ケアンズぷらす > 子連れ旅行記 ケアンズと森とビーチの休日(テキスト版) > 7サンドフライの恐怖
七日目 5月2日(水)
レナに数えてもらったら23ヶ所もあった。 たぶんサンドフライに噛まれた場所だ。いや、正確に言うとサンドフライに刺された(吸われた)場所なのだが、まあオーストラリア風に言うとInsect Bitesだから、噛まれたってことで。 パパや子どもたちも少しやられているが、私が一番酷い。まあ日本でも私が一番蚊に刺される確率が高いのだ。蚊に好かれる体質なのに違いない。よくお酒を飲んでいると刺されやすいなんて聞くが、飲みまくっているパパより私の方が狙われるのはまったくもって解せない。 噛まれた場所は腫れ上がり、熱を持っている。ただ腫れ方がなだらかな山型に腫れる蚊とは違って険しい山になっている。 とにかく猛烈に痒い。あっと言う間に掻き壊して血が出たが、血の苦手な私がさらに掻きむしってしまうほどに痒すぎる。 腕に数カ所、足に数十ヶ所。あと、耳とか顎までやられている。 さらに私の噛まれた跡はその翌日には十ヶ所増えて全部で33ヶ所になってしまった。 もちろん23ヶ所になった時点で相当気をつけていたのでその後に新たに10ヶ所も刺されたとは思いたくない。私としては時間差をおいて痒みが発症したような気がするが確証はない。 また、噛まれた場所がサークルを描いているのだ。こう何か獣の歯でがぶりとやられた歯形みたいに。たぶんその虫が歩き回りながら何度も噛んだのだ。 サークル状に五つぐらいの噛み傷が並んだ箇所も、両足それぞれと右腕にあって全部で三箇所・・・。ああ情けない。 噛まれた後は小さなかさぶたのようなものができることが多い。 帰国して知った。サンドフライは日本語でサシチョウバエ(刺し蝶蝿)。 写真も探した。 ウィキペディアのチョウバエの写真と、厚生労働省検疫課のサシチョウバエの絵(スクロールして(2)蠅によって媒介される病気の一番上) それから掲示板でみらさんに教えてもらったchiemomoさんのサンドフライ写真 (これらの写真を見てもサンドフライと呼ばれる虫には数種類あるような気がする) 一応、噛まれないように注意はしていたのだ。 日本から虫除けの薬も持参した。虫除けの有効成分はディートだ。自宅の薬箱を開けたらディート5%の製品と10%の製品があったので、少しでも効果が高いようにと10%の製品を持ってきた。 でも日焼け止めも塗って、虫除けも塗ってだと、体中に薬を塗りつけているようで何だか気持ち悪い。 おまけに夕方というと、昼間海やプールで遊んだり汗をかいたからとシャワーを浴びた後だったりして、そこでまた皮膚に悪そうなディートを塗りたくるのは抵抗がある。ディートを肌につけたまま寝たくは無いからもう一度寝る前にシャワーを浴びたりすれば、今度はお湯を使い切った後で冷たい水シャワーを浴びる羽目にもなるし。 暑いので長袖もあまり着たくなくて、本当に悩ましい。 噛まれたその後のこともちょっと書いておこう。 痒みはほぼ一週間続いて、特に痒みを感じ始めてから二日は夜もよく眠れなかった。 痒み止めを塗って数分は痒みが収まるような気がするので、ムヒをじゃぶじゃぶ(!)惜しみなく使ったところ、もともと開封済みだったムヒは二日でほとんど無くなり、このままでは痒みでおかしくなってしまいそうという恐怖に襲われた私は、買い出しに行くパパに現地のかゆみ止めの購入を依頼した。 パパが買ってきたのはItcheze plus creamという黄色いチューブ。 ユーカリの一種であるティーツリーのオイルが含まれている。 「チューブにスーパーストロングって書いてあるから要注意」とパパ。 これは確かになかなか効いて、沁みないのにスーッと痒みが収まるような気がする。 そうは言ってもやっぱりすぐにぶり返してくるので、薬のチューブは帰国の機内までわざわざ液体専用ジップロックに入れて持ち込んだ。 幸い帰国してからは痒みは収まった。 私のサンドフライ体験はこんな感じだった。 次回の渡豪時はほんの少しでも免疫がついてりゃいいんだが・・・。 