ケアンズぷらす > 子連れ旅行記 ケアンズと森とビーチの休日(テキスト版) > 11ゲッコーを探して
最終日 5月6日(日)
いつも日の出前に起きていたせいか、この日も目覚ましがなる前に目を覚ました。 まだ夜明け前。 空はもう白み始めているが。 「パパ、朝ご飯食べる?」 「いらない」 「ふーん、じゃ私一人で食べるね」 残っていたパンを焼いていると、何となく口寂しくなったのかパパも一緒に食べると言って隣に座った。 私はパンだけじゃなくてシリアルも食べた。パパがケアンズ市内のウールワースで買ってきたブッシュフードというシリアルは美味しくて、また見つけたら自分へのお土産に買って帰ろうと思っていたが他では見つけられなかった。このシリアルも今朝の分でちょうど空っぽ。 ほとんど冷蔵庫も空になった。 もう荷物は昨夜全部まとめてスーツケースに押し込んである。 朝使う荷物も、日焼け止めを塗って残りをスーツケースに入れて、化粧をして化粧品をスーツケースに入れて、と、使った端からスーツケースにしまってしまった。 コンタクトレンズもはめてしまったし、もう帰りは機内持ち込み液体用ジップロックに入れなくてはいけない物は無かったはず・・・と思ったが、しまった、そうだ、痒み止め。 サンドフライに噛まれたところがまだ痒い。 流石に夜中に目を覚まして掻きむしるほどではなくなったが、それでもオーストラリア・メイドの痒み止めは手放せない。 機内持ち込み制限が掛かるものには液体のみならずクリーム状、ジェル状の物も全て含まれるからこれもジップロックに入れなきゃ。 私たちが朝食をとっているとカナが起きてきた。 レナは起こさないとなかなか起きてこない。 今朝はパパがビーチに朝日を撮りに行かなかったので、私がバルコニーから夜明け前の空を撮影した。 全部荷物もレンタカーに積み終えて、後は部屋のドアを閉めるばかり。 9号室。 一週間の楽しい思い出とともに。 さようなら。 カナもレナもこの部屋に住んでいる二匹のゲッコーと海とプールにバイバイと言った。 空っぽになってしまった部屋のドアを閉めると、ちょうど朝日が昇るのが判った。 「最後の写真を撮ってこよう」 私がビーチの方に駆け出すと、カナとレナもついてきた。 「昨日作ったお城は残ってるかな」 「あっ、残ってるー」 波はお城までは届かなかったようだ。昨日作ったそのまま、木の実や貝が飾られている。 「私たちが帰っちゃった後も誰かがこのお城で遊ぶかな」 最後の朝日は綺麗なオレンジ色だった。 さて今日の予定を少し書いておこう。 6時50分、ウォンガリンガを出発。ちょうど現在ここ。 最初にミッションビーチのキャラバンパークへ向かい、もし週末に開かれるミッションビーチ・マーケットが開催されていたらそこでお買い物。 その後、ミッションビーチを離れブルースハイウェイをケアンズに向けてひたすら北上。 途中、イニスフェイルとバビンダの間で左に入り、ウールーヌーラン・ナショナルパークのジョセフィンフォールズを見学。 再びブルースハイウェイを北上。 ケアンズ市内は真っ直ぐ通過(ガソリンスタンドには寄るかも)。 ケアンズのすぐ北にあるスミスフィールドでこの辺りでは最大規模のショッピングセンターに寄り、朝食、ショッピング、時間調整を行い、空港へ。 ケアンズ空港到着予定時間は11時半。 飛行機離陸予定時間は13時25分。 成田空港到着予定時間は日本時間で20時ちょうどだ。 この計画のポイントはスミスフィールド・ショッピングセンターに寄ること。 一昨年試してみて味をしめた。 ケアンズ市内で過ごしていると渋滞が心配であまりぎりぎりまでいられない。 早々にケアンズ空港に入ってしまうと土産物も空港価格で高額だ。 スミスフィールド・ショッピングセンターなら地元民も納得の適正価格だし、巨大ショッピングセンターなのだから品物もこれ以上ないくらい豊富だ。 ここから空港まではとても近いし、市内を通らないので渋滞の心配もない。 レンタカーがないと難しいが、車派ならちょっとした達人技だと思う。 キャラバンパークの隣の公園では朝早くからマーケットが開かれていた。 7時前だが、もう結構店は出ている。 車の後部座席からはみ出すようにパイナップルばかり積んだ店。 色とりどりのモビール。