ケアンズぷらす > 子連れ旅行記 ケアンズと森とビーチの休日(テキスト版) > 8カリプソでグレートバリアリーフへ
八日目 5月3日(木)
今朝の海は凄かった。 日の出前、空は荘厳な紫色に輝き、それが海にも映りこんでいた。 でもこの日に限って私が目を覚ましたのは日の出と同時で、残念ながらそれらは後からパパの撮影した写真を見て知った。 日の出も美しく、力強いオレンジ色に全てが染まり、私が急いで海岸まで行くと、もうパパは三脚をしまうところだった。 印象的な日の出が見られる日は雲が多い。 今朝も昨日ほどではないが少し雲が多いようだ。 一昨年、気合いを入れて晴れを待ったダンク島行きが滞在中最低の天候に見舞われたこともあり、私はちょっとばかり心配。 今日はアウターリーフクルーズに行く日。 白い船に乗ってクルーズし、真っ青な海で珊瑚と魚を見る日だから。 ツアーを頼んだカリプソの送迎車が迎えに来るのは8時20分頃。 送迎車は早く着くことも多いからとパパは8時10分には身支度を整えてウォンガリンガの前の通りで待っていた。 子どもたちが白いキノコを発見した。 ひょろひょろしたキノコで芝生の上に生えている。 隣には硝子細工みたいな透き通った小さな花。 植物を探すのに飽きると今度は地下の駐車場へ走っていった。 「ママ、向こう側にも駐車場の出口があるんだよ、知ってた?」 知らなかった。 ウォンガリンガの私たちが泊まっている棟とは離れた出口から、鞄を持ったBちゃんが出てきた。 緑のポロシャツに青い短パン。日本のイメージだと色はともかくスタイルは体操着みたいだが、これがこちらの制服。スクールバスを待っているところらしい。 おはようと手を振ったら、恥ずかしそうに手を振り替えしてくれた。 私たちの送迎車もなかなか来ないが、Bちゃんのスクールバスもなかなか来ないようだ。 待っている間にだんだん空が晴れてきた。 ベールみたいな薄雲は少し掛かっているが、このぐらいの方が紫外線が遮られて良いかもしれない。 8時22分。 ショートカットにスポーツサングラスのお姉さんが運転するワゴン車が到着した。 既に車内にはオージーらしい若いカップルが乗っている。 ワゴン車は私たちを乗せた後、ウォンガリンガのあるReidロードの外れのスコッティーズ前で停まった。 スコッティーズにはレストランとバックパッカー宿がある。 レストランの方は一昨年食べに来て美味しかった記憶がある。 ワゴン車はここで停まったきり。誰かを待っているらしい。 なかなか出てこないのに業を煮やしたのか、運転席のお姉さんは車を降りて迎えに行った。 慌てて荷物を抱えてお姉さんと一緒に出てきたのは、大ぶりなサングラスを掛けた若い女の子。どうやら一人でクルーズに参加するらしい。 ワゴン車はウォンガリングビーチからミッションビーチに移動し、メインストリートを越して右に曲がった。 ここは・・・桟橋じゃない。 桟橋はもっと先、左手に見えている。 ここはクランプポイント。 岬の先端にある公共のボートランプだ。 ボートランプというのは、よくオーストラリアの地図では坂道を後ろ向きにボートが降りていく図柄で示されているが、要するに道路がそのまま海中まで伸びているようなもの。 正しくは(たぶん)パブリック・ボート・ラウンチング・ランプ。 釣り人などがそこまで自家用車でボートを引いてきて、そこから海や湖や川にボートを降ろすためにある。 見るともう湾内には私たちが乗るカリプソII号が停泊している。どうやってあそこまで行くんだろう。 そう思って辺りをふらふらしながら待っていると、なんとゴムボートに毛の生えたようなモーターボートが、このボートランプ目指してゴゴゴゴゴとやってくるではないか。 ボートはボートランプに接地した。 といってもボートの底がランプの底についたわけで、桟橋じゃないから浅い水面を渡らないことにはボートに乗ることができない。 先ほど一緒のワゴン車で到着したカップルと一人旅の女の子、それから我が家よりは少し年かさの女の子二人を連れたファミリー、落ち着いた感じのご夫婦などが乗り込んだ。 私たちも遅れじと乗り込んだ。 水はけの良いマリンシューズを履いてきたから良いものの、それでも子どもたちは靴がぬれて気持ち悪いと騒ぎ始めた。 ボートはあっと言う間に私たちをカリプソIIに運んだ。 