【サンドフライの詳細はこちらで → サンドフライとは? サンドフライ対策】 豪州の天気予報風に言うならば、パートリィクラウディな日だった。 曇りと言うほど曇ってはいないが、朝から雲は多かった。 昨日まであまりに晴れすぎていたので、そろそろ晴れ娘たちの晴れパワーも切れてきたかと心配になった。 この後、滞在中に一度はアウターリーフに行きたい。せめてその日まで晴れパワーは残しておいてほしい。 でも雲の多い日の朝日はドラマチックだ。 今朝ももちろんパパはウォンガリングビーチに撮影に出かけた。 もう毎朝ビーチを散歩する人たちは顔なじみだ。 犬を連れて散歩している人も多い。犬たちも顔なじみだ。 朝の散歩が終わるとパパはリビングでテレビをつける。 天気予報はケアンズ、ブリスベン、シドニー、キャンベラ、メルボルン、アデレード、パース、ダーウィンとオーストラリアを時計回りに回った後、中央のアリススプリングスに行き、最後にニュージーランドのウェリントンとオークランドの天気を映す。 日本のきめ細かな天気予報で都道府県別はもちろん市町村別まで見慣れている私たちにはこんなにアバウトでいいのかと思えるほど。 それでも今日、晴れマークがついているのはケアンズとダーウィンとアリススプリングスだけだ。 ニュージーランドの場面が写ると、外に立つニュースキャスターがコートを着ていたりする。 ここはこんなに暑いのにな。 朝ご飯はバルコニーで食べた。 こちらのソーセージはぶよぶよしていてあまり好きではない私たちだが、今回パパがイタリアンソーセージというのを見つけてそれを買ってみた。 見た目はいつものソーセージとそれほど違わないが、味はこっちの方が美味しい。 一昨年ミラミラのアイカンダ農場にファームステイしたときに、農場の主ディヴィッドが私の職場で作っているんだと食べさせてくれたソーセージに似ている。 「あれはきっとイタリアンソーセージだったんだよ」とパパが言った。 朝食後は子どもたちはいつものようにプールへ遊びに行った。 プールサイドには管理オフィスがある。 今日のウォンガリンガのオフィス担当はロラリーではなくウェンディだった。 彼女は一昨年とは髪型が変わっていてずいぶん雰囲気が変わった。 私たちのことを覚えているわと言っていた。 「浴衣を着ていた人たちでしょ?」 うーん、やっぱり浴衣の印象は強烈らしい。 ウォンガリンガのプールには、ちょっとした浮き具、スコップとバケツ、ビーチボールなどは用意されている。 一昨年はロラリーにそのバケツはビーチに持っていってもいいわよと許可をもらったので海岸の貝拾いなどに使わせてもらった。 これらプールの備品の中にヌードルと呼ばれる浮き具がある。ビート板のような発泡素材でできた1メートル半ぐらいの細長い棒で、通常は両脇の下に挟んで泳ぐのに使う。 一昨年はこれが何本かあったのだが、今年は紫色のものが一本しかなかった。 三日前はカナとレナがそれを半ば取り合いながら使っていたのだが、どういうわけか翌日見たら半分にぽっきりと折れていた(私たちが折ったわけじゃない、念のため)。 私なんかは二本になったから喧嘩しないで使えるじゃんと思うのだが、子どもたちにしてみれば壊れているから使いたくないということらしい。 結局他の道具を取り合って罵り合いの口げんかを始めてしまった。 私たちの隣の部屋の日本人一家は昨日のうちにシドニーに発ってしまい、今は空き部屋になっている。 日本人一家の借りていた部屋の下は、ちょうどプールの入り口に一番近い部屋なのだが、ここは3組ほどの老夫婦グループが借りている。 老夫婦のうち旦那さん方はよくビーチのベンチに座ってくつろいでいるが、奥様方は部屋の前のオープンエアの席でおしゃべりしたり本を読んだりしている。 せっかくのんびりと本を読んでいるところ、うちの娘たちが喧嘩を始めてしまってごめんなさい。 ソーリィと言いながら、まだああでもないこうでもないと相手に文句を言っているカナとレナをそれぞれ別々に部屋に連れ帰った。 奥様方は、いいのよいいのよ、子供のことだしと口々に言ってくれた。 