アクセサリー。古着。帽子。古本。凧。苗。 野菜やジャム。ココナッツ製のお箸とか。 一昨年、レストランスコッティーズで会ったサウスアフリカン一家や、バービーのニットドレスを買った店は見あたらなかった。そのときどきで違う店が出るのか、朝早いからまだ来ていないのか判らない。でも果物屋のおじさんの顔には見覚えがある。 規模はキュランダのマーケット、ポートダグラスのサンデーマーケット、この間通りがかりに見たアサートン高原のユンガブラ・マーケットなどよりずっと小さい。 まあミッションビーチにもこの他にもっと大きいマーケットがあるのだが、季節が合わなくて私たちはまだ行ったことがない。 マーケット会場の中心に高い木があり、その梢に小鳥が群れている。 お腹が黄色くて目が赤い。 後で写真に撮って確かめたら、前にウォンガリンガの赤い実を食べに来ていたあの小鳥だった。 パパは一軒の店の前で立ち止まっていた。 「これ、買っていいかな」 そこはクラゲの形の風鈴を売る店。 クラゲの傘の部分は陶器。触手の所にビーズや葉の形の陶器が下がっている。真ん中には綺麗な音を立てる金属がぶら下がっていて、風が吹いたり誰かが触れたりするとチリンチリンと澄んだ音色を響かせた。 いつも自分たちへのお土産と言っても食べ物ぐらいしか買って帰らないからいいんじゃないかな。 パパはベージュの風鈴を選びたかったようだが、子どもたちに任せると、これ、と薄緑の風鈴を選ばれてしまった。 マーケットをぶらぶらした後、車に乗り込み、いよいよミッションビーチを後にする。 エル・アリッシュでブルースハイウェイに出ると、車窓の景色はひたすら続くさとうきび畑。朝日が正面から照らすので眩しくて目を開けていられないくらい。 一昨年も帰国日は同じシーズン同じ時間に同じルートを通っているのだが、あのときは雨だった。 もう帰る日で観光もしないから、別に雨が降っていてもいいやと思ったが、それでも鬱陶しい天気だったことには違いない。 今日はよく晴れている。 晴れているだけでこんなにも気分が違うのだとは思わなかった。 あの日はただ時間だけを気にして真っ直ぐ走っていたが、今日は最後の景色を目に焼き付けておこう。 ミッションビーチからおよそ40分ほどでイニスフェイルに着いた。 イニスフェイルは南北ジョンストン川が合流して海に注ぐ入り江にある町で、ブルースハイウェイ沿いではそこそこの規模を誇る。 日曜日のイニスフェイルはまだ眠っていた。 通りにはほとんど人の影がない。車が何台か停まっているばかり。 ここは真っ直ぐ通り過ぎる。 町を抜けるとすぐに先日お世話になったガソリンスタンドが見え、それからパルマーストンハイウェイの入り口が見えた。 パルマーストンハイウェイはテーブルランドのミラミラの方角に伸びている。 一週間前はこの道を下ってきた。 今日はここで曲がらずに真っ直ぐ北へ向かう。 北ジョンストン川を渡って進むと、道が左へカーブしているので正面に棚引く雲をかぶったバートルフレア山が見えてきた。 さとうきび畑の上に雄大な稜線を描くあの山は、クイーンズランド州最高峰。 私たちは今回の旅の初めにテーブルランドのローズガムズに泊まった。 ローズガムズのツリーハウスから真正面に見えていたのもあのバートルフレア山だ。 ちょうど今こうしてイニスフェイル側から見ているのとは反対側から見ていたわけだが。 バートルフレア山の奥にもうひとつ高い山が見えている。 奥の山はベレンデン・カー山。 こうして並べてみるとはっきりと判る。 ウールーヌーラン・ナショナルパークとは、あの二つの山の版図なのだ。 バートルフレア山とベレンデン・カー山とその麓の森をウールーヌーランと呼ぶのだ。 そして今私が立ち寄ろうとしているジョセフィン・フォールズは、バートルフレア山の南麓の山懐にある滝だ。 イニスフェイルから20キロほど走ったところで茶色に白地で書かれたジョセフィンフォールズ8の表示板を見つけた。 ここで左に曲がる。 ジョセフィン・フォールズの表示板の下にもう少し小さい緑に白地のバートルフレア4の表示も有り。 茶色は観光地、緑は地名だから、手前にバートルフレア山と同じ名前のバートルフレアという集落があるようだ。 ジョセフィン滝に続くこの道も綺麗に舗装されている。 