5月30日(土)
鳥かカエルのような鳴き声が聞こえて目を覚ました。
昨日訪れた
ハートレイズ・クロコダイルアドベンチャーズで、パパが子供たちに買ってあげたカエルのぬいぐるみだった。背中を押すと、グゥェログゥェロとリアルに鳴くのだ。
トイレに起きたパパが、まだ暗い部屋に戻ってきたときにうっかり踏んづけたらしい。
まだ5時半だが、起きて昨日の日記の続きでも書こう。
雨音が聞こえる。
昨夜からずっと降り続いているのだろうか、それとも朝の通り雨か。
カーテンを開けると、空は重い雲に覆われている。
ここ三日ほど天気が悪い。それをほとんど重荷に感じないのは、絶対晴れてほしい、最高の青空をと強く望んだスケジュールは全て前半に集中させたためで、その間はずっと明るい日差しに恵まれていた。
地元のニューズペーパーを見てみよう。
週間予報では、ここ3日ほど曇り。今日は朝はシャワー(霧雨)で、その後ファインとなっている。
明日は快晴の予報だ。
ポートダグラス最後の自由日は、再び南国の太陽が約束されているらしい。
日の出時刻になっても空はあまり明るくならなかった。だが雨はやんだ。木々も道も濡れそぼり、静かな朝となった。
カナも私と同じで、カエルの鳴き声で目覚めたらしい。パソコンを開いてキーボードを打っていると、ほどなく寝室から降りてきた。そのうちレナも起きてきて、二人は揃ってパパを起こしに行った。
やっと時差ぼけがなおってきたパパはまだ起こされたくなかったらしいが、カナが「パパがカエルを踏んづけたからだよ」と言うと、返す言葉も無い。
今日は四日目の
ロウ・アイルズに続いて、二つ目のオプショナルツアーを申し込んである。
DOKI DOKI Tours主宰の「
どきどき夜行性動物探検ツアー」だ。
このツアーは主に暗くなってから出没する野生動物を探すものなので、スタートは午後になる。ポートダグラスのホテルには1時20分頃ピックアップに来てくれるので、午前中はのんびりできる。
朝食後は、
4マイルビーチまで歩いて散歩に行ってみようか。
ポートダグラスは小さな半島だ。海岸線の東側に弧を描いてフォーマイルのビーチが続く。
リッジスは半島の根元に近い。先端まで行かなくても、ポートダグラスロードを横切って、真っ直ぐ東へ歩めば、ビーチへの近道だ。
人一人がやっと通れる小道が続く。
鬱蒼とした小さなレインフォレストだ。
雨上がりの森は、生命感に満ち溢れている。朝のシャワーを浴びて、木々は脈打っているかのようだ。
パパはこの前一人で朝の散歩に来たときは、ここで二羽のOrange-Footed Scrubfowlを見たと言っていた。
5分も歩くとビーチが見えてくる。
子供たちは競うように波間へ駆け出して行ってしまった。
シマッタ。
またしても同じ失敗を繰り返してしまった。
ほんのちょっとした散歩のつもりでも、海へ連れて行くときは下に最初から水着を着せて、着替えも持ってこなくてはならなかったのだ。
もう何もかも手遅れ。
嬉しそうに波をかぶって子供たちはずぶぬれだ。
カナもレナも貝がらを探したり、波をジャンプしたり、楽しくて仕方ないようだ。
大人二人は砂浜に腰を下ろしてはしゃぐ子供たちを後ろから見ている。
天気が悪いせいか、ビーチはあまり人影が無い。ずっと離れたところで浅瀬で遊んでいるグループがいる。あとはときどき波打ち際を、スポーツウェアにヘルメットのビーチサイクリングを楽しむ人が通りかかるぐらい。
時折日が差したりしていたが、だんだん沖から黒い雲が近づいてきた。
雲の下の海も煙っている。
まずいな、スコールだ…と思ったとたん、バラバラと大粒の雨が降ってきた。
カナとレナを呼んだ。
木の下へ急ごう。
ビーチを横切り、もと来た小道へ。
ああもう、海の水だか雨の水だかわからないね。子供たちびしょぬれだ。
わずかにビーチで寛いでいた人たちも、みんな小道へ戻ってきた。レナが「抱っこ」と言うので抱っこして歩いた。何だか豪州に来てから一段と重くなったような気がするのは思い過ごし?