姉のカナは姉なのだから自分が先にいいものを取る権利があると思っている。 妹のレナは妹なのだから何事も小さい子権限で優先させてもらう権利があると思っている。 お互いがお互いの主張を認めない。 お互いがお互いの気持ちを考えない。 少し頭を冷やした方がいい。 貸し合って使えば楽しい時間も過ごせるものを、いがみ合って使えば嫌な気持ちだけが後に残ることになる。 「アイスクリーム食べる?」 パパが先日タリーのスーパーマーケットで買ってきた1Lパック入りのアイスを出した。1Lもいらなかったのだが、これが一番小さいサイズだったのだ。 「いらない」 カナは元々アイスは好きじゃない。 母が甘いものの味を覚えさせるのは1歳を過ぎてからと全然あげなかったせいか、ほとんど甘いものに興味を示さない。 一番嫌いなのはチョコレート。 生クリームは嫌いじゃないけど甘すぎると感じるらしく、ショートケーキを半分も食べればギブアップ。 そのくせあんこときなこだけは例外的に目が無いという純和風の変わり種。 同じものを食べさせて育てた姉妹なのにカナとまったく正反対なのがレナ。 こちらは甘いもの和洋中華オールOK。 甘いものを食べているときの至福の顔は見ているこちらまで吹き出すほど。 どんなにお腹がいっぱいになっても「別腹」は常に空けてあるらしい。 「アイス食べる食べる」当然レナは飛びついてくる。 しかしパパ、本当に滞在中に1Lも食べられるの? 今日も何も予定がなかったので、ふらふらとミッションビーチのインフォメーションセンターに遊びに行った。 ミッションビーチのインフォメーションセンターはミッションビーチのメインストリートを少しクランプポイント側に進んだ右手にある。 各観光地のパンフレットや観光マップの置いてあるビジターセンターと、子供でもこの辺りの環境や自然生物について学べるエンバイロメント・インフォメーションセンターの二つの建物が隣接して建てられている。 このエンバイロメント・インフォメーションセンターは一昨年まではミッションビーチ・ウェットトロピックスセンターという名称だったように思う。 一昨年来たときはレナが癇癪を起こしていて私はほとんどビジターセンターの中に入れなかった。 今年はもう朝のうちにプールサイドの一件があったばかりだから、幸い二人とも大人しくなっていた。 ビジターセンターは木立の中にある平屋建ての建物で、入り口の所にザ・グレート・グリーンウェイ(ケアンズとタウンズヴィルを結ぶブルースハイウェイのこと)のロゴとトレードマークのツリーフロッグの絵が貼られている。 中はそのグリーンウェイ沿いの観光地を中心にこの辺りの情報を載せたパネルや冊子や地図が並べてある。ちょっとしたお土産物も販売している。 ケアンズでもインフォメーションセンターを利用したことがあるが、ここの方が情報量が多いかもしれない。ミッションビーチに来て、まず何をしたら良いか判らない人は絶対足を運ぶ価値がある。 私は早速窓際に行き、役に立ちそうなパンフレットや無料のマップを物色し始めた。 カナとレナは中央の台にある手作りのアクセサリーが気になるもよう。 アクセサリーは花や鳥を象ったペンダントや後ろに粘着テープの付いたバッジだった。 カナはレインボーロリキートを選んだ。 鳥のペンダントはそれひとつしか無かった。 レナはカナのロリキートを羨ましそうに見ていたが、白いプルメリアを選んだ。 それから二人はおばあちゃんに出す絵はがきを選び始めた。 選び終えたそれらを受付のところに持っていくと、優しそうなビジターセンターのおばさんは、これはフリーだからどうぞと言って、細長いビジターセンター特製の絵はがきを三枚くれた。 どうせならと隣のエンバイロメント・インフォメーションセンターにも寄った。 入って右手にビデオを流している部屋があり椅子が並んでいた。 一休みを兼ねて椅子に座る。 流れているビデオはカソワリーに関するものだった。カソワリーの子供や飼育されているカソワリーに餌をやったりする様子が写っている。 「カナたちもカソワリーに餌をあげたことがあるよ。覚えている?」 