さとうきび畑とたまにぽつぽと住宅があるくらい。二車線道路で対向車もほとんど無い。 途中の丁字路で一箇所だけ曲がるが、ここにも判りやすい表示が出ているので迷わない。 実は私はジョセフィン滝はウールーヌーラン国立公園の縁にあるのだと思っていた。 ジョセフィン滝に続く道路が国立公園に入る手前で切れていたから。 でもそれは勘違いだった。 確かに道路は国立公園の入り口で終わっている。 行き止まりは駐車場になっていて車はここで停めるしかない。 だが滝はここから国立公園の中を700mほど歩かないと辿り着かないのだった。 700mなんて大した距離ではないが、とにかくジョセフィン滝は国立公園の外ではなく中にある滝だった。 いつものように子どもたちは車で待っていると言った。 パパも子どもたちを見ているからと言った。 みんなあんまり滝に興味ないのかな。 まあいいや。自分のペースで見てこよう。 ジョセフィン滝は景観もさながら天然のスイミングプール、天然の岩スライダーとして知られている。 つい先日、テレビ朝日系列の世界の車窓からという番組でもケアンズ周辺を映していて、キュランダ観光鉄道(それも災害で一時休止期間に放映とは泣かせる)やケアンズから南へ向かう振り子列車ティルト・トレインの車窓を紹介して、中でもケアンズからタウンズヴィルへ向かう途中の立ち寄りスポットとしてバビンダの製糖工場とこのジョセフィン滝がクローズアップされていた。 テレビの画面にもオージーの子どもたちが楽しそうに滝の水と共に天然の岩を滑り降りてくる様子が写っていた。 時間があったらみんなで水着で遊びたいところだが、今日は帰国日なので泳いでいる暇はない。 遊歩道は歩きやすい。 人一人通るのがやっとの巾ではあるが、足下は簡易舗装されている。犬連れや自転車での通行は禁止という看板がある。 このコースはジョセフィン滝に至るだけでなく、バートルフレア山を越えてテーブルランド側に抜けるトレッキングコースの一部でもある。 出口はトパーズロードのブッチャーズクリーク。 そう、覚えている人もいるかもしれない。 ローズガムズで私たちが初日に歩き回ったのはブッチャーズ・クリークコース。ちょうどあちらの方角。 この遊歩道も背の高い木々に囲まれてひんやりしている。 賑やかな鳥の声が聞こえるが、姿はほとんど見えない。 ばさばさっと目の前で何かが飛び立ったので吃驚して見たらそれはブラッシュターキーだった。 道が舗装路のため700mはあっと言う間だった。 ジョセフィン滝はラッセル川支流のジョセフィンクリークの途中にできた滝だ。 複雑な形をしていて、三箇所のプラットフォームから見学することができるようになっている。 一番上のプラットフォームから見えるのがトッププール。 三段になった滝が流れてきてプール状の滝つぼがある。でもここは危険なので遊泳禁止。 二番目からはトッププールから流れてくる二段の滝と、さらに下へ流れていく一段の滝が見える。 三番目の正面がボトムプール。ここは泳げる。さっき二段目から見下ろした最後の滝の部分がスライダーになっていてここを水着で滑り降りることもできる。 天然の滝を滑り台にした経験なんて無い。 今は朝で誰も泳いでいないが、時間があったらちょっと試してみたい気持ち。 テレビでも写っていたようにみんな滑り降りるんだから水着が破れたりしないんだろうな。岩だから怖いかしら。 帰り道は綺麗な蝶を追いかけた。 写真に撮りたかったのに少し離れたところで羽を閉じたまま・・・。時間がないので粘れなかった。 何故か途中でオージーのカップルを追い越す。 行きには見かけなかったから滝までは歩かなかった人たちなのかもしれない。 もちろんあまりに軽装なのでまさかバートルフレア山を越えて歩いてきたとは思えないし。 再びもとの1号線ことブルースハイウェイに戻り北へ向かって走る。 バビンダ通過。 さとうきび刈り入れの季節ではないから道沿いに聳えている古い製糖工場は稼働していない。 バビンダから内陸へ曲がればボウルダーズというアウトドアスポットがあって、ここもジョセフィン滝同様泳ぐことができる。 前にボウルダーズのキャンプ場までは行ったが川縁までは降りなかった。 ロラリーに自然の中で泳ぎたいと言うといつもこのボウルダーズを勧められる。