10.まさかの大渋滞
海を見下ろす高台に千々石観光センターというドライブインらしき建物が見えた。
建物の外壁に「千鶏カステラ」の文字が。
実は通り過ぎる一瞬だったので、「千鶴カステラ」に見えた。後から調べたら「鶴」じゃなくて「鶏」。「千鶏カステラ」だった。
長崎銘菓と言えば昔からカステラが一番有名なので、カステラの文字だけなら驚かないが、ここで驚いたのはドライブインの隣に大きな養鶏場があったこと。
ぽつぽつと敷地内に茶色い鶏が沢山放し飼いになっていた。
原材料、生産、販売がひとつにまとまっているところに感激。
きっと美味しいカステラなんだろうなぁと思ったものの、バスを降りて買う時間があるでもなし、あれよあれよという間に千々石観光センターと千鶏カステラ本舗の養鶏場は視界の後ろに消えていった。
千々石観光センターの隣は千々石展望所にもなっていて、とても見晴らしが良い。
日本景観100選に選ばれたこともあるそうだ。
展望所のカーブを曲がると道はどんどん下り坂になっていく。
下りきったところは千々石の町中。
黒い瓦屋根の多い住宅街で、島原半島の中では比較的大きな町だと思われる。
千々石(ちぢわ)という地名は、私も天正遣欧少年使節の千々石ミゲルの名を知らなかったら読めなかったと思う。
肥前国領主の息子であった千々石ミゲルは、伊東マンショ、中浦ジュリアン、原マルチノとともにキリシタンとしてローマへ赴き、時の教皇グレゴリウス13世に謁見したが、帰国したのちにミゲルだけが信仰を棄てている。
この千々石でバスは止まった。
正直ここまでの道のりは、停留所以外、たまに信号で止まることはあっても基本は田舎の国道、ほとんど対向車線にもすれ違う車が無いほど、だからよもや渋滞など考えてもみなかった。
それが前方に連なる乗用車が見えたかと思えば、バスもブレーキが掛った。
赤く光るテールランプ。
町中なのでてっきり前方に信号でもあって止まったのだと思ったが、それにしては止まる時間が長すぎる。
えっ、本当に渋滞?
今までこんなに車が少なかったのになんで?
慌ててガイドブックの地図を確かめる。
この先に何があるかというと・・・まず雲仙方面への分岐が数か所。
でも雲仙へ昇るメインストリートは
小浜温泉から山側に入るルートだと思うので、途中の分岐でこんなに渋滞するとは考えにくい。
他の観光地と言えばその
小浜温泉ぐらい。
実は私たちも今夜の宿は小浜温泉に取ってあるのだが、そういえば今日は
小浜温泉の湯祭りなのだ。
湯祭りの規模はどのくらいか判らないけれど、渋滞するほど混雑するとしたらそれくらいしか考えられない。
小浜温泉から先ははっきり言ってなんにもない。
私たちのようにイルカウォッチングをするとか、あるいは口之津からフェリーで熊本に渡る人がいるとしてもごく僅かのはず。
雲仙、または小浜温泉に渋滞するほどの車が殺到するというのも違和感があったが、とにかく他に考えられない以上、この渋滞は小浜温泉まで続くとみなされる。
なにしろ山がちの半島とか、都会では考えられないほど道が少ない。
迂回路が存在しないということは、渋滞したらひたすらそこで待つしかない。
もちろん路線バスが迂回路を通ってくれるはずもないが。
ちょっと待て。
千々石から小浜温泉までどんだけあるよ。
・・・適当に指で計ってみただけで15キロ以上・・・。
現在ほとんど車が動かないほど激しい渋滞なんだから、これが15キロも続いたら・・・。
現在時刻が午後1時。
今乗っているバスの口之津到着予定時刻が1時47分。
下車するはずの水月橋は口之津の手前なので、恐らく時刻表通りなら1時40分には水月橋到着予定。
イルカウォッチングの船が出るのが2時30分。
ちなみにこれは最終便。
予約する時に、口之津に1時40分着のバスで行くが間に合うかと確認をして、大丈夫だという返答も貰っている。
やばいんじゃないか?
この路線バスにイルカウォッチングの客が大半乗っていれば別だが、どうやら観光客は私たち親子だけらしいし。
船に乗る前にどんな手続きが必要か判らないけれど、ぎりぎりでも10分は見ておかないと乗せてくれないと思う。
渋滞で、楽しみにしていた船に間に合わないとか考えたくも無い。
小浜温泉までこの調子でほとんど動かないのろのろ運転が続いたら・・・
私は真っ青だった。
どうしようもないけどどうしよう。
1時20分を過ぎたらイルカウォッチングの受付に電話してみようか。
でも電話したところで何をどうすることもできないし。
ああもう八方ふさがり。
だいたい何でこんなところで渋滞してるのよ!!