後ろから一つの傘を仲良く差した老夫婦がやってきた。道を譲る。にっこりして追い抜いていく。いいなぁ、あんな老後を過ごしたい。
部屋に戻ってみんなでシャワーを浴びる。午後からは動物を見に行くんだよ。それも動物園じゃなくて、森や岩場に生きている野性の動物だよ。どう?ドキドキする?
どうせツアーが出発したらすぐにお茶の時間が来るらしい。ランチは軽めに。フルーツでも切ろうか。大きなメロンを切ったら子供たちは食べる食べる。二人でほとんど一個丸ごとを食べてしまった。
メロン丸ごとは後で後悔することになる。水分が多いだけでなくて、メロンにはカリウム分が多く強い利尿作用があるのだ。このときは失念していた。
ホテル棟のエントランスに迎えに来てくれたドキドキツアーズのワゴン。
運転手は今日はピックアップ係りでツアーには同行しないというが、日本語ぺらぺらの大柄なオージー。
ポートダグラスからの参加は私たちだけ。乗り込むとすぐに出発。車窓の景色は既に見慣れたキャプテンクックハイウェイだ。
ケアンズ近郊で野生動物を見て回る日本語対応ツアーはいくつかある。そのうち有名なのは、DOKI DOKI Tours主催の「どきどき夜行性動物探検ツアー」と、TROPICAL TOUR GUIDE主催の「わくわく動物探検ツアー」だ。
この二つはほとんど同じ内容で、目玉の「マリーバロックワラビーへの餌付け」「バロン川でのカモノハシ探し」「熱帯雨林のキャンプ地でのバーベキュー」「南半球の星空観察」などは共通だ。
違いは、どきどきの方は、
ヘンリーロス展望台と
カーテンフィグツリー見学が独自にあり、わくわくの方は、キュランダのコアラガーデン(別料金でコアラ抱っこ)が独自にあること。
どちらをやりたいかで選ぶと良いと思う。私はカーテンフィグツリーを見たかったのでDOKIDOKIにした。
またスケジュール表を見て、WAKUWAKUの方がカモノハシ探しに時間を長く割いていたので、見えるとしてもちらりと見えるかどうかのカモノハシを、うちの子供たちが黙って静かに1時間も待てるとは思えず、その点からもDOKIDOKIの方を選んだ。但し、実際はこれはその日の状況で流動的に変わるものらしい。両ツアーとも、カモノハシが見えればすぐにスケジュールを進めるし、見えなければぎりぎり日没まで粘るようだ。参加して後からそう思った。
参加者が用意するものは、歩きやすい靴、動きやすい服、長袖となっている。
子供たちには半そでTシャツと膝下のデニムパンツ、靴下、運動靴で参加させた。長袖トレーナーと綿ニットのロングパンツは防寒または帰りに寝てしまったときの寝巻きとして、フード付きウィンドブレーカーは防寒兼レインコートとして持参した。
ワゴンは
スミスフィールドで、ケアンズ方面から合流するメンバーを待った。
スミスフィールドは、ケアンズからハイウェイを10キロほど北へ走ったところ。ちょうどキュランダ方面から降りてきたケネディハイウェイとぶつかる場所だ。
ケアンズから見て手前に、キュランダへ向かうゴンドラ、スカイレール乗り場や、アボリジニのショーを見せるシアター、ジャプカイ・アボリジナル・カルチュラルパークなどがある。
スミスフィールドには大きなショッピングセンターがあり、ウールワースをはじめ、コールズ、おもちゃ屋、カー用品店、薬屋などが集まっている。庶民の生活グッズが主なので、ブランド品がほしい人には向かないし、旅行者が必要なものは市内のスーパーで全て揃うからわざわざ行くこともないかと思うが、その大きさには圧倒される。
レナがトイレトイレ!!と切羽詰った声を出した。
出かける前に済ませてきたはずなのに、やはりメロンが効きすぎたか。
お願いしてショッピングセンターの駐車場に車をつけてもらう。
…危機一髪。間に合ってよかった。
待っている間パパは運転手と話をして、豪州の年配女性の9割は糖尿病なんだなんて教えてもらっていたらしい。そう言われれば恰幅の良すぎる人があまりにも多すぎる。
やがてケアンズからのメンバーが到着した。ここで私たちは小型バスに乗り換える。
今日のツアーメンバーは私たち4人を入れて14人。通常の半数しかいないのだそうだ。今、SARSの影響で、日本人相手の商売はどこも難航しているという。
子供の参加者はうちの娘たちだけ。あとは新婚旅行らしい若いカップルが一組。それ以外は全てリタイヤ組のご夫婦だ。
主催者側はツアーガイドのアリさんと運転手のポールさん、もう一人普段はDOKIDOKIのオフィスで事務を担当しているという日本人のお姉さんだ。
最初の見所、ヘンリーロス展望台。
…というか、五日目のサウス・アサートンへのドライブで帰りに見たところだ。
あの日は良い天気だった。夕方だったが海が綺麗だった。
ここからはグリーン島も見えるという。
少し青空ものぞいて思ったより悪くない。このまま天気が快復してくれれば良いのだが。
バスが発車すると、アリさんの独壇場。まあよくしゃべるしゃべる。日本語がとても上手だが、イントネーションの強弱が強すぎて時々何を言っているのか判らないのがご愛嬌。
スミスフィールドからキュランダへの道はワインディングロード。100もカーブがあるのはやりすぎ。気持ち悪くなったら教えてくださいね。万が一間に合わなかったらみんなで窓を開けてくれ、とノリ良くまくしたてた。
ケネディハイウェイ周辺の森にはカソワリーが棲んでいる。
また、日本の羊歯は地面から葉を広げるが、ここでは茎がある珍しい木生羊歯が見られる。
そこっ!!