ここも場所が中途半端なのでなかなか遊びに行く機会がない。 何だかだんだん雲が増えてきた。 道ばたで見られる鳥はマグパイかズグロトサカゲリ。子どもたちはマグパイのことをチュンチュンちゃんと呼ぶ。それじゃまるでスズメみたい。 道路脇に等間隔で並ぶ電信柱も面白い。 日本のようにコンクリートのものもあるが、この辺りは木製。 別に素材は木でも良いが、木の個性を活かして作られているのか曲がっているものが多い。 電信柱自体がうねっているもの、立て方が微妙に傾いているもの。オージーは気にならないのだろうか。それともわざと? 「あっ、今倒れている電信柱があった」 「えっ?」 あっと言う間に通り過ぎてしまったのでじっくりとは見えなかった。 でも電線はそのまま続いている。 ということは抜かして次の電信柱まで繋げたか、新しい電信柱を近くに立てたかだ。 倒れたら倒れたで回収して廃棄しないのだろうか。そのまんま放置してあるところも笑える。 道の正面にピラミッドが見えてきた。 ピラミッドと言っても人工物ではない。 人工と見がまうほど綺麗な形のウォルシュズ・ピラミッド山。 あの山を越したところにゴードンベールの三叉路があり、右へ行けばケアンズ、左へ行けば初日に私たちが登ったギリスハイウェイだ。 今日は右へ行く。 ゴードンベールを過ぎればまもなくケアンズだ。 ゴードンベールの北6キロのところにkammaという小さな町があって、ここから右に入るとヤラバーへ向かう道。 ヤラバーはケアンズの南にある半島。 私たちが当初泊まることを検討したフィッツロイ島はこのヤラバーの沖合にある。 ヤラバーというのはケアンズ近郊ではたぶん最も大きなアボリジナル・ランドだ。 アボリジニというのはオーストラリア大陸の原住民。 入植してきた白人に迫害され苦難の歴史を歩んできた。 こうしてケアンズ周辺を旅していてもときどきアボリジニの人を見かけることがあるが、どの人も決して裕福に見えない。余所の大陸や島から来た人々と元々価値観の違う生き方をしていたはずだが、今は同じ価値観を持たされ、しかもその価値観において価値のあるものは与えられずにいる。 昔、ウルルに行ったとき、砂漠の道ばたでアボリジニに呼び止められ、アルコールをねだられたことを思い出した。この人をこんな風に変えてしまったのは何なのか。今でもいたたまれない気持ちになる。 Kammaから5キロでエドモントン。 この辺りはもう独立した町と言うよりケアンズの郊外といった雰囲気だ。 住宅や店が増えてきて途切れることなくそのままケアンズの中心部まで続いている。 行きとは逆向きなのでストックランド・ショッピングセンターを過ぎ、ケアンズショーの会場にもなるショーグラウンドを過ぎ、観光ホテルが林立する辺りまで来る頃には、空はもうどんよりと暗くなっていた。 「私たちは10日間晴れ空に恵まれたけど、ケアンズ市内も同じだったのかな?」 「もしかしたらたまに曇りの日もあったかもね」 そんな会話を交わしながら旧シェリダンプラザホテルこと、クォリティホテルシェリダンプラザの隣にあるガソリンスタンドに入った。 ここで最後の給油。 レンタカー返却の準備も万端だ。 給油してから15分ほどで目指すスミスフィールド・ショッピングセンターに到着。 フロントガラスにぽつぽつと雨粒が当たった。 ほんの30秒ほどの小雨だったが、今回の旅では本当にこれくらいしか雨に遭わなかった(あとはローズガムズの朝の一瞬に通り過ぎた霧雨ぐらい)。 やっぱり帰りは雨なのだ。 晴れ一家が旅行中晴天に恵まれると、必ず帰路に雨が降る。 ショッピングセンターの駐車場に車を入れる頃にはもう雨は上がっていた。 時間は9時10分。 そろそろスーパーマーケットやKマートも開いているだろう。 いつものケアンズ寄りの駐車場ではなく、北側の駐車場に停めた。 ケアンズ寄りの方がウールワースには近いのだが、用があるのはKマートだし北側にはコールズもある。 とにかくこのショッピングセンターは巨大なので、時間がないときにはターゲットを絞った方が良い。 ショッピングセンターの中はオープンしている店とシャッターの降りている店と混在している。 Kマートはもう開いている。 ここはお土産に最適なお菓子類の他、玩具、衣料品、生活雑貨なども売っている。