私一人で車から降りる。くっさいにおいが外まで漂っていたらどうしようかと思ったが、特にそんな様子は無く、しかし廃墟然として、ひと気が無い。
館内に入って最初にヤバいと感じたのは無駄に広いロビーに引っ越し前のように大量に調度品などが置かれていてそれらに埃が積もっていたこと。壺とか、ケースに入った人形とか、飾り大皿とか。
そして広いロビーには電気がほとんどついていなかったのにフロントには愛想の無いおばちゃんがいて、料金を徴収したこと。そのうえ他に人のいないロビーにやけに明るく古臭いナツメロ音楽が流れていたこと。青春時代みたいな感じの曲。
ロビーから二階に上がる赤じゅうたんの階段もあるが埃まみれで通行止めになっている。浴室に至る廊下の右手には宿泊施設があったころに使われていたような蓋つきの椀や徳利、湯のみ、小皿といった食器類がうずたかく積まれ、全てが埃をかぶっている。
左手には厨房があり、つい昨晩まで料理を作っていたのにいきなり神隠しにあって、そのままだれも帰ってこなかったような感じになっている。
脱衣所も何か違和感を感じる造り。ラブリーな藤のテーブルセットが置いてあったり、なのにほとんどの脱衣棚がジムみたいな金属製のロッカーだったり、統一感が無い。脱衣所の清掃は行き届いている。
脱衣所の窓から外を見ると石灯篭などが置かれて藤棚が屋根になっている岩の露天風呂が見えた。湯気の上がる濁り湯が入っている。ぎりぎり水平線も見える。
なんだ、心配して損した。感じの良いお風呂じゃん。どこかホッとする自分。
でもその隣にはお湯の入っていないもう一つの浴槽が見えて、お風呂を見下ろすように岩の上に二体の仏像。何だか恐山みたいな雰囲気。
でも驚くのはまだまだ早かった。