「そうそう、レナがこわーいって言ったんだよね」 二人はそのときのことを実際に覚えているわけではなく、そのときに撮影した動画を何度も再生しているのでそれを覚えている。 【カソワリー餌付けの動画 ハートレーズ・クロコダイルアドベンチャーズにて撮影】 ビデオの映像が一巡したので今度は反対側にある部屋の中に入った。 こちらはパネルやジオラマで判りやすくこの辺りの自然環境と野生生物について展示してある。 図鑑や写真集、子供向けの塗り絵やパズル、筆記用具なども準備されている。 この近くで実際に目撃されたカソワリーの写真やその他の野生生物のスナップなども展示してあって大人でも楽しめるようになっている。 ところでビジターセンターとエンバイロセンターの間には人の背丈より高いカソワリーの像があった。 もちろんウォンガリングビーチのショッピングプラザ前にあるものよりずっと小さいが。 ところがこのインフォメーションセンターのカソワリー、可哀想に首がぽっきり折れて無くなっていた。 「前に来たときはちゃんと顔があったよ」とカナとレナ。 うーん・・・やっぱりあれだろ、サイクロン。 「でも顔が取れちゃったならちゃんと直せばいいのに」とカナ。「直さないならあそこに置きっぱなしにしないでしまえばいいのに」 もっともな意見だね。 帰りはミッションビーチのメインストリートで食事をすることも考えたが、朝ご飯が遅かったこともあり、みんなあまりお腹が空いていなかった。ウォンガリンガに帰って何かつまむことにしよう。 何だか今日も一昨日同様、何をするでもない日になりそうな予感。 ウォンガリンガの前の芝生をうろうろしていたマグパイをからかった後、部屋に入って軽いランチにした。 食後は子どもたちはめいめい絵はがきを書いている。 何を書こうかなと悩んだ末、カナはゲッコーのことを書くと言い出した。 何でもお姉ちゃんの模倣に走るレナもゲッコーを書くと言ったので、母と姉の二人は思わず「違うものにしなよ」と余計なアドバイスをした。 「・・・」 天井に住むゲッコー以外でも何か印象に残ったものは無い? 「ネコドリ!!」 おーよしよし、ネコドリのことを書きなさい。 というわけで完成したものは、カナはブラインドの上と天井に近い窓枠に住むゲッコーのことを、レナは熱帯雨林の森でにゃあにゃあ鳴くネコドリのことをそれぞれ絵と文で書いた絵はがきだった。 絵はがきを出しに行く必要がある。 どうせなら・・・ 「ねえねえ、ミッションビーチ近辺のウォーキングトラックを歩いてみない? 一昨年ロラリーに勧められてレーシークリークのトラックは歩いたけど他にもいろいろあるみたいじゃない」 ミッションビーチのことが一番詳しく載っているフリーマップはA4サイズが縦に二枚分繋がった細長いサイズのものだ。 両面印刷で、片面に地図、反対面に近隣のドライブコースやウォーキングトラックの説明が載っていて、これを三つ折りにしてある。 一昨年は二色刷だったが、今年のものは奮発したのかカラー印刷だった。 ここに掲載されているウォーキングトラックは5コース。
この中で手頃なのは一昨年歩いたレーシークリーク、ミッションビーチメインストリートからも近いユリシスリンク、あるいはリキュアラ・ステイト・フォレストの中の一部分だけ歩くコースの三つ。それぞれ1時間未満で歩ける。 でも私が選んだのはビクトン・ヒルのコースだった。 ビクトン・ヒルのコースはまともに歩けば4キロ2時間だが、さっきミッションビーチのビジターセンターで入手したこのコースのウォーキングトラック・ガイドによると、駐車場からスタートして山道を登り、655mのところで二手に分かれるようになっている。 二手に分かれるというか、要するにその先のコースはラウンドになっていてぐるりと回って元のジャンクションに帰ってくる。右回りでも左回りでもOKだ。 ジャンクションに行く途中にひとつルックアウトがあり、ジャンクションから右回りに回るとまた少し行ったところにルックアウトがある。 だからこの二つのルックアウトを見た後、ラウンドせずにもと来た道を下れば、1時間程度で戻ってこられるのではないかと踏んだのだ。 