TimTamは種類が少ないものの1.99ドルとタリーのIGAよりかなり安い。 子どもたちがほしがっていたのはゲッコーのぬいぐるみだった。 お菓子探しはそこそこにして、玩具売場へ移動した。 ところがゲッコーのぬいぐるみは無い。 ディズニーキャラクターやクマやウサギといった日本にもありがちなぬいぐるみばかりで、そもそも爬虫類・両生類系の玩具は見あたらない。 「あると思ったんだけどなぁ」と言う私に、 「ここに売っているのは地元の子どもたち用の玩具なんだから、こういう所じゃなくて土産物店を探すべきなんじゃないか」とパパが言う。 ポケモンの人形とか英語のたまごっちとかは売っているのになぁ。 仕方ないのでパパは別行動をとることにした。 限られた時間を有効に使うため、子どもたちを連れて他の店を探すと言うのだ。 タイムリミットは20分間。 私は一人になった。 ずらりと並ぶカラフルなお菓子のパッケージを見ているだけで時間がどんどん過ぎてしまう。 あれもほしい。これもほしい。 もう次にいつオーストラリアに来られるか判らないんだし。 生来の貧乏症が災いして、たかが安価なお菓子といえどそんなに沢山は買えなかった。まあ買いすぎたら持ち帰るのに苦労するし食べきれないまま消費期限を迎えるのはばかばかしい。 ぎりぎりのところでレジを通過した。 パパと子どもたちはまだ戻っていない。 Kマート周辺の店をウィンドーショッピングしていると、やがて嬉しそうな顔で子どもたちが戻って来るのが見えた。 「買えたの?」 「見て見て」 カナが黄緑色の包装を剥ごうとすると、レナが待って、私が先に見せると止めた。 「どっちからでもいいよ。ゲッコー見つかった?」 「見つかったよ」 「ほら」 包装紙の中から出てきたのは何故か豹柄のぬいぐるみだった。 何故にヤモリがヒョウなんだ? パパはショッピングセンターの反対端まで行って、三年前にディズニープリンセスの着せ替え人形を買ったトイワールドを探したらしいが、あいにくと敷地内でも別棟で営業していたあの店は閉店していた(私はそのことを知っていたので聞いてくれたら教えたのに)。 他にはクレイジークラークスぐらいしか玩具を扱っている店が見つからなかったが、ゲッコーはやっぱり土産物系だろうと、狙いを定めてアボリジナル・ショップへ入ったのだそうだ。 「そうしたらね、ソファーの所にこの子がくったりと寄りかかっていたんだよ」とレナ。 「もう一匹は別の所にいた。お店のあちこちに全部で三匹いたんだよ」とカナ。 どうやらこれは子供の玩具ではなく、どちらかというとインテリア品らしい。 持ってみたらずっしりと重い。幼児向けのぬいぐるみにはあるまじき重さだ。 「そりゃそうだよ、砂が入っているんだもの」 す、砂入りのぬいぐるみかい。 まあとにかく希望のものが見つかって良かった。 お腹が空いた私たちは一昨年同様Kマートとコールズの間にあるドーナツキングで遅い朝食をとった。 私と子どもたちがドーナツを食べている間、パパはちょっと待っていてと言って一人でコールズに入っていった。 彼がわざわざコールズで買ってきたのはGo Greenと書かれたエコバッグ。 「ずっとほしかったんだよ。初日にウールワースで見かけて以来」 「ふーん・・・IGAには無かったわけ?」 滞在中はどういうわけかIGAにばかり入っていた。アサートンやタリー。ちょっと小さめの町には必ずあるし、土曜も日曜もオープンしているのがありがたい。 「・・・いや、やっぱりIGAだとさぁ」 「なに? IGAのロゴ入りはかっこわるいとでも?」 「色が違ったんだよ、IGAのエコバッグは。それでウールワースで買おうと思ったんだけど、やっぱりコールズがあるならコールズの方がいいじゃない」 何がいいんだか判らないけど、パパはコールズのバッグがお気に召したようだった。 スミスフィールドショッピングセンターの壁に本日のレートが表示されている電光掲示板があった。 日本円は・・・買値が1ドル107.43円、売値が1ドル96.666円。 うーん高い。 ちなみに私たちが実際に使ったレートは、旅行一ヶ月前に手数料無しで購入したトラベラーズチェックが1ドル98.500円(実際にはアサートンのコモンウェルス銀行で100ドルに対し8ドルの手数料を引かれた)、後に来たクレジットカードの請求が1ドル102円だった。 