2.
とにかく天候は悪化の一途を辿り、年末年始にかけては大荒れの猛吹雪という予報だったので、昨日は何とか半日スキーができただけでも御の字だと思っていた。
なのにまつだいファミリースキー場では予想外の晴れに恵まれ、ぽかぽかと暖かい陽気の中、さらさらの雪とがらがらのゲレンデを楽しむことができた。
でも今日は大晦日。
流石にもう低気圧がすぐそこまで・・・
二日目 2010年12月31日(金) |
窓の外の景色は意外にも吹雪いてはいなかった。
どんよりと曇り、墨色の木々と雪をかぶった山、そしてやはり雪をかぶった家々が、まるで白黒写真のように色の無い寒々とした景色を作り上げていた。
布団の足元の湯たんぽはまだぬくい。
ストーブは3時間ごとにアラームが鳴って切れる設定だが、以前のように夜中にあまりの寒さに起きてまたつけるような必要は無く、それなりに快適な温度が保たれていた。
早起きのパパとカナは目が覚めるとすぐに階下に降りていった。
寒がりの私とねぼすけのレナはまだ布団の中。
枕元の携帯電話をチェックしたが、相変わらず電波は届いていない。
ようやく手を伸ばしストーブをつけて、十分に部屋が温まってから着替えて下に降りた。
昨日も温泉に行かれなかったから、今日こそはどこかひとつぐらい行きたい。
この貸し民家みらい一号館から一番近い
芝峠温泉雲海は日帰り入浴休業中だということが昨日判ったし、残る選択肢は・・・
大晦日から正月二日ぐらいに掛けては旅館は一番忙しい時期だ。
旅館系は日帰り客より宿泊客優先だから、こういう時は日帰り専門の温泉施設を選んだ方が得策だ。
候補は
松之山温泉のナステビュウ湯の山、
千手温泉千年の湯、
宮中島温泉ミオンなかさとの三つ。
じょんのび温泉というのもあるが、冬季は通行止めで峠が越えられず不可だ。
この旅行期間中天気が悪いことを見越して水着を持参していた。
一日遊ぶには、室内プールの付いている日帰り温泉が一番だ。
さっきの選択肢の中で室内プールがあるのは、千手温泉千年の湯と宮中島温泉ミオンなかさとだが、どちらもプールは今日は営業していないことが分かった。
千手温泉千年の湯のプールは、正確には別施設で隣接する十日町市健康増進施設ひだまりプールのことだが、こちらは年末年始休業だった。
一方ミオンなかさとのプール方はもっと大々的に、年末年始どころか冬期休業だった。
どちらも温泉の方は営業中だ。
温泉の方の営業日と言えば、残念ながらもう一つの選択肢であった松之山温泉ナステビュウ湯の山は大晦日に限り休業なのだった。
それらの情報を検討した結果、千手温泉千年の湯の温泉だけに行くことになった。
プールは今回の旅行ではお預けらしい。
10時半。
出発。
貸し民家を出る前に子供たちは露天風呂の様子を見に行った。
薪で焚くお風呂がとても珍しいのだ。
但し薪だとかなり沸かすのに時間が掛る。かなり早い時間から火を入れておかなくてはならない。
それから坂道を下りて車のところへ。
まだ雪はちらつく程度だ。
これが遠からず猛吹雪になるのか。
千手温泉千年の湯への道は東へ向かう長いトンネルを通る。
抜けるとすぐに日本最長の信濃川が見えるが、渡らずに北上し、旧川西町へ向かうとある。
川西町も松代町も今はもう全部ひっくるめて十日町市の一部になってしまったが、元々千手温泉は川西町の公営温泉だった。
駐車場はどこだっけとぐるりと回り、前に来た時とは違うところに停めた。
雪は少しちらつく程度。
車から降りて屋根の下へ。
千手温泉千年の湯は、とても設備の整った日帰り温泉で、寒さに震えながら自動ドアの内側に入ると、そこは床暖房の快適なスペースだった。
明るい館内は、下駄箱の右手に受付があり、受付の右に畳の大広間休憩室、左に浴室とフローリングの休憩室がある。
私がここを訪ねるのは確か三度目・・・。
過去二回は内湯が玉石、露天が桧の方の浴室だったが、今回は初めて逆の浴室に入ることができた。
男湯と女湯は週替わりで入れ替えているのだそうだ。
今日は他に予定も無いからゆっくり温泉に入れる。
内湯はかなり混雑していたが、露天風呂はほとんど人がいなかった。
雪が降っているせいだ。
千手温泉のお湯は薄い褐色で紅茶のような色をしている。
主張しすぎない程度の、でもかなり強い油の臭いがする。
すべすべするような引っ掛かるような肌触り。
露天風呂の脇に雪の積もったところがあって、子供たちは早速雪を持ってきて浴槽の外側に小さな雪だるまを作り始めた。
ゆっくり入りすぎて子供たちの方が先に上がってしまった。
みんなは既に畳の大広間休憩室で待っていた。
ここは自由に読めるようにマンガなんかも置いてあるので、子供たちはめいめい「ねこぱんち」という猫ばっかりのマンガ雑誌を読んでいた。
千手温泉の休憩室では食事も頼めるが、千手温泉の館内で調理しているわけではなく、外部から出前してもらうシステム。
売店はあるが、お菓子やお土産程度しか売っていない。
あまり食欲のないカナはそこでお正月用の祝粉菓子を買ってもらっていた。これは中に餡が入っていて、外観は鶴や牡丹などおめでたい図柄が形作られている。
他に温泉プリンや千手の里というお菓子も売っている。
私が注文したのは出前の岩海苔ラーメン。
面が見えないほど岩海苔満載。
食後ももう一度お風呂に入ってきていいと言われたので、私一人で浴室に向かった。