「いいよ、でも・・・」パパは言った。「子どもたちも誘おう」 別に良いけど、きっと行かないって言うよ。 「何かそのウォーキングトラックに子どもたちが興味を惹くようなものは無い?」 ・・・まあ無駄だと思うけどと前置いて、私はウォーキングトラックガイドを開いた。 「これで?」 ウォーキングトラックガイドにはカソワリーなどのイラストが描かれていた。 「ねえねえ君たち、歩きに行かない?」 「いや~だよ」 ええい、憎たらしい。 「歩きに行くとこんな鳥や動物が見られるよ・・・」 見られない可能性の方が高いけど、とは言わない。 「どれー?」 ウォーキングトラックガイドをひったくるように取ってカナが言う。 「これ何? これ」 右下に描かれていたレースモニターだ。 「レースモニターだよ」 「レース? レースってカーレースのレース?」 「違います。ひらひらの洋服についているレース。レースの模様の大トカゲ」 それだけ聞いてもやっぱり子どもたちの返事は「行かない」だった。 だろうと思っていた。 パパは子どもたちに1時間半で帰ってくると約束して車を出した。 1時間半と言ってもその中にはミッションビーチの郵便局に寄って絵はがきを出してくる時間なども含まれている。まるまるウォーキングに使えるわけじゃない。 私としては2時間ぐらいで帰ってくると約束した方がいいんじゃないかと思ったが、口には出さなかった。 ミッションビーチは午前中にも行ったから、何だか今日は同じ道を行ったり来たりしているような気がする。 郵便局はメインストリートのカフェココナッツの斜め前。 外から見ると何だかウィンドーの中が薄暗く見えて、ドアを開けるまでクローズしているんじゃないかと心配になったくらい。 郵便局の中は日本の郵便局と雰囲気が違って、観光土産の絵はがきだけでなく、子供の玩具まで売っている。観光地の売店のような雰囲気だ。 パパが切手を買ったので、私はそれを子どもたちの書いた2枚の絵はがきにそれぞれ貼り付けた。 ポストは郵便局の外にある。 ポンと中に入れた。 私たちが帰国するより前に届くかな? ちなみにカナの書いた絵はがきは帰国前に届き、レナの書いた絵はがきは帰国後に届いた。一緒に出したのにどこで別々の道を歩んだものか。 ビクトン・ヒル・ウォーキングトラックの入り口は、ミッションビーチのビジターセンターを過ぎて、クランプポイントの岬を過ぎて、桟橋を過ぎて、ちょうどビンギルベイとの境の突端近くだった。 車が数台止まれる駐車場にクランプ・マウンテン・ナショナルパークと書かれた表示板が設置されていて、そこで車を降りると、ウォーキングトラックの入り口に何匹もひらひらと青い蝶ユリシスが舞っているのが見えた。 熱帯雨林の緑一色の中に、あの蛍光ブルーのようなユリシスの羽がよく映える。 そう、時間が午後2時半と中途半端だったためか、このウォーキングトラックではほとんど鳥を見ることはできず、その代わりに綺麗な蝶を何匹も目撃することができた。 またウォーキングトラックの入り口にはカソワリーの絵のついた看板があり、遭遇したときの注意や、餌を与えてはならないと言った内容が書かれている。 振り返るとちょうどビンギル湾の波打ち際が見えている。少々曇っているのが残念だ。 コースは最初から急な上りだった。 九十九折りの坂道で特に急なところには石段が作られている。 見上げると斜面の上はずっと熱帯雨林の森。 背の高い木と絡みつく寄生植物があらゆる空間を占拠して空を埋め尽くしている。まるで空が無いぐらいだ。 ぽつぽつとたまに小さな花や実がある他は、白茶けた幹と緑の葉ばかり。 ただ先日バードウォッチングで歩いたマランダのウォーキングトラックと比べると、土も葉もずっと乾いているような気がする。 葉っぱの上にとまる蝶を見つけた。黄色と朱色と薄緑。大きくはないが綺麗な蝶だ。 もう少し行くと別の蝶がいた。こちらは茶色っぽくて地味だが何匹も群れるように飛んでいる。 巨大カマキリのような何かの抜け殻も見た。葉っぱの裏にぶら下がっていて近づくまで中身が入っているかと思ったくらいだ。 