乗船すると、まず靴をぬいで箱に入れるよう指示される。すぐに靴は脱ぐんだから、ぬれてもあんまり関係なかった。 裸足になると、次は自分にあったサイズのシュノーケルとマスクとフィンの三点セットを選ぶように言われた。 船の床にはずらりとフィンが並べてあり、白いプラスチックのケースに中には沢山マスクと管が突っ込まれている。 他のお客さんたちはそれぞれ船のスタッフに自分の足のサイズを言って選んでもらっていたが、私たちはオーストラリアサイズでいくつになるのか検討もつかなかったので、スタッフに目測で選んでもらった。 カナはこんなの使わないよとぶつぶつ言っていたが、とりあえず適当なのを選んでもらい、レナはこんなおちびさんのサイズがあるかと心配になったが、そちらも適当なものを選んでもらった。 それぞれ三点セットを選ぶと、自分のマスクのゴムバンドで管とフィンをまとめて、みんな一緒のケースにしまう。マスクも管もフィンもサイズによって色が何色かあるので、その組み合わせで自分のものを覚えておくことになる。 全員が三点セットを選び終えると、船は動き始めた。 海の上はよく晴れている。 最初のうち波は静かで船はそれほど揺れなかった。 船の後方には遠ざかるミッションビーチ。 ぽっかりとドーナツみたいな雲が浮いていて、レナがあれを写真に撮りたいと言った。 ダンク島が近づいてくると船はだんだん揺れ始めた。沖に出るほど風が強いのかもしれない。 私たちと一緒のワゴン車で来たカップルは特に男性の方が彼女にぞっこんなようで何かと世話を焼いたり彼女の写真を撮ろうとしては煙たがられているようだ。 女の子を二人連れたファミリーの方は、これまたお父さんがしきりと娘の世話を焼いている。娘たちの方はどこを吹く風で、特に下の娘は父親ではなく母親の方にべったりと甘えている。見ていて可笑しい。 ダンク島の桟橋と、砂州のように突き出している部分が見え始めた。 私はこの船のスケジュールをよく知らなかったが、どうやらダンク島に立ち寄るらしい。 ダンク島はミッションビーチの沖に浮かんでいるリゾート・アイランドだ。 沿岸からの距離は4.5キロほど。 島全体が国立公園でダンク・アイランド・リゾートという高級宿泊施設が一軒だけ建っている。 私たちは一昨年、フェリーでダンク島に渡ったが、天気は曇りのちスコールでずぶぬれになったし、ビーチは干潮で泥の干潟と化していたしであまり良い印象がない。 でもジェットスキーやウォータースキーなどのスポーツ・アクティビティも盛んで、それらを体験した人たちからはすこぶる良い評判を聞く。 どうやら今回私たちは、意図していなかったが再びそのダンク島を訪れることになりそうだ。 船がダンク島の桟橋に着くと、桟橋の真下の透明な海に魚が沢山集まっているのが見えた。 そりゃもう、水族館の中みたいに凄い。 驚くほど華やかだ。 子どもたちが変な形の魚がいると騒ぎ出した。 「ポケモンのネオラントみたいだよ」 何に似ているって言うのかな。上手く表現できないけど真上から見ても横から見てもひらひらとしてとても変わった形の魚だ。 私たちだけじゃなくて他のオージーたちもみんなで船の手すりや桟橋にしがみついて下をのぞいていた。 船の舳先の方には燕が何羽もやってきた。 日本の燕と違って顔から胸にかけて赤茶色だ。可愛い。 ダンク島に立ち寄ったのは、乗客を乗せるためだった。 ミッションビーチを出航したときは、ヒンチンブルック島一日ツアー同様ずいぶん空いているなと感じたが、どうやらこのアウターリーフクルーズのお客さんの大半は、ダンク島から乗ってくるようだった。 30分以上経って、ようやく乗船客もみんな揃いダンク島を後にした。 満員御礼になったツアーのメンバーの中には、私たちの他にも二組ほど日本人の夫婦がいた。 二組の日本人はそれぞれ私たちより年上のご夫婦と、新婚旅行とおぼしい若い夫婦だった。 年上の夫婦の奥さんの方と少し話をしたが、前半がダンク島、後半がケアンズ市内に泊まるツアーでいらしたらしい。 ダンク島の予想外の湿度の高さに閉口したことや、日本人はのんびりすることに馴れていなくてどうしても毎日何かしらのツアーを入れてしまうといった話を聞かせてくれた。 私なんかにしてみると、今回の旅行は天候にも恵まれてむしろ湿度は予想よりずいぶん低かったと思っている。もし雨期が開けていなかったらこんなものでは済まなかったはずだ。 