…見逃した。
あと羊歯の手前は生姜っ。
これは判った。確かに巨大だが生姜だ。
と、いろいろ道々教えてくれる。
キュランダで最後の乗客をピックアップした。DOKIDOKI社の午前中のツアー、キュランダ観光に参加していたご夫婦だ。これで全員揃ったらしい。
次の行き先は
マリーバ。
ここも五日目のドライブで通った道だ。パパは何だか景色に見覚えがあるなぁと言う。
でもちゃんとした説明付きだと、見逃していたものもよく見えてくる。
キュランダまではウェットな植生。マリーバに近づくと乾燥地帯に入る。ほんの数キロの違いで、別に山が隔てているわけでもないのに景観が変わる。そこまでは先日のドライブでも見て取れた。
しかし、乾燥地帯に入って木々がまばらになり、葉が高いところにしか茂らなくなってくると、ほら見てください、これらの木は根元が黒っぽくなっているでしょう。これはブッシュファイアの跡です、と教えてくれる。
乾燥しているから自然に発火して、下草と木の幹が焼かれるのだろう。なるほど、面白い。
マリーバは小さな街。1万人の人口のうち7千人はイタリア人だそうだ。
勤勉なイタリア人はここに住み着きタバコを栽培し、小奇麗な家を建てたという。今はタバコ農園は見当たらないようだ。周辺はマンゴーやパパイヤの農園ばかり。ダチョウの飼育場もある。
さてみなさん…とアリさんがおもむろに切り出した。
「カンガルーを見たことがありますか?」
半数が見ましたと手を挙げる。
「じゃ、野生のカンガルーは?」
沈黙。我が家も含めて動物園で見た人ばかりらしい。
「それでは野生のカンガルーを探しに行きましょう。今朝は雨も降りましたが、このところ乾燥気味でした。カンガルーは水のあるところにあらわれます。ゴルフ場では毎日水を撒いている。ゴルフ場へカンガルーを探しに行きましょう」
マリーバの町に入り、インフォメーションのある辺りで右折、メインストリートを行くと、なにやら住民が道に集っている一角があった。
アリさんは、彼らはこれからフェスティバル。紐をトラックに結わえ付けて歯で引っ張る…テレビで見たことあるでしょう? なんて言っていたけどまさかね…?
左折して住宅街で車を停める。
「ああ、とても珍しい鳥がいますよ」
その鳥は電柱の上にとまっているので、みんなバスの窓に張り付いてぎりぎり上を見上げる。
「モモイロインコ、買うと何十万もします。飼うには許可証も必要なんですよ」
つがいで二羽いる。もちろん野生だ。洗いざらしてくすんだようなピンク色の、大きなインコだ。
そこも過ぎて、町を外れ道がいきなり私道っぽくなった。
「ハイ、コチラでーす」
(
野生カンガルーの動画はこちらへ、別窓で開きます)
吃驚して目が点になってしまった。
まあ、うじゃうじゃカンガルーがいること。適当に木立を残した芝生地に、すごい数のカンガルーがいる。
飼っているわけじゃなくて、これみんな野生?
動物園と違って敷地が広いから、みんな跳ねる跳ねる。ぽんぽんぽーんと道へ飛び出してくるのもいる。カンタス航空のシンボルマークそのものだ。
いくらなんでもこれは餌付けしているんじゃないか?とパパが言う。
いや、それは無いんじゃない?