たまに樹上で鳥の鳴き声がする。でも本当に鳥は少ない。鳥を見るなら朝とか夕方の方が適しているみたい。 本当にどこまでも、寄生する植物とそれらの植物が作る緑のトンネルが続いている。 聞こえるのは虫の声ばかり。 いろいろ絡みつかれてモンスターみたいになった木が森の上に突き出して奇妙な形にねじ曲がっていたりする。 470m登ったところで最初のルックアウトが見えた。 ちょうどぽっかりと海に向けて森が口を開けていて、そこからビンギル湾の一部が見えた。 誰もいない砂浜に波が打ち寄せている。 ビンギル湾の後ろはすぐ山になっていて、深い森が続いているのが判った。 パパは私を待たずにどんどん登っていってしまう。 私が蝶や花を見つけてカメラを構えているとさっさと歩こうと即す。 この間も思ったけど、そんなにずんずん歩いて楽しいの? 「だってカナとレナが待っているじゃないか」 だから2時間掛かるって言えば良かったのに。 また綺麗な蝶を見つけた。 蝶を見つける率はパパの方が高い。先頭を歩いているからだ。一応あそこにいると教えてくれるが私が撮影している間にまたさっさと行ってしまう。 おかげでパパはマイペースに歩けるが、私は走っては止まって、止まっては追い付くために走ってという具合だ。 今度の蝶は見覚えがある。一昨年スコールの後にウォンガリンガのバルコニーに雨宿りしていた蝶だ。青緑と黄色の複雑な模様がある。 青緑と黒と赤の綺麗な蝶も見た。 本当にこのトラックは、今までケアンズ周辺のパンフレットやガイドブックに載っていた綺麗な蝶のほとんどがいるような気がする。蝶のことは全然知らない私ですらこんなに間近で次々と見ることができるんだもの。 今、草の間で飛び立った大きい黒と赤の蝶は、この間まで私たちの部屋の天井近くから逃げられずにバタバタしていたものと同じ種類。 ジャンクションで右のコースを選び、次のルックアウトに着いた。 ここからは海ではなく森の中にぽつぽつと家が点在する様子が見える。 だいぶ高いところまで登ってきたなぁという感じ。 ここからの景色はさっきのルックアウトと比較すると大したことは無かったが、そのかわり・・・ 「ユリシスがいっぱいいる」 「見えた見えた」 ちょうど見下ろす下の方に何匹もユリシスが飛んでいるのが見えた。入り口でもそうだったけど、この辺はユリシスもとても多い。 ふいにざっざっという足音が聞こえて、 「ハーイ」 ジョギングでもするような服装の若いお姉さんがすれ違った。 このルックアウトを見たところで引き返すことにした。 コースの途中に時々、木の名前を書いた杭を見ることができる。 ネイティブ・ナツメグとか、スワンプ・マホガニーとか。 帰り道、さっきとは別の女性に追い越される。 「ハロー」 パパは「みんな女性一人で歩いているんだな」と感心している。そういえばヒンチンブルック島のマクシラから歩いたのも女性一人だったよね。 「それもさ、みんな近所のコンビニまで行くような服装で歩いているじゃない」とパパ。 うん、気軽に歩けるコースってことだよ。 次は私一人で歩いてみようかな・・・と、そのとき思った。この辺りの簡単なコースなら女性一人でも心配なさそうだから。 駐車場まで戻ってきて、私たちのコースタイムはちょうど45分。 海を見ながらミッションビーチまで戻る。この辺りの海辺は岩場になっている。それが砂浜に変わったなと思えばすぐにクランプポイント・ジェッティ(桟橋)だ。この桟橋からダンク島行きのフェリーが出る。 今は出航時間ではないから閑散としたジェッティを越して、クランプポイントの岬を越して、私たちは午前中立ち寄ったばかりのビジターセンターの駐車場に車を入れた。 実はもう一度ビジターセンターに用がある。 子どもたちはこの旅行に来るに当たって、小学校を休んだ。そのときたまたま日直や授業のグループ分けで、カナと組むことになっていたMちゃんという子がいた。カナの友達だ。 カナがお休みしてしまうとMちゃんは日直もグループ発表も一人でやらなくてはならない。申し訳ないのでMちゃんにお土産を買っていくと約束した。 