毎日何かしら出かけてしまうことはよく理解できる。 昔、パームコーブのノボテルに泊まったとき、ホテルのコンシェルジュに毎日オプショナルツアーの予約を頼みに行ったら、「お前たち何しにリゾートに来たの?」と呆れられたことがある。 何しにって遊びに来たのよ。 日本ではできないことをしに、見られない景色を見に、わざわざ高いお金を払って窮屈な飛行機に乗ってやってきたの。 のんびりするのだって嫌いじゃないわ。でものんびりすることは自宅の近所の公園で天気の良い週末にでも十分できるもの。 違う? パパはハネムーナーらしいカップルの旦那さんと話をしたようだ。 「何を話していたの?」 「奥さんが船酔いして、体験ダイビングをキャンセルするんだって。あと、旦那さんはダンク島が退屈だって言っていた」 「ふーん」 思わず二人して、ミッションビーチに泊まれば良かったのにねと言ってしまった。 ミッションビーチならクロコダイルスポッティングに行くとか、タリー川ラフティングに行くとか、スカイダイビングをするとか、エキサイティングなことがいっぱいできるよ。 それはさておき、奥さんの船酔いは可哀想だ。 いつもはアウターリーフクルーズの船に乗ると真っ青になる船酔いパパも何故か今日は顔色が良い。 これだけ船が揺れているのに。馴れてきたのか? それとも酔い止めが体質に合ったのかな。 レナの方がちょっと辛そうだった。 彼女はこれまで船で酔ったことは無いが、車ではいつも酔うので基本的に乗り物には弱いタイプ。 パパ同様、今回も出発前に酔い止めを飲んできた。 今回二人が飲んだ薬はパンシロントラベルというオレンジ味のチュアブル。 今までレナは子供用のトラベルミンやセンパアを使っていたのだが、どちらも体質に合わないのかいまいち効き目が良くなかった。おまけに味も嫌いらしく飲ませるにも一苦労。それが今回のパンシロントラベルは水無しで飲めるだけでなく味も美味しいらしい。レナがあまり嬉しそうになめるのでカナまでなめたがったぐらいだ。 このパンシロントラベル、そんなわけで車酔いには結構効果があったようだが、流石に船で揺られると多少気分が悪くなってきたらしい。 「ママ、寄りかかっていい?」 「いいよ」 船の二階デッキの床にぺたりと座り込んだ私にレナは寄りかかってきた。 「ママ椅子だね」とカナが言う。 ざぶんざぶんと波を乗り越え、ぐいんぐいんと船が揺れると、レナはいつの間にか寝付いてしまった。 ママ椅子がママベッドになってしまった。 ちょっとこりゃ、身動きとれないね。 足が痺れてきたのでパパに救いを求めようとしたが、パパはデッキの床に大の字になって寝ていた。 ありゃ・・・直射日光を浴びながらその角度で寝ていると後で恐ろしいことになるぞ。 といってもパパもできるだけ寝かせておいてやらないと可哀想だ。 パパが目を覚ますまで私もこの体勢をキープするしかない。 「カナ、舳先へ行ってもいいよ」 さっきからカナが舳先を出入りする人たちを羨ましそうに見ていたので言った。 「但し気を付けるんだよ。必ず手すりに捕まりながら移動してね」 「判った」 カナが行こうとしたところで、パパが目を覚ましたので交替を申し出た。 「ちょっとレナのベッドになっていてくれない? 私はカナを見ているから」 デッキは絨毯引きだったが、舳先の方は滑らないよう凹凸をつけた金属製だった。直射日光で少し熱くなっている。 機械が収納されているのかちょうど椅子のようになっている台が中央にあって、そこに二人の女性が座っていた。カナが来たのを見て席を譲ってくれたが、カナは立っている方が良いと断った。 舳先はまともに風を受けるので飛ばされそうになる。しっかりと手すりを握り、カナにも手を離さないよう伝えた。 しばらく何もない大海原を走っていると、いつの間にか左舷の海の色が変わってきた。 ネイビーブルーではなく、鮮やかなミントブルー。 淡いところと濃いところと縞模様のようになっている。 珊瑚礁の海だ。アウターリーフに着いたのだ。 船は停まり、みんな左の手すりに集まってきた。 レナはこの騒ぎで目を覚ました。 しかし寝起きはすこぶる機嫌が悪い。 どうでもよいことでぐずぐず言う。 頼むからもっと良い子になってくれ。 楽しい時間を楽しく過ごせるように。 押し問答をしているうちに私たちはラストになってしまった。 