まあこんなものだろうか。 スミスフィールドからケアンズ空港までは15分ほどで着いた。 車の中では子どもたちがゲッコーのぬいぐるみではしゃいでいる。 「可愛いんだよ、私のゲッコーたん」 「レナのも可愛いよ、ゲッコーたん」 「二匹ともゲッコーたんって名前なの?」とパパ。 カナは「真似しないでよ」と怒るが、レナはレナで「どうして同じ名前じゃいけないの?」と開き直る。 「判った判った、あだ名は両方ともゲッコーたんということにして、本名は別々にしよう」と私。 「じゃ、ママがつけて」とレナ。 「・・・うーん、ウォンガリング・ビーチちゃんとミッション・ビーチちゃんというのはどう?」 というわけで、カナのゲッコーはウォンガリング・ビーチ、レナのゲッコーはミッション・ビーチと決まった。 空港に着くとパパはレンタカーを返却に行った。 中をのぞくと出国審査の列にはずらりと日本人が並んでいた。そうしている間にも、H・I・Sと書かれた大型バスが到着して日本人がぞろぞろと降りてくる。 今日はゴールデンウィーク最終日。 ケアンズにいる日本人旅行者が一斉に帰国する日だ。 「これは審査に時間が掛かりそうだねぇ」パパはそう呟いて、ぎりぎりまで外で待つことにした。ここまで来たらもう遅刻のしようもない。 レンタカーから降ろした荷物は超大型スーツケースがひとつと普通サイズのスーツケースがひとつ。それから各自の手荷物。 荷物を一通り見回して、手荷物のリュックからも不要なものを出して全部スーツケースに詰め替えることにした。主にさっきショッピングセンターで買ってきた土産物類だ。 パパがスーツケースを斜めにしたままでファスナーを開くと・・・ バラバラバラッ。 何かがこぼれ落ちてきた。 パスタだ~。 よりにもよって口をゴムで止めもせず、よりにもよって逆さまにスーツケースに入れるなんて。 慌てて空港の入り口でパスタを拾う私たち。何だか間が抜けている。 11時45分。 何時まで経っても出国審査の列が短くならないようなので流石に諦めて列に並ぶことにする。 重たいスーツケースを引っ張って遅れを取っていると、私の所に係員がとんできてぺらぺらと話しかけられた。 「えっ?」 「メンゼイヒン モッテル?」 「ノ、ノー」 何も持ってないよ。 吃驚した。いきなり話しかけられたから何かまずいのかと思った。 先に並んでいたパパにそのことを話すと、彼は列を離れさっき私に話しかけた人のところに行った。何か受け取っている。 「何をもらってきたの?」 「出国カード。別に出国審査のところでもらえるけど暇なうちに書いちゃおうと思って。あの人のところに行ってさ、その手に持っているカードをちょうだいって言ったら、笑ってJTBの人だけだよって言われちゃったよ」 列は長かったが私たちがほぼ最後だったようで、もう後ろには一人旅らしい男性が並んだきりそれ以上は伸びなかった。 列に並び始めてすぐに、さっきとは別の女性係員がやってきて、「エキタイ、モッテナイ?」と聞いてきた。 「ノー」と答えると、ファスナー付きのビニール袋を示して、「ケショウヒン、クチベニ、マスカラ、モッテナイ?」と重ねて聞いてきた。 「ノー」 自分のバッグを開けて、ジップロックに入れたチューブの痒み止めを見せる。化粧品は全てスーツケースの中だ。 彼女は私の前に並んでいる女性も次々に捕まえては同じことを聞いていた。 私のすぐ前に並んでいた人はノーと言ったきりだったが、そのもうひとつ前に並んでいた若い女性がバッグから化粧品を出すと、係員は持っていた袋を渡してその中にしまわせた。 これだけ騒がれているのにまだそのまま液体を持ち込む人がいるんだ。たぶん悪気はないんだろうけど、行きにもチェックされているはずだから知らないことはないだろう。 特に女性の化粧品はそういうことが多いようで、係員の方でも集中的にチェックしている様子。 これで終わりではなくて出国審査のカウンターに着くまでに、また別の係員が来て同じことを聞いて回った。 こちらも「ノー」と同じ言葉を返す。 暇だからかもしれないが成田空港よりケアンズ空港の方が細かくチェックしていた。また、袋を準備してこなかった人には配っていたようだ。 