夏休み東北日記 六日目


7月30日(火)

 目が覚めると曇っていた。今日は海へ向かおうと思っていたんだけど、どうしようか。
 天気予報は全国的に晴れで猛暑なのに、北東北のみ曇りで、しかも青森の日本海側は何やら雨も降ることになっている。
 今日と明日のどちらかは海へ行きたかった。子供達は海水浴大好き。明後日の天気も曇り…決断を迫られる。

 まあ、とりあえず行っちゃおうか。薄日も射しているようだし。


 岩木山を右に臨む鰺ヶ沢街道。岩木山って印象的な山だ。特に近景にリンゴ畑が広がっていると、いかにも青森といった雰囲気。あちらこちらで温泉のマークを見かける。明日はこの辺りの温泉に入るのもいいかも。

 鰺ヶ沢で海にぶつかる。左折して海沿いの道。潮の匂いがする。道の端では烏賊を並べて干して売っている。
 道は五能線の線路と時々クロスしながら並行して走っている。どんよりとした空の下、北の海は荒々しく岩礁に砕け散る。

 海水浴場は、千畳敷か、岡崎にしようと思っていた。
 千畳敷海岸は「日本水浴場55選」「日本の夕陽百選」に認定されている。一方、岡崎海岸は「日本の渚百選」「日本の夕陽百選」「日本の水浴場88選」認定だ。いい勝負だが、どっちも海水浴に向いた景勝地なのだろう。


 千畳敷。
 とある殿様がここで宴会したという伝説もある海岸。千畳敷という名前は去年の夏休み、南紀でも見た。雰囲気は違うけど、千も畳を敷いたようだという感じはどちらも判る。
 千畳敷のすぐ手前に海を四角く区切っただけの海水プールもあったが、風も強く肌寒かったため、ここは見学だけにした。

 深浦の駅前の、漁港を過ぎた辺りに岡崎天然海水プールこと、岡崎海水浴場はある。大小二つのウォータースライダーが目印だ。
 岩礁で囲まれた浅瀬をコンクリで固めて、小さい子どもにも安全な海水プールにしてある。
 入り江なので千畳敷より風も弱い。


 砂浜で貝を探すといった遊びは出来ないけれど、岩礁を乗り越えて波は来るし、スライダーの下や岸から離れた深いところには魚もいるらしい。普通のプールよりはずっと面白いと思う。トイレやシャワーも完備している。


 ママ、海で遊ぶ道具は持ったよ。あとは水着になるだけ?

 
 天気が良くないのでちょっと肌寒いけど、水着になると子供達は元気。

 お昼時、美味しい魚が食べたいと、岡崎海水浴場から近い、魚鱗という店に入った。
 普通、魚が美味しい店というのは建物からして日本料理屋風とか民宿風とかそれらしいことが多いが、不思議なことに喫茶店みたい。メニューも黒板に手書きで書いてあるのは、刺身定食とか生ウニ丼なのに、卓上のセットメニューはカツ丼とかスパゲティ。取りあえず、黒板にあるメニューから、赤メバルの焼き魚定食と刺身定食を頼んだ。すると、水を運びに来た女性が、かなり待つからといって子供達に棒付きキャンディーをくれた。その時点でますますハテナ。
 本当にこの店、新鮮な魚料理を出してくれるのだろうか…。


 30分近く待っただろうか。ようやく出てきたのがこちら。
 画像だけでは味がお伝えできないのが誠に残念。
 なんでも赤メバルはとても大きいので、焼くのに時間がかかるのだそうだ。
 脂がのっていてもの凄く美味しい。旅先で食欲が落ちていた子供達もぱくぱく食べる。あっというまに皿は空っぽになってしまった。
 キャンディーを出してくれたのも、本当に待つ必要があったからで、実際待った価値はあったということだ。

(なお、外観、内装と、メニューなどにギャップがあることについては、魚鱗経営者の親族の方から、
「以前は喫茶店として営業してましたが、町そのものが過疎化にある夏だけの町で商売していく中、15年の時間を経て今のスタイルになりました」と、後に教えていただきました。どうもありがとうございました。)

 あとで振り返っても、この店で食べた赤メバルは、今回の旅行で食べた美味しいものの中でも、松島の田里津庵で食べたウニについで美味しかった。最終日の一の坊の昼食よりずっと美味しかったということだ。
 外観とのギャップにはびっくりしたが、良い店に巡りあえて嬉しく思う。

 岡崎から少し走ると、艫作。
 ここらあたりの温泉というと、波打ち際の露天風呂があまりにも有名な黄金崎不老ふ死温泉、そして、最近メジャーになりつつある新しい施設ながら湯も景色も良いと評判のWeSpa椿山、そして遊離二酸化炭素含有量日本一のみちのく温泉などがある。
 とりあえずここまで来たら、黄金崎不老ふ死温泉には入ってみたい。


 白い風車が目印。
 下黄金崎温泉、黄金崎不老ふ死温泉の入り口は、想像していた秘湯という雰囲気とはかけ離れていた。綺麗な大型旅館という感じ。
 ロビーで、パパがお風呂に入りたいのですがと言うと、600円と言われたらしい。実は有名な渚の露天風呂に入るだけなら、その半額でいいらしいが。

 ロビーの机の左端に、露天風呂への行き方を書いた紙がある。廊下の先、階段をずっと下りて、一度外に出なくてはいけない。
 露天風呂と書かれたドアを開けると、いきなりビーチ。その向こうに露天風呂が見える。