もうみんな次々とシュノーケル三点セットを身につけ、ヌードルと呼ばれる棒のように細長い浮き具を抱えてどんどん海に入っていく。 「あれ? ライフジャケットは貸してくれないの?」と私。 三年前のミコマスケイの時は無料で貸してくれたのに。 「無いみたいだよ」と冷たいパパ。パパは泳ぎが上手いのでいつも浮き具を必要としない。 「・・・判った。ライフジャケットが無いなら子どもたちの分は空気を入れて膨らませるライフジャケット型の浮き具を持ってきたからそれを使うよ」 早く海に入らないと自由時間がどんどん少なくなってしまうという焦りに狩られながら、私はまた二階のデッキに戻り、ビーチバッグの中からそれを探し出して膨らませた。 この浮き具を私は「なんちゃってライフジャケット」と呼んでいるが、100円ショップで手に入れたもので沖縄でも重宝した。一応空気を入れるところが三箇所に別れているので万が一どれかの空気が漏れたとしてもある程度の浮力を保つことができる。 もちろんちゃんとしたライフジャケットがあるに越したことはないが、少なくとも一箇所穴が開けばお陀仏の普通の浮き輪よりはリスクが少ない。 さあ子どもたちの浮き具はなんとかした。 あとは自分の分のヌードルだけだ。 ・・・ 無い、無い、無い~。 貸し出し用ヌードルが入っていたとおぼしき箱は空っぽだった。 「ママ、ここ・・・」 カナが指さす先にはぽっきりと折れた半分サイズの白いヌードルが一本だけ。 ど、どうして無いの? ふと海の中を見ると、太ったオージーのおじさんが二本のヌードルを束ねて抱え、泳いでいくのが見えた。 ああ~っ。そ、それ・・・わ、私の分!! (声にならない叫び) 酷すぎる。 必要人数分のヌードルを準備してくれなかったカリプソも酷いが、数の限られているヌードルを二本も使う人も酷い。 泳げない私はどうやってシュノーケルしたらいいんだ? いや、一応言っておくが私は全然泳げないわけではない。ただ、ちょっと体勢を崩してぶくぶくとなったときに浮き具がないとパニックを起こして沈んでしまう。そんな怖いシュノーケルはしたくない。 カリプソのスタッフを見つけて他にヌードルは残っていないか聞いてみた。 船内を見回すとぽつぽつと椅子に立てかけたヌードルなどが残っているが、みんな誰かがキープ済みのようだ。 「ごめんね、もう無いや」スタッフが肩をすくめた。 うっ・・・。 困った。迷った。・・・決意した。 仕方ない。あの折れたヌードルを使おう。サイズが半分だから浮力も半分だし抱えるのも難しいが無いよりマシだ。 白いヌードルを手に覚悟を決めて海に入ろうとしたとき、スタッフが戻ってきた。 「これを使って」 おお。 ライフジャケット。 なに? こんなにいいものを貸してくれるの? スタッフは私の体型を見てうーんと考えて、もう一回り小さいライフジャケットと取り替えてくれた。 何だ、ライフジャケットもあるんじゃない。まあ普通はヌードルを使えということなんだろうけど、ジャケットの方が自由に動けるし安心できる。 結果としてはラッキーだった。 さて後は水中撮影用のカメラ。 古いキヤノンのデジカメは防水ハウジングを持っているのでこれを水中撮影専用に持参した。 「パパ、カメラ係お願いね」 ところが・・・。 「これ、バッテリーを交換して下さいって表示が出ているけど」 な、なに~!? 「そんなわけないよ。日本を発つ前日に電池を充電したばかりだよ」 「でも電源を入れると交換して下さいって出るよ」 ううーっ。 「デッキに新しいキヤノンのS3 ISがあるから、あっちから電池を抜いてきて入れ替えてちょうだい」 たまたまどちらのカメラも単三電池四本で動くタイプで良かった。 後で調べたら古いキヤノン機に入れた充電用電池は充電回数の限界を超えたようで使いものにならなくなっていた。 ようやく何もかも揃って海に入れるかと思ったら、今度はカナがぐずぐず言い始めた。 さっきレナをなだめるために大人があれこれ世話をしたことを不公平だと感じたらしい。 あのね!! 何のためにレナに機嫌を直してもらったと思っているんだ。みんなで楽しい時間を楽しく過ごすためだろうが。どうしてそう、次から次へと足を引っ張るようなことをする。互いに引っ張り合って時間を無駄にして嫌な気持ちを抱えて、それで何を得ることができるって言うんだ。 