3月14日(金)
今日の旅行はいつもと違う。子供たちは大喜び。だって大好きなおばあちゃんと一緒だから。
年に一度、甘い栃乙女を求めて我が家は東北道を北上する。雪の残る静かな温泉宿に一泊して、帰りに佐野で苺狩りをすることにしている。
一昨年の宿は、栃木の
奥塩原新湯温泉 やまの宿下藤屋、去年の宿は福島の
二岐温泉 大丸あすなろ荘だった。
今年はどこにしようか…。毎年それを考えるのも楽しみだ。
朝食をとってからのんびり出発。金曜日の東北道はがらがらだ。
空はもう、冬のような凍てついた青さではなく、晴れていてもうすぼんやりと霞んでいる。春の空なのだ。
けれど空気は冷たい。山が近づくに従い、路肩にも雪が増えてくる。
鬼怒川温泉は関東の奥座敷と呼ばれる。121号線から見る温泉街は、どれも大きな鉄筋のホテルで、しかも古そうだ。
鬼怒岩橋から上流を見れば、渓谷の眺めは美しい。開発し尽くされる前はきっと素晴らしい景勝地だったのだろう。
本当は東武ワールドスクウェアで遊んでから行きたかったが、高い入場料を払って子供たちが喜ぶかどうか判らないというパパの意見であっさり却下。どうも今日は、温泉三昧の(というか、温泉しか無い)一日になりそうだ。
川治で会津西街道とは別れを告げる。
川治の温泉街を眼下に見ながら、九十九折の道路はぐんぐん高度を上げる。
ふいに目の前に現れるのは、碧も美しい八汐湖。この先、人造のダム湖が次々連なっている。
山はまだ雪をかぶっている他はまるぼうずで、葉をつけているのは杉か松ばかりだ。
鬼怒川と土呂部川の交わるところにも比較的小さなダム湖がある。この湖の黒部ダム栗山発電所の後ろにあるのが、本日の立ち寄り湯、
栗山温泉元湯 四季の湯だ。
掘り当てたのが1990年のことだというから、まだ新しい温泉だ。隣接する民宿 栗山が経営している。施設は露天風呂と休憩室だけで内湯は無い。民宿は食堂も経営していて、頼めば
四季の湯の休憩室まで食事を運んでくれる。
入り口に大きなわんちゃんがいて、子供たちはわくわくと寄って行く。犬は自分の小屋でねむたそうにしていたが、子供が来ると尻尾を振って立ち上がってくれた。
脱衣所のドアを開けると、いきなり露天風呂。
かなり熱めだ。レナは躊躇してなかなか入りたがらない。冷えた体に掛け湯をしたら、じんじん熱さを感じたらしい。
無理に抱っこして中に入れると、向こうにもうひとつの浴槽が見えた。もしかしたらあっちは温いのかも。
案の定、かなりぬるかった。しかも浅いし、広いし、底は平らで、周りの岩もほとんど高さが無く、まるで子供のためにあるような浴槽だ。これはいいかも。
一緒に入ったおばあちゃんは、浅すぎるし温すぎると言うので、熱くて深いほうの浴槽に戻った。熱い方は屋根が掛けてあり、湯口には飲泉コップが下げてある。
ところでここの湯だが、アルカリ性単純泉でありながら、ほとんど硫黄泉のような臭いと味、肌触りがある。
かなりはっきりしたゆで卵臭で、味もゆで卵味。肌触りはまったく刺激を感じないのに、入浴中からすべすべさらさらとした感じで、日光湯元あたりの強い硫黄泉に近い感じがある。
でもお湯自体は濁りはなく、無色透明、光に反射してきらきらととても綺麗だ。湯の花もほとんど見当たらない。
遮るものがないので、露天風呂は開放感に溢れている。ただ、ダム湖の傍にある割りには、さっぱりダム湖は見えない。立ち上がってもだ。男湯でも見えなかったそうである。
湯口はまるでたわしがついているかのようで面白い。
湯上りも硫黄泉のように、あまり温まった気がせず、かなり寒い。肌はつるつるすべすべになっている。
非常に良い湯で、気に入った。いや、気に入ったのは子供たちだったかもしれない。今回もまったく上がろうとせず、ただ露天風呂があるだけなのに、40分も入っていた。
休憩室で昼食。まいたけの天麩羅が美味しい。まいたけの香りがよく残っていて、さくさくとしている。撮影の前にさっさとレナに取られてしまったので、天麩羅が一部足りない(笑)。
男湯に一人で入ったパパは、子供たちに面白いものを見たと話していた。
脱衣を終えてガラガラとドアを開けたとき、がさがさと気配がしたので先客がいるのかと思ったら、なんと露天風呂のところにいたのは、二匹の猿だったらしい。
それだけ自然に囲まれているということかな。山を越えた日光辺りでは、猿による被害もかなりひどいと聞いている。
この時点で午後1時。本日の宿は2時からチェックインできるから、そろそろ出発することにしよう。
さらに鬼怒川を上流へ向かうと、野門方面への分岐に、きんきらの葵の御紋が見える。野門は元、徳川のご神領。今は家康の湯という共同浴場もできているらしい。