「何がいいかな?」とカナが聞くと、Mちゃんは日本で手に入らないものと答えた。 そして私たちは相談して、さっきカナとレナがビジターセンターで買った手作りペンダントにしようと決めたところだった。 ミッションビーチ・ビジターセンターに着くとパパは「行ってきて」と私だけを送り出した。 私は例の首が折れたカソワリーの像の横を通って午前中にも来たビジターセンターの建物に入った。 ペンダントなどのお土産が置いてあるのは中央のコーナーだ。 カナには、レナと色違いのピンクのお花のペンダントがいいんじゃないかと頼まれていた。 ピンクの花のペンダントはすぐに見つかった。 見ると花のペンダントに混じってワライカワセミのものがある。確かレナはカナと同じ鳥のペンダントがほしいほしいと言っていなかったっけ。 とりあえず花のペンダントだけ買って車に戻り、パパに相談してみた。 パパは言った。 「ワライカワセミのペンダントがあるなら買ってあげれば? レナは姉ちゃんのロリキートのペンダントが凄く羨ましかったみたいだよ。今レナが持っている白い花のペンダントはママが使えば?」 ああなるほど。そういう手もあるか。 不審な人物に見られそうだなと自分で思いながらも私はまた今日三度目になるビジターセンターのドアを開けた。 ところで手に取ってみてみると、ワライカワセミはペンダントではなく後ろに粘着テープの着いた飾りだった。 それらの手作りアクセサリーはペンダント型になっているものと、粘着テープ型になっていいるものと二種類あったので。 そうはいっても何となく諦めきれず、係員に聞いてみた。 「鳥のペンダントはありませんか?」 係りの人はあちこち引き出しを開けたりして探してくれたが、残念ながらもうペンダントは見つからなかった。 最後の用事は買い出しだ。 ウォンガリングビーチに戻る途中にバンフィールド・プラザというショッピングセンターと言うにはあまりに小さい一角がある。 ここにはパン屋やパパがやけに気に入っているシーフードショップがある。 このパン屋のパンを一度食べてみたいのだがいつもタイミングが合わない。一昨年はケーキだけ買って食べたが結構美味しかった。 今年も二日前にも寄ってみたがクローズしていて、今日こそはと思ったが、今日もやはりクローズしていた。 仕方なくいつものウォンガリングビーチのショッピングセンターに寄る。見上げるほどに大きなカソワリーの像が目印の所だ。 オレンジジュース、パン、ジャガイモ、パパイヤ、それにカードウェルで買ったオイスターのためにパパはバターとパセリも忘れずに籠の中に入れた。 「これで全部?」 「あと・・・ココナッツミルク」 タリーで買ったタイカレー・ペーストに入れるためだ。 「ただいまー、戻ってきたよ」 部屋に戻って時間はちょうど1時間半。 子どもたちは仲良く部屋でポケモンごっこをしていたようだった。 本当に寂しい話だが、帰国日を別にすればケアンズでの滞在もあと3日となってしまった。 そろそろ今後の予定を詰めていこうと思う。 「明日はアウターリーフに行こう」とパパが決めた。 なんと言ってもグレートバリアリーフまでクルーズして、珊瑚礁の海でシュノーケルするのは旅行のハイライトだ。 一昨年は風が強く船が出ないと言われてやむなくダンク島止まりとなったが、今年こそは絶対に行きたい。 天候やみんなの体力を測りつつ日程を調整してきた。今日一日ゆっくり休んだから明日ならみんな元気に行かれるだろう。 「明後日の夕方にこれを入れようか」とパパ。 これというのは、一昨日いきなり訪問セールスにやってきたリバーラットのクロコダイルウォッチングツアーだ。 意外だった。 私は結構不本意だったが、ほぼアクティビティは一日おきに入れるのかと思っていたので明後日は何も無しだと覚悟していた。 子どもたちをまた水着に着替えさせてプールに連れていき、私たち大人はプールサイドの管理オフィスを訪ねた。 管理オフィスは無人だ。 朝にはウェンディが座って仕事をしていたデスクもがらんとしている。 