「だってゴーグルつけたくないんだもん」 「じゃあみんなみたいにシュノーケルマスクをつければいいじゃないか」 「もっと嫌。鼻から息ができないから」 「じゃあ何もつけなくてもいいからおいでよ」 「嫌っ」 じゃあ何ならいいんだ? パパが、自分がカナに付き合うからママとレナは先に海に入っていてと言った。 二人であれやこれや言っても仕方ない。後はパパに任せよう。 レナと船尾に行き階段状になっているところから海に入る。 結構水は冷たくて、一気には入れない。少しずつ少しずつ胸の辺りまで沈め、それから水に顔をつけた。 リーフは船の左右に広がっていた。 リーフの名前はたぶんビーバーリーフだと思うが、カリプソのクルーズはその時々で違うリーフに行ったりするというのでもしかしたら違うかもしれない。 みんなが右手のリーフに行っているように見えたので、私もレナの手を引いて右側に泳ぎ進んだ。 しかしシュノーケル大好きだったはずのレナも管がきちんとセットされていなかったのか、水が入ってきて嫌だとごね始めた。 「もう戻るー、船に戻るー」 口から管を外させて、溜まった海水を捨てた。 もう滅茶苦茶だ。 今日は何もかも上手く行かない日に違いない。 「レーナッ」 カナがこちらに向けて泳いできた。 パパと一緒だ。 もっと時間が掛かるかと思ったが、なんとか機嫌を直すことができたらしい。 「レナ、一緒に行こう」 カナが言うとレナもぐずぐず言うのをやめた。 二人は手を繋いでリーフの方に泳ぎだした。 リーフに辿り着く前から大きな魚がゆらゆらと下の方を泳いでいるのが見えたが、リーフの縁まで着くともう魚がいっぱい。 「レナ、ドリーがいるよ」 ファインディングニモのドリーは青と黄色のナンヨウハギ。 それがいっぱい群れている。 ああ、やっと。 やっと家族四人でグレートバリアリーフでシュノーケルするという夢が叶った。 四年越しだ。 最初の印象はとにかく魚がいっぱいいること。 もう見渡す限り魚だらけ。よくテレビに映る海中の映像みたいにどっちを向いてもわらわらと魚がいる。 特に急に深くなる手前は小さな魚が群になって泳いでいて手を伸ばすと触れそうだ。 この魚の数、過去に体験ダイビングやシュノーケルをしたエイジンコートリーフやアーリントンリーフより多いかも。ミコマスケイよりはずっと多い。 パパが追い付いてきて、「透明度がいまいちだね」と言った。 そう言えば多少濁りがあるかも。 グレートバリアリーフは北へ行くほど海はクリーンになる印象があるから、ケアンズより南にあるこの辺りは透明度は劣るのかもしれない。 でもそんなことにまったく気が付かないほど魚が多かった。 私はこの方が楽しい。 またリーフの上を泳げば、本当に浅くてうっかりするとお腹をこすってしまいそうになる。 本当に泳ぐのにぎりぎりぐらいの浅さだ。だからその分リーフの魚までの距離もとても近い。 この距離で魚が観察できると、ダイビングでなくてシュノーケルでも十分楽しめると思う。 珊瑚も綺麗だ。真っ青な珊瑚やピンクの珊瑚やライムグリーンの珊瑚がお花畑みたい。 珊瑚をつついている魚も多い。近づくと陰に隠れて出てこない恐がりの魚も。 シャコ貝も大小沢山あって、ぽってりとして波打った口元が金属的な青や緑に点滅している。そして何かが近づくと、ひゅっと縮むように反応する。ドキドキしてしまう。 夢中になって泳いでいたら、子どもたちが寒くなったというのでいったん船に戻ることにした。 そろそろお昼ご飯の時間だ。 ランチはキャビンの一角に準備されていた。 もちろんセルフサービスで、大皿に乗ったパン、チーズ、ハム、鶏もも、サラダ、フルーツなどを自分たちで盛ってくる。 見た感じ、量も種類もランチが自慢のオーシャンスピリットミコマスケイクルーズなんかと比較すると質素なものだったが、自分の皿に盛ってみると出来上がりはさほど変わらなかった。味もまあまあだ。 後からフルーツを取りに行くと残っていなかったり食べる時間が無くなったりしがちなので、今回はフルーツも一緒に持ってきてしまった。 体が冷えていたのでデッキの日向で座り込んで食べることにした。 パパがこうやって食べるといいよとパンに切れ込みを入れてハムやチーズを挟んでみせたので、子どもたちも真似をして挟んで食べた。 誰かが食べ残しを落としたのか、船の周りには魚が沢山集まってきた。 光を反射する水面のすぐ下でいろいろな魚が群になって泳いでいるのが見えた。 