いつもそれなりにここにはいるけど、今日は特に数が多かったとか…。
実はカナは車が走り出してからすぐ、お腹が痛いといってそのまま眠ってしまった。やはりメロンの食べすぎかも。せっかくのカンガルーだからここで起こしたんだけど、そのまま窓に張り付いて夢中で見て、それきり今日は一度もお腹が痛いとは言わなかった。
アリさん曰く、農薬を散布した後はカンガルーはしばらく姿を見せないのだそうだ。
再びマリーバの町を突っ切る。中心部のラウンドアバウトを今度は右折して、目指すは
グラナイト・ゴージ(渓谷)だ。
さらに曲がるといきなりダートコースになる。がたがたの細い道だ。本当に車で通る道? ごつい4WD車でなくても行っちゃうの?
アリさんはワライカワセミの話を始める。
この辺りの森にいるんだけど、なかなか見つからない。みなさん、見つけたら教えてくださいね。運転手のポールに言ってすぐさま車を停めるから。
ふいに車が止まった。道の右に荒地のようなむき出しのスペースがあり、その奥に森がある。
「見て、ワライカワセミがいる!」
なかなか見えない。通路を隔てて隣に座っていた奥さんが「もっと下よ、木の根元のほう」と教えてくれた。
荒地の向こう、一番手前の木の、一番下の枝に白い大きな鳥がとまっている。配られているミニ望遠鏡でのぞくと、確かに平たい頭のクッカバラだ。
見ていると更にもう一羽やってきた。少し飛んで別の枝にとまったりしている。
「みなさん、ポールが見つけた。ポールに拍手を」
そこからダートを少し走れば
グラナイト渓谷だ。
ここで動物を見る目的としては初めて車を降りる。マリーバロックワラビーの餌付けだ。これがしたくて、夜行性動物探検ツアーに入ったようなものだ。
隣には先に来ていたWAKUWAKUのツアー車が停まっており、アリさんは「みなさん、ドキドキしますよ。決してワクワクはしないで下さいねー」と冗談を飛ばす。
一握りずつ餌が渡され、説明される。
マリーバロックワラビーはこのグラナイトゴージにしか生息していない珍しいワラビーで、全部で200匹ほどが岩場に暮らしている。初めは遠巻きに見ているが、黙って餌を手のひらに乗せてしゃがんでいればそのうち寄ってくる。
…もう200匹しかいないなんて絶滅寸前という感じだ。ツアー客の餌で生き延びているのかもしれない。
細かい雨が降り始めていたが、さあ行こう、と急かされる。
子連れだとどうしても初動が遅いので、みんなの後ろをついていくことになる。
砂地に木の棒を渡しただけのような簡易な階段を下りていくと、木々の向こうになにやら見たことも無いような不思議な景観が広がっていた。
巨大な岩がごろごろある。何だか自分がミニチュアになったみたいだ。これは溶岩が固まったもの(花崗岩)だそうだ。その岩場にずんぐりした小柄なワラビーがちょろちょろしている。人が近づいてもあまり逃げない。餌をちょうだい、と言わんばかりの無垢な目で見ている。
これがとても珍しいマリーバロックワラビー。
なぁんて可愛いんでしょう。
(
マリーバロックワラビーへの餌付けの動画はこちらへ、別窓で開きます)
とても大人しいが、ツメは鋭い。ちょうどコアラのツメのようだ。たぶん草地をジャンプする他のカンガルーと違って、この岩場にしがみつくためにツメが発達したのだろう。
餌をあげると両手で餌を持つ手を押さえるようにして食べる。
気がつくと雨はもう降っていない。
お腹に赤ちゃんがいるマリーバロックワラビーもいるよ。
ちょこんとお腹の袋から小さな顔をのぞかせている。
短い時間だったけど、心に残る体験だった。もう完全な野生とはいい難いのかもしれないが、それでも動物園のカンガルーに餌をやるのとはまるで違った。
ふと気がつくと、岩場には私たちファミリーと、新婚旅行カップルの二組だけが取り残されていた。みんなアリさんの指示で既に上に戻ってしまったらしい。急ごう。
砂地の駐車場のバスの停められた隣に、トタンの屋根を掛けたテーブルとベンチがある。そこにみんな戻って、お茶にしていた。
ジュース(何の果物だろう?)と、チョココーティングしたカステラの周りにココナッツをまぶしたようなお菓子ラミントンケーキが出た。
ここで飼われているロリキートが三羽、テーブル上で愛嬌を振りまいている。全部違う種類のロリキートで、頭の青いレインボーロリキート以外、名前がわからない。