子供たちはマンガを読んでいる方がいいらしい。
昨日は貸し民家の薪炊き露天風呂に入ったけれど温泉はお預けだったし、明日はもしかしたら悪天候で缶詰かもしれない。
せっかく遠路はるばる新潟まで来たんだし、ゆっくり入れる機会は逃さない。
気なしかさっきより雪が少し激しくなったような・・・。
露天風呂から出るときちょうど入れ違いに一人の小学校高学年ぐらいの女の子が入ってきた。神妙な顔で露天風呂に入っていたが、他に誰もいないのを見計らって急いで雪を抱えてお風呂の脇まで持ってきたので、思わずクスリと笑ってしまった。
どこの子供もおんなじだね。
お風呂で雪を見たら遊びたいよね。
千手温泉千年の湯を後にしたのはお昼過ぎの12時40分。
これから明日に掛けて大荒れ大雪になる予報だから、もうどこにも行く予定は無い。
ちょっとつまらないけど真っ直ぐ貸し民家みらい1号館に帰るだけ。
ところで帰る前に寄るところがあった。
それはショッピングセンター。
食材の足りないものを少し買い足すのと・・・あとキャンドル。
クリスマスも終わったのに何故にキャンドルかというと、パパが子供たちと約束したのだ。新潟でスノーキャンドルを作ろうと。
十日町のジャスコでパンやらお茶のペットボトルやら酔い止めの薬やらを買い出して、ジャスコの中を見回したもののキャンドルは売っていなかった。
悩んでジャスコの外に出ると、目に付いたのは・・・
「あそこに売ってるんじゃない?」
「えっ!?」
そこはジャスコと同じショッピングセンターのエリアに建つ仏壇店だった。
キャンドルと言えばかっこいいが、要するに蝋燭。
蝋燭なら仏具屋にそろっているのではないか?
お香の焚きしめられた店内は妙に場違いな感じだった。
奥まで行かずとも、入り口近くにキャンドルはあった。
それも幸いなことに白くて細いシンプルな蝋燭だけじゃなく、もう少し飾り気のあるものも。
信濃川を渡る辺りまでは雪がちらついていた。
が、しかしトンネルを潜り旧松代町に近づくにつれて何やら空が明るくなってきた。
渋海川に沿って253号線を行けば、いつの間にか正面に雲の切れ目。
青空はみるみるうちに広がり、それはもうまぶしいまでになってきた。
日差しが届くとやけに体感温度が上がる。
「・・・ねぇ、これから大雪になるんじゃなかったっけ?」
「うーん・・」
「晴れてきたんだけど・・・」
「・・・」
「むしろ昨日よりいい天気じゃん。荒天候だって言うからスキーはやめにしたのに、もしかして今日スキー場に行くべきだったんじゃないのかなぁ」
「もう今更・・・」
「だよねぇ。なんか悔しいな」
だけどこれは嵐の前の静けさだったとは、このときは知る由も無かった。
スキー場には行かず、午前中に温泉だけにしたのは正解だったのだ。
悔しい悔しいと口にしながら坂道を昇りまた下り、最後の坂道を途中まで昇れば駐車場。
車から降りる頃には既に青空は姿を消していた。
まだ雪は降りださないが、すっかり灰色の空が一面に広がっている。
みらい一号館到着は1時40分。
ちょうど千手温泉千年の湯を出てから一時間後だった。
これから先、することの無い私は炬燵にもぐりこんだが、子供たちは楽しそうに飛び出していった。
ちょうど外の露天風呂の隣に屋根のあるスペースがある。
ここは例えば夏ならば外でご飯が食べられるように簡素な木のテーブルと丸太の椅子がしつらえてあるが、ここが今の子供たちの遊び場だった。
周りには飽きるほど雪がある。
ひょっこりと炬燵を出て子供たちの様子を見に行くと、いつの間にかしんしんと雪が降り出していた。
やがてそれはやはり音も無く量を増やし、風が少し出てくると吹雪のようになった。
子供たちはせっせとスコップやバケツで雪を集めている。
二人にはスキーウェアを着せてあるが、レナの帽子だけが見つからず、私の物を貸していた。
パパが車に取りに行くものがあると言うので、レナの帽子も車の中に残っているのではないかとカナが一緒に探しに行くことにした。
しばらくして戻ってきた二人の帽子やコートには大粒のアラレがいっぱい。
聞くと車の周辺も雪で凄いことになっていたとか。
結局レナの帽子は見つからず。
これは帰宅日まで出てこなかった。
松代のこの辺りでは大晦日の午後から既にお正月という風習がある。
何故か12月31日なのに「明けましておめでとう」なのだ。
だから今夜の夕食は既におせち料理。
伊達巻、蒲鉾、海老、栗金団・・・さらに囲炉裏に火を入れて鶏手羽を炙る。
流石にお年玉はまだ渡さなかったが。
8時半には露天風呂の湯加減もほどよく、まずは子供たちをお風呂に入れることにした。
みらい1号館の露天風呂は母屋とは離れている。
ほんの数歩と言えど屋根のないところを通らないと行かれないし、屋根はあっても雪が積もっているところをさらに歩かなくてはならないので、お風呂に入るのもなかなか大変だ。
みんなで毛布やらバスタオルやらを巻いて、昨日靴を履いて移動して失敗したので、今日はサンダル。これがまた雪の中を歩くには冷たい。
夕方あれほど激しく降っていた雪は、今は止んでいるようだ。
見下ろす集落の灯りが瞬いている。
それーっと勢いで外に飛び出し、寒さを感じる前にお風呂に飛び込ませる。
薪の臭い。
火のはぜる音。
子供たちの笑い声・・・
2010年の大晦日はこんな風に暮れていった。