「食後は反対側へ行ってみよう」とパパが提案した。 船の右側は午前中泳いだから、午後は左側。 気なしか他のお客さんも午後はほとんど左へ向かっているような気がする。 みんなでまた準備を整え海の中に入った。 入るときだけはやっぱりちょっと冷たい。 子どもたちは身頃がウェットスーツ素材で袖や脇が伸び縮みする素材の半袖ラッシュガードを着ている。私は今回長袖のラッシュガードを持参した。パパは去年の沖縄同様ユニクロの即乾素材Tシャツを水着の上に着ている。 クラゲの危険は考えないことは無かったが、このツアーでは誰もスティンガースーツを勧められなかったし着用してもいない。客はみんな水着のまま泳いでいる。クラゲ除け日焼け止めのSAFE SEAは日本から持ってきたが、結局開封しないまま終わってしまった。 左側のリーフも右側に負けず劣らず魚が多かった。 小さな青い魚が群になってクリーム色の珊瑚の上を泳いでいるさまは、絵はがきのようだった。 子どもたちがクマノミを見つける。 「ここにいるよ、ねえ、パパを呼んできて」 パパはどこへ行ったかなぁ。一人で奥の方へ写真を撮りに行っちゃったよ。 顔を上げて探してみたが、リーフでシュノーケルしている人たちは背中の一部しか見えずみんな似たり寄ったりなのでなかなか見つからない。 探しに行ったつもりが自分の方が子どもたちと離れてしまっていた。 リーフの上にも潮の流れがあるので黙っていてもどんどん流されてしまうのだ。 ようやく戻ってみるともう子どもたちはパパを見つけた後だった。 パパは子どもたちに頼まれてクマノミを撮影。 二匹いて、イソギンチャクを出たり入ったりしている。 それからパパは大きな魚がいるところを見つけたからおいでとみんなを呼んだ。 左側に広がるリーフを右回りに進むと、三段テーブルになった未来都市のようなすごい珊瑚があって、その近くの深くなるところに大きな魚が沢山群れているのが見えた。 大きな魚の群を観察しているのか、ダイビングの一団も近くに沈んでいた。 凄いなぁ、本当にこのリーフはいろんな魚がいる。 私は夢中でシュノーケルを続けていたが、子どもたちはまた寒くなったと言い出した。 パパが二人を船まで連れていき、上がらせた。 しばらくして私が船に戻ってみると、子どもたちもパパもすっかり体を拭いて乾かしていた。 「もう入らないの?」 「ママは時間まで泳いでいていいよ」 えっ、本当に? 寒がりのはずなのに、シュノーケルを始めると寒いことを忘れてしまう。 残された時間はそんなに無いと思うので、ぎりぎりまで海の中にいることにした。 流れに乗ってリーフを漂っているだけで、目の前にどんどん綺麗な珊瑚と魚が現れる。 凄いなぁ、凄いなぁ、本当にここは綺麗な場所だなぁ。 時間だけは心配なので時々海面に顔を出しては他のシュノーケル客が近くに漂っているかどうか確認する。 夢の中みたいな音のない世界。 ふと、右回りではなく左回りに行ってみようと思い立ち、リーフを左から回ってみた。 すると少し行ったところでクマノミを見つけた。 えっ? これって・・・。 イソギンチャクが密集しているそこには笑っちゃうほど沢山のクマノミがいた。 出たり入ったり20匹近くいたかも。 それも一本筋のクマノミ、二本筋のクマノミ、三本筋のクマノミ、いろんな種類がいる。クマノミだらけだぁ。 これはまた凄いな。ここのイソギンチャクはクマノミマンションみたいだ。 残念ながらファインディングニモのカクレクマノミだけはいないみたいだけど、こんなに沢山のクマノミがいっぺんに見られると思わなかった。 写真に撮りたいけど、さっきメディアがいっぱいになっちゃった。 いらない画像を消せばいいんだけど、最近このカメラをいじっていないからどこをどう押せば一枚単位で消せるのかよく判らない。何しろ防水ハウジング越しだとそれぞれのボタンの説明が見えないのだ。 下手なボタンを押して今まで撮った画像が全ておじゃんになったら目も当てられないしなぁ。 ええい、ままよ。 何度かいろいろ操作して、ようやく3枚ほど適当な画像を消去した。消去した画像もよく見えていないまま消したので、もしかしたら世紀の傑作画像が消えてしまった可能性もなきにしもあらずだが仕方がない。 クマノミマンションの画像を三枚撮影した。 