そのうちフレンドリーな全身ライムグリーンのロリキートを肩にとまらせてもらって大喜びのカナとレナ。
アリさんが、「みなさん、ロリキート、見たことありますか?」と聞く。
ロリキートならいっぱい見た。動物園ではもちろん、野性のものだって毎日泊まっている部屋のそばを群れ成して飛んでいる。
キュランダから合流した男性が「今朝、見たよ、バスの中で」と言う。
「ああ、あれはドライバーのペットなんですよ」
うーむ、オーストラリアではペット同伴で仕事をしているのか。やるなぁ。
トイレならこの後にありますからと言われたが、メロンの効き目がまだ続いているレナががまんできないというので、ここでもトイレを教えてもらった。
どんなアウトドア施設でも、豪州のトイレはどこも綺麗にしてある。トイレットペーパーも切らさない。床もぬれていたりしないので、子供を連れてトイレに行くときは本当に助かる。ジャーッと流す水がどこも強力なので、どうしても座るところが少しぬれていることが多いが、先にトイレットペーパーで拭いておけば大丈夫。
次にバスが停まったのは、ナーデロス湿地の手前にある巨大アリ塚だ。
まあ、アリ塚自体はこのあたり、珍しくも無い。南アサートンのドライブでは飽きるほど見たし、そうでなくても注意深く観察すれば、
ハートレイズ-パームコーブ間のキャプテンクックハイウェイ沿いにも沢山見て取れる。
でも詳しい説明を聞くのは初めてだ。
ここには食べられるシロアリが住んでいて、これだけのサイズの巣を作り上げるのに数十年もかかるそうだ。
アリ塚はコンクリートのように硬く、手で叩くとこんこんと音がする。
レナはツアーに参加したときからバスの中で「蟻食べたーい」などと言って車内の笑いを誘っていたが、いざとなると嫌だといって食べなかった。
パパが一匹食べてみた。すごく苦かったそうである。
アリ塚を離れてバスはまた走り出す。景色はまた見慣れたサトウキビ畑。
ケネディハイウェイ沿い、
アサートンの手前のThe Big PEANUTというピーナッツ農場兼八百屋さんに入る。黒いシルクハットをかぶった大きなピーナッツの看板が目印だ。南アサートンドライブの帰りにも目に付いた。
手前はカスタード・アップル。白い果肉は甘くてとても美味しい。マンゴーもちょうど今が旬なのだそうだ。このほかに、野菜やナッツも売っている。
カッティングしたフルーツと、ピーナッツを味見させてくれる。レナはフルーツとナッツの両方を、カナはピーナッツばかり食べていた。
ここでもあまりゆっくりはできなかった。ツアーはスケジュールが目白押しなのだ。日没前にはバロン川に到着し、カモノハシを待たなくてはならない。
アリさんが手を叩いて終了を合図し、みんなをバスへ急き立てた。
あれ?バスがなかなか発車しない…と思ったら、まだ運転手がいなかった。
運転手のポールさんが最後に駆け込んできた。手には薄くスライスした食パンが一斤(日本の一斤の倍くらい厚みがある)と、フルーツか野菜が入っているらしいビニール袋。
アリさんは「ドライバーズ・スペシャルだ」なんて言っていたけど、このパンの使い道は後で判る。
次に車窓から見えたのは、白オウムだった。
森に何本か葉の無い木が立っており(その理由はよく聞き取れなかった)、木の枝一面に、まるで白いキャンドルのようにオウムがとまっているのだ。
車が左折して、右手に広い牧草地のようなスペースが広がると、その遠く、肉眼では豆粒くらいのサイズの白オウムが、地面のごく低いところを今度は群れなして飛んでいるのが見えた。
モモイロインコほどではないが、白オウムもこの場所以外で見るのはとても難しいという。
さらにちょっと行くと、今度はフルーツバット。
枝に大コウモリが群れでぶら下がって揺れている。たまに片方の羽など広げると、なるほどぎざぎざがあってバットマンのマークだ。
まあ、フルーツバットは
パロネラパークでもたわわにぶら下がっているのを見たし、泊まっている部屋のバルコニーやポートダグラスの街中でもときおり飛んでいるのを見たが、この辺りで時々見かけるバナナ園のバナナにかぶせられた紙袋が、鳥や虫、小動物除けではなく、コウモリ除けだと知ったのは、このツアーのおかげだ。フルーツバットと言うだけあって、このコウモリは果物が大好物らしい。
夕暮れ前にはバロン川に着いた。