ゴールデンウィークだから子連れもしばしば見かける。 私たちの少し前にも同じくらいの年の女の子を連れた家族がいた。 二人は大事そうにコアラのぬいぐるみを抱えている。 やっぱりあれだよね、コアラ。 もしくはカンガルー。 それに比べてうちの娘たちと来たら・・・二人とも大事に抱えているのは両生類のゲッコー。 絶対何か違う。 パパがぼそりと「将来、この子たちが爬虫類をペットにするって言い出したらどうしよう」と呟いた。 手荷物検査の手前で残っていた液体こと、ミネラルウォーターのペットボトルも空にする。中身はもちろんパパのお腹の中。 検査は簡単に終わったが、またまた私が呼び止められる。 端の方に連れて行かれてこれを見ろとパウチされた説明書。 「あなたは爆発物を所持していないか検査される人物として無作為に選ばれました」 またですか。 金属棒を体や荷物に当てられて、なで回される。 パパが大笑い。 「一昨年も引っかかったでしょ。よっぽど怪しい人相なんじゃない?」 しっつれいなー。 無作為って言ってるじゃないか。 ほら、他のフツーの女の人も次々引っかかってるよ。 私は運が悪いだけ。 かなりぎりぎりまで時間を潰していたため、空港内の免税品店ではほとんど時間をとれなかった。 ヘビースモーカーのパパが機内の禁煙に耐えるため煙草とバイバイしてくる時間も必要だったし、交替で店を回った時間は10分も無かった。 もう空港で何か買うつもりは無い。 豪ドル現金も余っても次回に回せばいい。 次回が何時になるかは未定だが、気持ちだけは来年また来るつもりだから。 店は冷やかし目的で一通り回った。 ティーツリーオイルも、マンゴーワインも、TimTamも高い高い。 ゴールデンドロップとパラダイスエステイトのワインは売っていたが、今年はムーダリングポイントのワインは見あたらなかった。 蜂蜜も売ってはいるがバケツ入りのものは見あたらない。 搭乗時刻はほぼ予定通り。 マリーバのマイクロライトのところでも情報を寄せて下さったあくあまりんさんが同じ日に帰国だと聞いていたので、どこかにそれらしい方はいらっしゃらないかときょろきょろしてしまった。 後から知ったが残念ながら便が違った。一昨年のイルカさんのパターンと同じだった。 たぶん同時刻に空港内にはいたはずだが、流石に免税店などですれ違っても判らなかったと思う。 そのかわり、見覚えのある人たちを見つけた。 カリプソでアウターリーフに行ったとき、ダンク島から乗ってきたご夫妻だ。 確か旅行の前半はダンク島泊で、後半はケアンズ市内泊だと言っていた。 「こんにちは、同じ日に帰国だったんですね」 「あら」奥さんは驚いて顔を上げた。「一緒の便なんですね。私たちはあれからケアンズに移動してね、グリーン島にも行ったんだけど、ダンク島から行ったアウターリーフの方がずっと海が綺麗で魚も沢山いたわ」 お互い今日で楽しい休暇も終わり。 明日からはきっと日常が始まる。 座席に着いて荷物を上に上げたらシートベルト。 もうこれで本当にケアンズとお別れだ。 キャビンアテンダントが持ってきた子供用のアメニティキットは、行きとは違うものを受け取らせてもらった。 カンタスの子供用アメニティはいつも二種類あって、対象年齢を変えてある。 でも対象年齢がずれていようと、行きと帰りと同じものをもらっても仕方ないので、いつも違うものを受け取らせてもらっている。 帰りに受け取った方はキャラクターものではなかったが、今までのキットより工夫があって子どもたちも気に入ったようだ。迷路やクロスワードパズルではなく、磁石のプレートを並べていろいろな形を作ったり、ペンを突っ込んでぐるぐる回すと模様が描けるパーツだとかがセットになっていた。 私たちの乗ったQF69便は、定刻通りに離陸した。 ぐんぐんと高度を上げると機体は傾き眼下にグリーン島が見えた。 離陸時と着陸時はデジタル機器の使用は禁止だが、ちょうどここでシートベルト着用サインが消えた。 慌ててグリーン島を撮影する。 くの字型の桟橋も見える。島を取り巻く珊瑚礁の海も。 グリーン島の次に見えてきたのはウポルケイとミコマスケイ。 手前がウポルケイで、奥がミコマスケイだ。 12倍ズームで拡大するとミコマスケイの周りに停泊しているクルーズ船や島の中央の緑の茂みも見えた。