でも後から見たら臆病なクマノミたちはイソギンチャクの影にいっせいに隠れちゃってあまり良い写真は撮れていなかった。 船まで戻ってクマノミが沢山いたことを報告すると、ちょうどもう集合時間のようだった。 ほとんどの人は上がっていて、海に残っているのはもう二、三人だった。 スタッフは全員船に戻っているか人数を確認して、船を出発させた。 行きにカナが舳先の方に行ったこともあって、帰りはレナも行きたがった。 三人で手すりに捕まりながら移動する。 船はぐんぐんスピードを上げて、あっと言う間にミントブルーのアウターリーフは見えなくなった。 さてこのカリプソII号はそれほど大きい船ではないため、更衣室などという洒落たものは付いていない。 シャワーは一応ふたつある。 しかしそれはトイレの個室の中に設置されている。 私は実物を見たが、どうやって使ったらよいものか判らなかった。 だって一人座るのがやっとのトイレのスペースにいきなりシャワーヘッドがあって、これで水を出したら便器も床も何もかもびしょびしょになってしまうと思われるから。 みんなこれ、どうやって使うんだろう?? 帰りにもトイレのスペースは乾いたままだったので、もしかしたら誰も使わなかったのかもしれない。 私たちも海から上がった後、体を拭いて乾かしただけだが別にそれで不自由はない。 昔、最初にアウターリーフに行ったクイックシルバーのエイジンコートリーフクルーズだけはちゃんとシャワーを使ったり更衣室で着替えたような気もするけど、それ以降はいつもこんな感じ。 ロウアイルズに行った時なんて、帰りの船でざぶんと頭から波をかぶってしまったことがあって、それ以来、港に着くまで水着でいた方がマシかもしれないと思っているくらいだ。 カナとレナは船首スペースのの中央にある椅子のように出っ張った部分に座っていた。 私は窓の所に寄りかかっている。 スタッフが歩いてきて、私の隣の女の子に証明書のような紙を渡した。 それは体験ダイビングの証書だったようで、彼女は嬉しそうに畳んで仕舞った。その女の子は今朝、スコッティーズのバックパッカー宿から乗り込んできた子だった。 ワゴン車から一緒だったラブラブカップルも現れた。カップルの彼女は往路の船上では日焼けばかり気にしてバスタオルをかぶっていたが、リーフに着いたらシャイな態度と裏腹にえらく大胆な水着姿を披露して驚かされた。帰りは二人とももう一目も気にせずすっかり自分たちの世界に入ってしまっている。 船の一番舳先の所は、ちょうど人が一人立てるくらい凹んでいる。 日本人ハネムーナーの彼氏がそろそろと先端に近づき凹みから正面を撮影した。 彼女の方はハラハラしたようで「危ないよ」と心配そうに言った。 しばらくして今度は私たちより年上の日本人夫婦の旦那さんがやってきて、やはり先端に行き、手すりに捕まりながらポーズを取った。奥さんはそれを苦笑しながら撮影した。 またまたしばらくして今度はオージーの奥さんが現れた。 彼女は先端に近づき振り返ると、両手を手すりから放していっぱいに広げた。 「うわぁお」 流石にそれは彼氏がカメラのシャッターを押した一瞬のことで、また彼女はすぐに手すりに捕まったけど、三人三様のパフォーマンスは面白かった。 何だかこう、舳先を見るとみんなそういうことをやってみたくなるものらしい。 島影が近づいてきたと思ったら、行きにも立ち寄ったダンク島だった。 行きと同様、ダンク島宿泊者のために停まっただけかと思ったが、スタッフが来て言うには、15分ほど時間があるから上陸して散策しても良いとのこと。 うとうとしていたので起こされたくないレナと、別に上陸に興味の無さそうなパパは船に残ると言った。 「カナと二人で降りてくれば」 「判った。カナ、行く?」 「えー、別に・・・どっちでもいいけど」 どっちでもいいなら行こうとカナの手を引いて、タラップから桟橋に降り立った私。 一昨年ダンク島に遊びに来たときは散々な天気だった。 ちらっと青空が見えたきり、あとはどんより暗い曇り空とスコールの雨だけ。 シュノーケルできるかもしれないと苦労して行ったマギマギビーチも引き潮で泥の干潟になっていた。 だからそのイメージを払拭するためにも楽園のような晴れたダンク島を知りたいという気持ちも強かった。 午後の日差しこそ弱まってきているが、今日は綺麗な青空がダンク島の頭上に広がっていた。 桟橋を進むと、右手にへらのような形をした砂州がある。 