雨がたまにぱらぱらとくるので、念のため子供たちにフード付きウィンドブレーカーを着せた。
バスを降りる前にアリさんはカモノハシの解説をしてくれた。
英語にはカモノハシを差す単語が無い。ラテン語のPlatypusだけだ。卵を産む哺乳類という非常に珍しい生物で、日の出後や夕暮れ時にしか出てこない。大きなくちばしと尻尾がある。
茶色いカモノハシのぬいぐるみを手にして、「こんな形、でももっと小さい、30センチくらい。色も黒」
さらに泳ぎ方の説明もしてくれる。水面に上がってきて、もぐるときは頭から垂直になめらかに水中に入っていく感じ。ちょうど動物園のペンギンが水中を泳ぐのをガラス越しに見ているようなあんな感じらしい。
最後に「カモノハシ、見たい人ー、手を挙げてー」と盛り上げてくれた。
みんな我こそはと競って手を挙げた。
バスから降りて土手を少し歩く。巨大な黒ずんだ豆の莢みたいな実が地面のあちこちに落ちている。
見晴らしのよい場所に出たら、そこでカモノハシを待つことになった。かなり土手は水面より高く、既に薄暗くなってきているので、もしカモノハシがあらわれても、なかなか見えないのではないかと思われる。
斜面には一面に黄色い花が咲いていて綺麗だ。バロン川の水は茶色く濁っていて、水面は静まり返りほとんど流れていないように見える。バロン川は半日ラフティングのアクティビティが有名だが、この緩やかな流れが別の場所では急流になっているとはとても想像できなかった。
笑えるのはちょうど対岸に同じ目的でWAKUWAKUツアーの面々がカモノハシを待って息を潜めていることだ。ちゃんとどちらの岸を使うか住み分けが出来ているらしい。
DOKIDOKI夜行性動物探検ツアーに参加するに当たって、一番心配だったのがこのカモノハシ探しだ。
カモノハシは臆病な生物で、騒いだりすると決して姿を現さないという。
3歳と5歳のうちの娘たちは、本当に忍耐というものが無いし、夢中になるとすぐ大声になる。最初は大人しく待てても、30分、1時間と声を出さずにじっと待つことが果たして出来るのだろうか…。
カナとレナのせいで、もしカモノハシがついに出てこなかったら、カモノハシを見るためにお金を払ってツアーに入った他のお客さんにどれほど申し訳ないことか。
カナもレナも普段の行いからすると吃驚するほど忍耐強く待った。
水面にさざなみが立つことは多いが、その全ては川に落ちた葉とアメンボみたいな虫たちだ。対岸にも動きは無い。
どれほど待っただろうか。何だか諦めみたいなムードが漂っていたとき、対岸の木の下で何か黒っぽいものが見えたような気がした。
何かを見たと思ったのは私だけではなかったらしい。隣に立っていた奥さんも「ねぇ、今の、違うかしら?」と話しかけてきた。
けれど少し離れて立っていたアリさんも何も言わないし、他の人たちは何も見ていないようだ。とりあえず二人で、また同じ場所を見つめた。
またちらりと見えた。
魚ではなさそうと思うのは、何だかその丸っこい黒いものが潜る様子が先ほどの説明の通りだったからだ。ただし見えたような気がしたのは、頭の部分だけで、全身ではない。イメージとしては大きなおたまじゃくしが見えたような感じ。
対岸のWAKUWAKUのメンバーも諦め気味で場所を移動したりしていたので、アリさんも少しもと来た方へ歩き出した。10メートルくらい歩いてまた観察だ。
別の木の下で、また何かがちらりと見えて潜った。今度はパパも見たらしい。彼は「いたよ、いましたよ」とちょっと大きな声で言った。
アリさんが足早に戻ってきた。
「どこです?」
「あそこの木と黄色い花の間くらい」
みんな集まってきた。
さらにもう少し戻ったところでアリさんが「あっ、あそこです。泳いでる」と言った。
追いつくのが遅くてそれは見えなかったが、見えた人たちもいたらしい。アリさんは、「ぬいぐるみのシルエットの通りですよ」と教えてくれた。
対岸でもちらちらと見えてきたらしい。何しろ潜水時間が長い。発見しても次に浮いてくる場所が皆目判らないし、一瞬でまた潜ってしまう。アリさんはあそこにぶくぶくと泡が出ているとか指を差してくれるのだが、そこを見つめていてもあらわれず、泡も消えてしまったりした。
さっき私とパパが目撃した場所でもまたちらりと見えたりした。アリさんに聞くと、とりあえず今、三匹くらいいるらしい。