 外にあるので、勝手に入る人がいるのだろう。入浴は有料だと明記されている。
 向かって右が女性専用で左が混浴だ。ロケーションはほぼ同じ、形は混浴が瓢箪型、女性用が円形。大きさも不公平を感じるほどには違わないので、人が多いときには女性は女性専用に行った方がのんびりできるかもしれない。



 いやぁ、写真などで何度も見ていたけれど、実物はやっぱり凄い。
 岩礁に波が砕け散る。海が本当に目の前で、凄い開放感。遠くても来た甲斐がある。一生に一度は入りたいお風呂の一つだ。

 服を着たままの見学者が沢山うろうろしていたので、私は混浴は見学だけにして、女性専用に入浴した。人が多くてもお風呂に入っている人だけならば、もう少し混浴でも落ち着くのに。

 濃い黄茶色で、底はまったく見えない。赤錆色の湯の花がゆらゆら浮いている。猛烈な鉄錆の匂い。味は塩分がかなり強く、味の濃すぎる海苔茶漬けみたい。温度は相当ぬるく、7月終わりの今日でも、寒くて長湯はできないという感じ。浴槽は浅めで、二歳のレナでも十分背が立つ。
 子供にしたら、ぬるくて浅く、嬉しいらしい。何時までも出ようとしない。海も見えるし、海鳥も近くに飛んでくる。

 びっくりしたのは、女性専用露天風呂に関わらず、水着で入浴している人がいたこと。

 カナが混浴から、もうパパか出るよと呼びに来た。
 あまり時間が経っていなかったから、お気に召さなかったのかと思いきや、単にぬるすぎるので長く入っていられないということらしい。
 どうせ内湯も入れる600円を払ったなら、ここの内湯も入っていこうということになった。


 建物の中の内湯にも露天風呂が併設されている。
 こちらは高いところにあるので、波打ち際の露天風呂がよく見える。
 また、内湯は泡風呂の真湯と、温泉の浴槽と二つある。

 全部入り比べて思ったこと。波打ち際の露天風呂、建物内の露天風呂、内湯、三つ全部あまりに違うのである。源泉は同じらしい。
 温度は、波打ち際が相当ぬるい。建物内の露天風呂は、まあまあぬるい。内湯はかなり熱い。
 湯の花は波打ち際は少し浮いている。建物内の露天風呂は、ほとんど浮いていない。内湯はまったく浮いていない。
 色は波打ち際は濃い黄茶色で濁って底は見えない。建物内の露天風呂はそこまで濃くない黄茶色で濁っている。内湯は黄色っぽいが透明で底がよく見える。
 匂いは波打ち際は赤錆臭。建物内の露天風呂は錆びていない鉄釘の匂い、内湯はかすかな鉄臭。
 味は三つの浴槽、ほとんど同じ。
 これは何を意味するか?
 お湯の鮮度がまったく違うらしい。
 もちろん一番新鮮なのは、内湯だ。次が内湯に併設された建物内の露天風呂で、一番劣化しているのが波打ち際の露天風呂だ。
 含鉄系の湯は劣化が早いのかもしれない。にしても、湯温が少し気になる。
 内湯の湯を露天風呂に使い回しているのではないかという疑惑はそこから生まれるのであろう。
 ロケーションなら断然、波打ち際の露天風呂だが、泉質を優先するなら、内湯に入った方がいいかもしれない。


 内湯の脱衣所はかなり綺麗で、ベビーベッドもあった。桶は何故か今回の東北旅行で初めて見るケロリン桶だった。

 とにかく不老ふ死温泉は強烈で、あがったあともずっと体中から鉄錆の匂いが消えない。
 こうして日記を書いている今も、既に夜、もう一度ロマントピア温泉に入ったにも関わらず、腕の匂いを嗅ぐと、強い鉄臭にくらくらきそう。

 塩分の濃い温泉というのは重い。
 硫黄泉とかアルカリ性単純泉とかは、はしごしようと言う気にもなるけれど、強い塩泉は、鈍く力強いので、一湯入っただけで、もう沢山と言う気になる。
 真っ直ぐ、相馬村に帰ることにした。
 途中、鰺ヶ沢で、行きに気になっていた干し烏賊を購入。


 帰りの車の中で、カナもレナも寝てしまった。
 帰りは行きとは違う道にしようと、岩木山の北側を走った。流石にRV車ではないので白神山地を突っ切る道は遠慮した。見てみたいという気持ちは強いけれど。

 夕方、カナもレナも起きないので大人だけで夕食。
 海辺で仕入れた鯛やサザエを炭で焼く。
 焼き上がった頃に、美味しい匂いに鼻が利くレナが目を覚ます。何かと損なタイプのカナは寝入ったまま。


 子供一人が寝ているから、今日のお風呂は大浴場まで行かず、部屋の浴槽にしよう。ここだって、一応は温泉なのだから。
 お湯はかなり熱く、水でうめないと子供は入れられなかった。ごくごくわずかに緑というか黄色というか、色が付いている風だ。透明度は高く、湯の花などは無い。なめてみると、昨日の大浴場と同じ、微妙な塩加減。お湯を張っている間、ばしゃばしゃと勢い良く蛇口をひねっていたら、浴室中にむせるほどの灯油の匂いが充満した。湯上がりはやっぱりすべすべ。ナトリウム・カルシウム-塩化物泉(高張性弱アルカリ性高温泉)。ロマントピア温泉、悪くない。


 明日は晴れるだろうか。
 もう旅の半分以上は過ぎてしまった。どうしてこんなに時間の過ぎるのは早いんだろう。

つづく


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