だから桟橋を降りてそのままカフェの横を通って直進するとすぐに反対側のパロンビーチに出る。 「ママ、どこに行くの?」 「えっ、せっかくだから反対側も見てみようと思って」 パロンビーチには帆を下ろしたヨットが何艘か砂浜に引き上げられている。 いかにもリゾートビーチらしく洒落たビーチチェアが二つ並んでいた。 ひと気は無い。 桟橋の方に戻ると、こちらは賑わっていた。 いつの間にか私たちの乗ってきたカリプソIIだけでなく、クイックキャットのフェリーも停泊している。 あれ? 何でパパとレナも下船しているの? 「船をクリーニングするから邪魔だってさ」 ああそう。15分間あるから良かったらダンク島を散策してもいいわよ、じゃなくて、絶対にダンク島を散策しなくちゃ駄目よっていう強制だったわけね。 海から見たとき、マギマギビーチも満潮になっていたようだった。今日はあそこもヤドカリ集合住宅以外のものが見られそうだ。 今日は流石にマギマギビーチまで行く時間は無いが、今日はこの島はそれなりに楽園に見えた。 砂浜に波が打ち寄せる・・・。 水は透明でひんやりとしていた。 15分と言っていたが、実際には20分以上過ぎたところで船の準備は整った。 スタッフが呼んでいることに気づき、ぞろぞろと乗船客が戻ってきた。 最初にミッションビーチから乗ってきたメンバーに加えて、ダンク島から帰る宿泊者もいた。 ふと気が付いてヒンチンブルック島で切ってしまった自分の左手の傷を見た。 驚いたことにほとんど塞がっていた。 たった二日前のものとも思えない。何日も前の傷のようだ。 海の水が効いたのかもしれない。 ダンク島を出てから30分もしないうちにミッションビーチの湾内に入った。 行きと同じボートが出されたが一度では乗りきれないので、先に乗船させられたのはダンク島宿泊者たちだった。 二度目のボートに乗るのはもう顔見知りばかり。 ボートは朝と同じパブリック・ボートランプに着いて、みんなじゃぶじゃぶと水の中を渡って岸に着いた。 見るとみんな水の中に入る前に靴を脱いで裸足で渡っていた。 ああ、私もそうすれば靴がびしょびしょにならずに済んだのだった。 部屋のバルコニーから見る夕暮れ時の空が綺麗だったのでカメラを手にしてビーチへ向かった。 朝の力強い空も好きだけど、夕暮れのほのかな色合いの空も好き。 スプリンクラーの水たまりを除けながら木立を抜けて砂浜に出ると、ちょうどベンチの所に隣の棟の一階に滞在しているおじさんたちがやはり夕日見物に来ていた。 私の姿を見るとハローと挨拶して、 「今日はボートでアウターリーフ行ったの?」と聞く。 「・・・yes」って・・・どうしてそのことを知っているの? 「どうだった? ビューティフルだった?」 「オフコース、そりゃもう、ベリービュ~ティフルだったー」 「そうかそうか、そりゃーグッドだね」 後でそのことをパパに言ったら、ロラリーにでも聞いたんじゃないのー?と言っていた。 そうだよね。そうとしか思えないものね。 夕御飯時はやけに賑やか。 子どもたちがゲッコーとネコドリの鳴き真似。 「ケッケッケッケッケッ」 「ニャ~ッ、ニャ~ッ、ニャ~ッ」 もしかしてもう日本語忘れちゃった? 私の痒いところはますます増えてきた。 憎むべしはサンドフライ。今夜もゆっくり眠れないような気がする。 手足は掻き壊してかさぶただらけ。 みっともないことこのうえない。 後片づけを終えてバルコニーを見に行くと、寝椅子でパパがうたた寝をしていた。 真っ暗な中、月と星と波の音。 「こんなところで寝ていると風邪を引くよ」 「・・・うーん」 ダンク島の話をすると、やっぱりヒンチンブルック島の方が気に入ったなという話になってしまった。 「だいたい歩き出してすぐに道からゴミ集積所が見えるのが許し難いよ」と私。 「いや、あれは・・・」とパパ。「リゾート宿泊者は送迎車があるからそういうものは見ないんだよ」 うーっ、それって差別だぁ。 空を見上げると南十字星。 南十字星を見ると宮沢賢治の銀河鉄道の夜を思い出す。 確か親友を追って銀河鉄道に乗り込んだジョバンニの旅は白鳥座の北十字から始まって、死者が旅立つ南十字で終わったはずだ。 南十字星の見えるオーストラリア。 ここは日本から遠く離れた南半球の国。 九日目「ココナッツとカレーと浴衣」に続く・・・ |