みんなで見たの見ないのと言っていたら、ようやくぷかりとシルエットが浮いてきたのを見た。
うわぁ、本当にぬいぐるみの通りだわ。小さくて黒っぽい。くちばしと尻尾と短い手足、かっわいい。
さらに対岸の人たちがこちらの足元指差して騒いでいる。パパがほら、そこだと言うので見たら、ちょうど真下をこちらの岸目掛けて泳いでくる一匹がいた。
一瞬だけど今度ははっきり見えた。ちゃんと頭や胴体にぬれた毛がふさふさと生えているのまで見えたよ。
近いとはいっても土手がとても高いので、水面まではかなりの距離があるし、カモノハシは手前の葦の影に隠れてすぐに見えなくなってしまった。とてもカメラでは撮れなかった。でも本物を見ることが出来てよかったよ。
どうしてもカモノハシが見たいと思っていたわけじゃなかったけど、あれだけアリさんが盛り上げてくれたから、見えるととても嬉しかった。そう思ったのはカナとレナも同じだったらしい。目線が低いカナは見えたかどうだか怪しいし(本人は3度見たと言っている)、レナにいたってはまったく見られなかったんじゃないかと思う。でも二人とも「カモノハシ、とっても可愛かったね」と大満足だったようだ。
カモノハシ・ウォッチポイントから歩いて直ぐのところに大きなテントが設営されている。そこが今日のバーベキュー会場だ。木製のベンチと長いテーブルもある。テーブルには既にテーブルクロスがかけられ、肉や野菜をじゅーじゅー焼く音も聞こえる。私たちがカモノハシを探している間に、ドライバーのポールさんや、別のスタッフの人が準備していてくれたのだ。
テントの明かりの外に何かがやってきている。思わずすぐにカナを呼びに行ってしまった。大きな黒っぽい鳥、ターキーだ。それも三羽もいる。頭と首が赤く、胸元が黄色、羽は真っ黒だ。
アリさんが、ターキーはどこにでもいるね、と言ってパンくずを投げた。
後ろで声が上がったので振り返ったら、何か小猿のような毛むくじゃらの生き物が、テントの中央の柱をするすると登っていくのが見えた。
きっとポッサムだ。
(
食卓へ遊びに来た野性ポッサムの動画はこちらへ、別窓で開きます)
ああ、本当だ、ポッサムだ。ネズミのようなモモンガのようなタヌキのような…。
このポッサムにも会いたくて、ツアーに参加したのだ。ポッサムも有袋類。オーストラリアにしかいない。
これは猫のような長いしっぽをしたブラッシュテイルポッサム。一番よく見かけるやつらしい。
肉が焼けたらしい、お皿を持って並ぶように言われるが、子供たちも自分も食べるどころではない。ターキー、ポッサム、それからワラビー、臭いに釣られてテントの周りにどんどん集まる。なんて面白いディナーなんだろう。
先ほどのポッサムがするすると降りてきて、ベンチの上を走った。隣のベンチに飛び移り、テーブルに駆け上がる。あれよあれよと言う間に、そこの席にいたご夫婦はパンを取られてしまった。
アリさんが食パンを投げてよこした。「ポッサムが来たら、おかずをとられる前にこれをやってください」
あれは先ほどポールさんが買ってきた食パンだ。
「それから決して触らないように。野生動物はどんな病気を持っているかわかりません。可愛いからといってなでたりしないように」
私たちのベンチに来たお客さんは、なんと背中に子供をおんぶしたポッサムだ。もうお腹の袋に入るには大きすぎる子供は、お母さんの背中に張り付いたまま様子を伺っている。
パンをやると、親子で食べている。ちびちゃんは今度は横腹に張り付いて下から顔を出しているよ。
メニューは、ビーフ、チキン、サラダ、ヌードル、コーン、などなど。いかにもと思うのは、カンガルーとワニの焼肉。アルコールやジュースもある。でも動物が好きなら黙って座って食べていられない。
アリさんが、ちょっと珍しいのも来たよ、と言う。
大きなネズミにしか見えないシルエットは、バンディクート。鼻の長いロングノーズド・バンディクート。
警戒心が強いらしく、こちらをにらんだまま動かなかったが、ポッサムがやってきて追い払ってしまった。
そう、一番図々しいのは、ポッサム。
パンを投げると、ワラビーはそのことに吃驚して逃げてしまい、後からこっそりと取りに来る。ターキーは投げられるとすぐにパンに飛びつき、ポッサムは投げる前から寄ってきてひったくろうとするくらい。
ワラビーもさっきのバンディクート同様、時々ポッサムに追い払われて逃げている。