川俣ダムの手前で、再び急カーブの連続になる。上りきったところが瀬戸合峡の見晴休憩舎だ。ここから振り返って、峡谷を覗き込むと、切り立った岸壁の遥か下方に、竜のようにくねる鬼怒川が光っている。
ちょうど見晴休憩舎の先で、新しい道路の開通式準備をしていた。今来た道は、明日には旧道となり人も絶え寂れていくのだろう。
川俣大橋で川俣湖を渡る。湖の西側は、まだ白く凍っている。
昔何度かこの辺りは遊びに来た。紅葉で真っ赤に染まった川俣大橋を渡ったのは何年前のことだったか…。
川俣は湯西川と同様、平家の落人が住む村と呼ばれる。
平藤房の末裔、平藤四郎が発見したとされる。川沿いに旅館が点在し、最奥が
一柳閣、今夜の宿だ。
立派な門構えの
一柳閣に着いたのは、1時半を少し回ったところ。四季の湯でたっぷり遊び、お腹もいっぱいになったレナが寝てしまったので、チェックイン時間前だがお願いしてみたら部屋に入れてもらえることになった。
本館の三水館と、新設した三雅館とあり、ロビーは最上階で、斜面を渓谷に沿って下へ下へと部屋が作られている。
空いているうちに渓流沿いの雪見風呂を堪能させてもらおうと、早速露天風呂へ向かう。
お風呂から見下ろす鬼怒川は、ほらこんな感じ。
さて、ここは男性用露天風呂、女性用露天風呂の他に、三つの貸切露天風呂がある。檜の露天風呂、岩の泡風呂、半洞窟風露天風呂の三種類で、全て川に面している。予約などは必要なく、先客がいなければ自由に鍵を掛けて使用できる。今回、家族でのんびり入りたいなと思って、
一柳閣を選んだこともあり、真っ先にここに行ってみることにした。
5歳のカナに聞く。
「木のお風呂、泡のお風呂、洞窟のお風呂、どれがいい?」
「どうぶつのお風呂」
「…どうぶつじゃなくて、どうくつなんだけど、いい?」
「うん」
本当は打たせ湯のお風呂らしいが、どこからも打たせ湯が落ちていなかったので、これはやっぱり洞窟風ということでいいだろう。
この風呂もなかなかどうして非常に温い。それに浅くて底は平ら、やはり子供が気に入った。底に敷いてある石は、光が当たると虹色に光る。
レナのこの嬉しそうな顔。
貸切風呂はどれも見た感じ、小さく思えるが、実際に入ってみると結構大きい。一番広い洞窟風はもちろん、狭そうに見えた檜風呂や泡風呂も、家族全員で入っても余裕だった。
…そう、結局、檜も泡も、全部はしごしてしまったのだ。
お湯は先ほど入った
四季の湯ほどはっきりした個性は無いが、淡い昆布臭のする出汁系の湯だ。味も昆布出汁の味で、塩味などはほとんど感じられない。少しきしつく感じがある。ちなみに露天風呂では湯の花はほとんど見られないが、内湯では虫のように巨大化した赤茶色の湯の花がたまにゆらゆらしていた。
お湯の温度は温い順に、洞窟風、泡、檜。
渓流の眺めは良い順に、泡、檜、洞窟。
お好みに合わせてどうぞ。カップルで入ったら、きっと雰囲気満点。
今日はさらに夕方、パパの妹さんが合流してくれることになっていて、パパは鬼怒川まで車で迎えに行った。鬼怒川温泉までは浅草から東武線が延びているから、特急スペーシアに乗れば、快適に二時間で到着する。
日ごろ車でばかり移動しているが、電車の旅も楽しそうだな。子供たちが車内で騒いだりしなければ、の条件つきだが。
往路の時点で、既にさっき準備をしていた瀬戸合峡の新道は開通していたそうだ。
夕食は部屋食でこそなかったが、宴会場を壁で仕切ってあり、家族だけでゆっくりできた。とはいえ、いつもながら子供たちが騒がないかと冷や冷やしながら。
旅先の食事など、食べた気がするようになるまであと一年位の辛抱かな…。レナが落ち着く年齢になったら、もっと和風旅館など楽しめるかな。
食後はレナを洗おうと内湯へ。カナは夕方おばあちゃんと内湯で洗ってきたので置いていった。夕方の内湯はとても温かったそうだが、夜の内湯は湯量を調節したのか、とても熱くなっていた。ここの内湯はあまり風情が無い。
部屋に戻ると、パパがカナを露天風呂に連れて行くという。レナを置いていくと泣くよ。
結局休むまもなく再びお風呂。はてさて、今日、娘たちは何回(浴槽数にして)、温泉に入ったでしょう(笑)。
夜、子供たちが寝静まってから、冷えた足を温めに、そっと一人で露天風呂に行く。露天は貸切ばかりで、まだ男女別の浴槽に入っていなかったので。
夕食後は浴衣姿のグループ連れが露天風呂の周りを逍遥していたが、今はひっそりとして人影は無い。川のせせらぎだけが響いている。
掛け湯をして足を入れると、じんとしびれるような熱さ。誰もいない浴槽に広々と手足を伸ばす。温い湯もいいけど、熱い湯も好きだ。岩の縁に歩み寄れば、ここからの鬼怒川の流れは素晴らしい。小さな瀬があり男性用の露天風呂より眺めが良いかもしれない。
ふと見上げればひときわ明るい惑星を従えて天空に浮かぶは、少し欠けた柔らかな春の朧月。
続く…