あそこには数え切れないほどの海鳥たちが住んでいる。 そんなに慌てて撮影しなくてもこの先しばらくはグレートバリアリーフの上空を飛ぶはずだと思っていたが、なんと今回はこれっきりリーフは見えなくなってしまった。 帰路の便は何故かいつも右側だ。まだ一度も左側に乗ったことがない。 右側で毎回、上空から綺麗なリーフを堪能していたのだが、今回はコースが微妙に東へずれていたのか、機内の放送では「ただ今グレートバリアリーフ上空を飛んでおります」って言ったくせに、ただ紺碧の海しか見えなかった。本当なら北へ連なるリボンリーフがいくつもいくつも見えてくるはずなのに。 2時頃、キッズミールが運ばれてきた。 マカロニグラタンとパンとサラダ。 行きの便では夜中だったからほとんど食べられなかった子どもたちも帰りは結構食べる。 15分ぐらい遅れて大人の食事も配られた。 ビーフを頼んだので飲み物は赤ワインにした。 やがて窓の下にパプアニューギニアが見えてくる。 眼下の珊瑚礁の海と緑豊かな山地を眺めて「パプアニューギニアも行ってみたいな」と呟く私に、「パプアニューギニアなんて簡単に行かれるわけないだろ。そもそも公用語は何語なんだよ」と現実的なパパ。 私は機内では映画も楽しみにしていた。 えーと、この便で上映されるのはキャメロン・ディアスの「ホリディ」とウィル・スミスの「幸せのちから」。 どっちもスペクタクルな巨編とかではなくて、俳優はともかくストーリーは日常的な感じ。いまいち乗れないかも。 しかもなかなか映画は始まらない。 スクリーンに映っているのはカナダの会社が製作したドッキリカメラ番組。 ところがこのドッキリカメラ、日本人はほとんど見ていないのだが、機内少数のオージーには大受けだった。 私たちの席の正面もたまたまオージー男性二人だったが、この二人、ドッキリカメラを見ながら座席が揺れるほど大笑い。 パパも何がそんなに可笑しいのかとヘッドホンをつけた。 でもってやっぱり声を上げて大笑い。 「こんな面白い番組をやっていたなんて知らなかった」 「・・・帰路では毎回上映してるけど」 まったく前の席のオージーも、隣の席のパパも、品のない場面になると特に受けるんだから、もう。 窓の外は雲が増えてきて、陸地の上に巨大な雲が捻れながらのし掛かっているところもあった。きっとあの雲の下はスコールだ。 映画は二本とも何とか子供に邪魔されずに見られた。 「ホリディ」はコメディだけど何となく感情移入してうるうるしてしまった。 対する「幸せのちから」はあまりにもわざとらしくて泣けなかった。実話だというがこういう主人公に次から次へと不幸の波が押し寄せる話は苦手だ。 途中でリフレッシュのためにアイスキャンディーが配られる。 これは黙っていてもみんな受け取れた。 だがしばらくして次にリンゴが配られたときには危うく無視されるところだった。 ちょうだいと意思表示する。 CAはちょっとムッとしたようにリンゴを渡してくれた。 パパはもともと果物は好きじゃないから受け取らない。 ところが半分囓り終えた後、後部座席を振り返ると子どもたちはリンゴをもらえなかったことが判った。 まさか子供にも渡さないとは思わなかった。 「半分囓っちゃったけど、いる?」 「・・・いらない」 ごめんごめん。 最後に軽食が出される。 大人の分は焼きうどんのようなものだった。デザートのカットフルーツはさっきリンゴを食べ損ねてしまった子どもたちに取られた。これはいたしかたない。 周りを見回すと、うちの子どもたちのようにニンテンドーDSなどのポータブルゲーム機で遊んでいる人が多い。持ち込んだノートパソコンを広げてDVDを鑑賞している人もいる。 そろそろ窓の外も暗くなってきた。 時計は離陸時に日本時間に合わせてしまった。 まもなく成田。 旅の終わり。 私たちはオーストラリアで過ごした10日間、素晴らしい天気に恵まれた。 でも機体が降り立った成田は水浸しだった。土砂降りの雨が降っている。 携帯電話の電源を入れる。 留守中のメールをチェックする。 周りで聞こえる言葉は全て日本語。 私たちは帰ってきた。 日常に。 夢から覚めるみたいに。 ただいま。 またいつか、次回の旅行記に続く・・・うん、きっとね |