これがツアーガイドのアリさん。ビリーティーを入れてくれているところ。
アリさんは本名はアリストさん。呼びにくいのでアリで通している。イギリスやいろいろな国に暮らしたが、日本にも8年ほど住んだことがあるという。北海道の千歳で馬の調教師をしていたそうだ。日本語も最初はまるでわからなくて苦労したらしい。奥さんと可愛いお子さんの写真を見せてくれた。
ちなみにビリーティーはアウトドアでお茶を淹れるスタイル。、あのバケツのような容器にお湯を沸かし、お茶っ葉を入れる。抽出が終わったら持ち手を持ってぐるぐると円を書くように振り回す。そうすると出がらしが遠心力で沈み、上澄みが飲めるというわけだ。バケツのような容器は少しひしゃげていて、どうしてこんな形なのかと思ったら、そそぎやすいように全体をつぶしてあるのだった。
前にディンツリーの4WDツアーで見たときは結構目が点になった。あのときのツアー名は、ビリーティー・ブッシュサファリーズ。このビリーティーから名前を取ったと言う。
お茶と一緒にマフィンも出た。砂糖を入れたお茶や、マフィンは決して動物にやってはいけないと説明される。ポッサムが虫歯になったら困るでしょと言われたが、野生動物にやっていい食物はきちんと決められているらしい。
食後は夜の森探索だ。小さな懐中電灯をめいめい手にして、アリさんの先導で真っ暗な小道を進む。
ルートはちゃんと決められていて10分程度の散歩だ。
最初に見せられた木は、根元がカーブして盛り上がっているもの。
「これは何に使われる木か判りますか?」
「ブーメラン」誰かが正解を言った。
洋服に引っかかると取れない「ちょっと待っての蔓」
頬の下に毒のある茶色い大きなカエル。
大物は出なかったけど、いろいろ見せてもらえた。
ふいにただっ広いところに出て、みんないっせいに空を見上げた。
「今日は曇っているけど、幸い少しは星が見える。正面のあれが南十字星」
食後の散歩も終わってバスに戻る。
まだ最後の出し物が残っている。
ほんのちょっと走ってすぐ下ろされる。場所はユンガブラだ。
カーテンフィグツリーと書かれた木道が伸びている。アリさんが、「みなさん、ラピュタ、知ってますか? 日本のミヤザキという有名な監督がこの木を見てインスピレーションもらったそうですよ」と手を広げて言った。
…それって
パロネラパークじゃないのか? それもガセだという話もあるし…いろいろ尾ひれがついているな。
木道をほんの少し歩くと曲がり角。何しろ夜なので懐中電灯だけが頼りだ。
「はーい、こちらの木が有名なカーテンフィグツリーでーす」
全員見上げる。何の変哲も無い木。
「なんちゃって、本物はウシロでぇす」
みんなで息を呑んだ。
夜なので上手く写っていないし、写真では大きさもよく判らないだろうが、この木の高さは50mもあるのだ。
大木にイチジクが取り付きカーテン状に垂れ下がる。取り付かれた木はイチジクに絞め殺され、今や倒れ掛かるような姿でオブジェと化している。
私は本当はこれを明るい日の元でじっくりと見たかったが、何の前知識も持たなかったパパは、逆に暗闇にそびえるこの見るも不思議な姿に圧倒されたらしい。
子供たちにちょっと聞いてみた |
ドキドキツアー、どうだった?
■カナ
楽しかった!!
(照れ屋のカナは普段は決してこういう即答はしない。これは心からのコメントだと思う)
■レナ
ワラビーのツメが痛い。カモノハシ可愛かった。 |
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ここを出ると、最後にトイレ休憩を済ませて、バスは一路キュランダへの道を飛ばす。
「みなさん、お疲れ様でした。よい夢を」と車内の明かりが消される。
暗闇の中で子供たちのウィンドブレーカーを脱がせ、トレーナーを着せる。これでいつ寝られてもいいやと思うまもなく、二人ともあっという間に夢の中だ。
少し遅い時間までかかるツアーだから3歳のレナにはきついかと思ったが最後までよくもった。心から楽しかったらしい。ずっとご機嫌だった。
窓の外に目を移すと、いつの間にか雲が払われ、暗い大地を満天の星が覆い尽くしていた。
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九日目「太陽に愛された日曜日」