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滑川温泉湯治日記0


0.承前

 自分にとって長いこと特別な温泉は山形と福島の県境にある米沢十湯のひとつ、滑川温泉だった。
 それは7、8年前のある年のゴールデンウィークのこと。
 雪のどっさり降った後に春が急ぎ足でやってきたような年だった。
 まだ子供たちもおらず、私たち夫婦と仲の良い友人たちとで滑川に出かけた。
 そのときのことを少し思い返してみたい。

 数日前に滑川温泉の一軒宿、福島屋から一本の電話が入った。
 何でも雪崩の危険があるのでゴールデンウィークの宿泊予約をキャンセルしてもらえないかというものだった。

 本当に申し訳ないと言われたが、冬季休業の宿にとってはゴールデンウィークの予約をすべて解約したら、たいした損害だろう。

 でも私たちは出かけてしまった。
 予約はキャンセルでも、飛び込みで泊めてもらおうと思って。
 事実、宿泊客の安全を優先して予約を白紙に戻したのは福島屋だけだったようだ。滑川温泉に至る道のさらに先にある絶景露天風呂で知られる姥湯温泉は、通常通り営業していた。

 道の端には雪が沢山残っていたが、雪崩が起きるほどには見えなかった。
 福島屋に着くと、無理を言ってきてしまったにも関わらず温かく出迎えてくれた。
 本当なら連休で大勢の泊まり客がいるところ、古めかしい黒ずんだ旅館内は静まり返り、私たちと数人の常連湯治客、そしてご主人と女将さん、住み込みの従業員さんと数えるほどだった。
 夜にはそのただ一人の従業員さんと鍋をつついて酒を酌み交わし、昔話など聞かせてもらった。

 ぎしぎしとなる階段、床板の隙間から階下の灯りが漏れる二階の廊下。
 宿はまだ雪に埋まっていて、私たちは二階の窓から出入りしていた。
 予定外のキャンセル事件に、露天風呂もまだ眠りから覚めていなかった。
 冬の間放置されていた混浴露天風呂は、藻などが生い茂りすっかり池のようになっていた。
 私たちは、自分たちで清掃するから露天風呂に入れさせてほしいとお願いしてみたが、女将さんたちが仰るには、あと一日待てばバイトの従業員も揃う、それから清掃するので待ってほしいとのこと。
 翌日到着した従業員さんたちは、見違えるように綺麗に露天風呂を清掃してくれて、私たちはわくわくと今年一番最初の湯がたまるのを待った。
 10センチ、20センチ・・・なんと待ちきれない瞬間だったことか。
 そうして贅沢にも滑川温泉の一番風呂を心からありがたく頂戴したのだ。


滑川温泉 福島屋と前川の滝




1-1.滑川再訪へ続く


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