オフィスの中をのぞくと、奥の窓からその向こうにある庭が見えてロラリーの娘のBちゃんが一人で遊んでいる姿が見えた。 4月末から5月初めというのは日本ではゴールデンウィークだがこちらではオフシーズンでお客さんも少ない。 どうやらロラリーとBちゃんは泊まり客が少ないときは自宅に帰らずウォンガリンガの1号室に寝泊まりしているようだ。 私たちの姿に気づいたらしく、ロラリーがとんできた。 「ごめんなさいね、ご用は何かしら」 本格的なダイビングではなく、気軽にアウターリーフでシュノーケルできるクルーズには、QuickCatとCalypsoの二社があって、ロラリーのお勧めはカリプソの方だった。 「こぢんまりとしたツアーで、船から直接海に下りるのよ。お勧めだわ」 「明日のツアーに申し込めますか?」 「電話してみるわね」 ロラリーは早速受話器を取り上げた。 ロラリーの声は電話でもはっきりとセンテンスを区切って聞こえる。 相手と何か交渉していたようだが、ふとこちらを向いて、あなたたちシュノーケルセットは持っている?と聞いてきた。 「子どもたちの分だけ」とパパが答える。 「OK」 今年も船が出ないなんて言われたらどうしようと冷や冷やしたが、無事予約が取れた。 「どこから船が出るの? まさかケアンズの港ってことはないよね?」とパパ。 まさかぁ。カリプソって言えばミッションビーチが本拠地のはず。いくら何でも2時間かけてケアンズまでは行かないよ。クランプポイントの桟橋かどこかから出るんじゃない? でも実はクランプポイントの桟橋からは出航せず、意外な場所から出るのだった。それはまた明日の話。 クロコダイルウォッチングのツアーは当日申し込みで間に合うはずだからまだいいとして、パパは今夜のプールサイドのバーベキューセットも借りたいと伝えた。 ウォンガリンガのプールサイドには潮風に吹かれながらバーベキューできるコンロが設置されていて、一昨年もここで夕食を食べたことがある。 パパはバーベキューコンロの前でビールを片手に準備をしている。 夕方5時少し前。 一日雲が多かったせいもあり、日が陰るのも早いような気がする。 夕暮れ時には頭上をいろいろな鳥が横切る。みんなねぐらに帰るのか。 つまみにフルーツでも切ってこようと思えば、 「悪い、部屋に戻るなら肉も持ってきて。もう塩胡椒して冷蔵庫から出してあるから」 「了解」 フルーツと肉を携えて戻れば 「悪い、ビールもう一本持ってきて」 「了解」 子どもたちのタオルとビールを持ってくれば 「悪い、ソイソース頼むわ」 ・・・別に良いけど、いっぺんに言ってくれ~。 午前中と違って子どもたちもプールで喧嘩せず遊んでいる。 夢中になって何をやっているのかと思えば、水中に面白い虫がいて、それをせっせと捕まえてはバケツに集めているのだ。 1センチぐらいの大きさの黒い虫で、二本、長ーい足が出ている。だから上から見るとまるで二本のオールで漕いでいるボートみたいだ。 よくよく観察すると、この二本の他にもあと四本短い足があって時々それがちらっと見えるのだが、ほとんど二本だけ動かしていて残りは胴体にくっつけている。 この虫がプールの隅の方にかたまって泳いでいて、これを子どもたちは追い込んで捕まえるのが楽しいらしい。 「ママも捕まえて」 オッケーイ、ママはこういうの得意だよ。 パパは牡蠣を焼いている。 さっきウォンガリングビーチのショッピングセンターで買ってきたバターとパセリを乗せたものと、しょうゆ味の和風味付けのものと。 どうぞと皿に盛られて、ちょっと贅沢気分。 波音の聞こえるプールサイドのテーブルで、ワインと牡蠣なんて。 プールには我が家の子どもたちだけでなく、他の部屋に泊まっている老夫婦もやってきて泳いでいた。流石に老夫婦は寒かったのかほんの5分ほどで上がっていってしまったが。 暗くなるとプールはライトアップされる。 雲が流されて夕暮れ時の空がのぞいた。 今頃になって晴れてきたようだ。 水色と桃色が入り交じってそれからだんだん色を失っていく。 こんな時間が過ごせるから私たちはここが大好きだ。 八日目「カリプソでグレートバリアリーフへ」に続く・・・ |