにあえて開けたままの箪笥がある。
廊下も隅々まで洒落ている。
しかしつんけんしたわざとらしさではなく新しそうなのにノスタルジックな雰囲気があり、何よりつい先ほどまできっちり清掃して置物も全て位置を整えたようにも見えるのにどこにも人の気配が無い。
日本家屋にしろ洋風の建物にしろ、長い時間が経つと染みついてくる湿った臭いのようなものがあるが、ここにはそれがあまり無い。
話好きな女将さんは階段を昇って部屋に着くまでの間にもずっと世間話をし続けている。
普段は隣の折り紙ギャラリーで折り紙の先生をしているのだそうだ。
さて、ひしや寅蔵には内湯の延寿の湯と和多の湯があり、それぞれを男湯と女湯に使用しているが、翌日は男女を入れ替えるので両方を楽しむことができる。
部屋や廊下などに比べるとひしや寅蔵の浴室は年季が入っているが、綺麗で絵になると言うよりは年月がこびりついているような感じで、それはそれで好感が持てる。タイルが剥がれていたり、色が染みついていたり。
まず延寿の湯から入ってみよう。
12室規模の旅館の男女別浴室にしては広いというだけでなく、凝り方が凄い。
手前にタイル貼りの四角い浴槽。奥に屋根が掛かっているから露天と言うわけではないのだが露天風呂みたいな岩風呂。
奥の方は手を入れたらかなり熱かった。ちょうど渋温泉共同浴場の一番湯初湯ぐらいの熱さ。二番湯笹の湯ほどではない。
少しホースで水を入れて、ホースの周辺だけお湯の温度が下がったところで入ってみた。
でも熱いのですぐに出る。
手前のタイルのお風呂は奥とは同じお湯と思うが、木の樋で奥から引いてきているせいかほどほどに温度が下がっている。ちょうど三番湯綿の湯ぐらいのイメージだ。
もう渋の熱い共同浴場に三湯入ったところだったので、無理せずタイルのお風呂でのんびりすることにした。
ほとんどにおいはなく、べたつきが少しあるタイプの泉質。
岩風呂の方は白い湯の花も少しあった。全体的には無色透明だった。
二番目は貸切露天風呂。
貸切露天風呂へ行くには浴室前のスペースからサンダルに履き替えて外に出る。
そこはちょうど部屋から見下ろしていた中庭で、思わず自分の部屋の窓を探して上を仰いでしまった。
下駄箱でなく三和土に用意されたサンダルも大小一組みずつで何だか私たち夫婦に合わせて置いてくれたようだ。
暖簾を潜ると通路があってもう一つ暖簾。このちょっとした道行きがまた期待させる。
貸切風呂は先に写真で見ていた通りだったが、それでもやっぱり驚く。
渋温泉の旅館が寄せ集まっているまさに中心地で、しかも普通は小ぢんまりと作りそうな貸切風呂にこれだけ贅沢な趣向を凝らしていることに。
十分な大きさの岩風呂が三つ。それぞれに温度を変えている。
周りは囲まれているが庭木が多く植えられていて塀の圧迫感のようなものは感じない。
幕末に調査指導に見えた朱子学者の佐久間象山がひしや寅蔵に泊り、ここに入浴したそうな。その所縁から象山風呂と呼んでいると言う。
貸切で使うにはもったいないほどの広さ。
三つある浴槽のどれも竹筒から源泉がどぼどぼと落ちており、取り立てて加水も加熱もせず、湯量と浴槽の大きさだけで温度を調節している。
お湯は透明で同じひしや寅蔵の延寿の湯や外湯の一番湯~三番湯に似ている感じだった。
最後に入ったのが和多の湯。
和多の湯は延寿の湯に比べれば大人しいデザインだが、やはり浴槽は二つある。贅沢な作りだ。
ここは隣の延寿の湯と比べると狭く籠ったような感じがあるが、浴槽が木製なのが嬉しい。
奥と手前と同じように正方形のものが二つ並んでいるそれの、まずは奥の方から入ってみようとした。
手を入れるとかなり熱い。
延寿の湯の奥の岩風呂も熱かったが、もっとこちらの方が熱いかもしれない。
手前の方はというと、こちらはちょっと熱めなくらい、こっちならなんとか入れそう。
よく見ると、奥のお風呂はパイプの湯口からどぼどぼお湯を投入しているが、溢れている様子は無い。
一方、手前のお風呂はどこにも湯口は見えないが、洗い場の方に向けて一ヶ所常に溢れてお湯が流れている。お湯の流れるところは床も赤茶色く染まっている。
よくよく見ると湯口の無い手前の浴槽の表面の一部がわずかに盛り上がっている。
ということは、この二つの浴槽は中でつながっているのだろう。奥の浴槽がinで手前がoutだ。
でもって奥の浴槽は上から熱い源泉を入れて、少しぬるまって下に下がったお湯が手前に入る仕組み。だから手前の方が少し温度が低いのだろう。
その割には手前もそれなりに熱いが。
悩まずに水のホースを引いてきた。
手前の浴槽に入れてしばらく加水。
加水していると、透明に見えたお湯がもわもわと染まり始めた。
入って判った。底に大量に湯の花の濁りが沈んでいたのだ。
みるみるうちに濁り湯に。何色と言うんだろう。渋大湯の緑がかったオレンジ色にも見えるが、光の当たっているところは乳白色にも見える。
ちょうど窓から斜めに光が差し込んでいて、それがゆらゆら揺れてすごく綺麗。
においはなんていうんだろうなぁ、なんとも形容しがたいにおい。よくある金属や硫黄とは違う、植物? 土? 野菜? そんな感じの垢抜けないながら懐かしいような不思議なにおいがする。
そして感触はすべすべ。
歩き回ると足の方はまだまだ粉っぽい湯の花が沈んでいることがわかる。
ひしや寅蔵のお風呂、最後の和多の湯が一番インパクトがあった。
他に宿泊客がいないので、三つのお風呂が使い放題って本当にぜいたくな気分。もしかして外湯を回らずにひたすらこの露天風呂で本を読んでいるとかそんな過ごし方も幸せかもしれない。
女将さんに使っている源泉について聞いてみたが、「私は違う源泉だっていうことしかわからないの」とのことだった。
後日、宿のご主人(女将さんの息子さん)に源泉についてうかがう機会があったので追記します。
露天風呂は、駐車場横の源泉(7軒共有)と熱の湯(横湯川地獄谷対岸より)との混合温泉。
和楽の湯は、地獄谷(荒井川原)より引湯(渋温泉の旅館でメジャーな源泉)。
延寿の湯は、横湯川の対岸の上林上流より引湯(露天風呂の共有源泉とは別の7軒)。