16.混浴への挑戦-続まるみや旅館
さて、
まるみや旅館にはもうひとつ浴室がある。
廊下を挟んで向かい合わせになっていて、今入らせてもらったのが独自源泉の男女別小浴場。もう一つが赤湯共同源泉の混浴大浴場だ。
どんなところかなと、小浴場に入る前にちょっと薄くドアを開けてみたら、男性が一人入っていらっしゃったので遠慮した。それに屋代さんもどちらかというと独自源泉の方が人気があると仰っていたし。
しかし、味噌汁色の独自源泉に入る前ふらりと現れたまるみや旅館のご主人が、混浴大浴場の前で躊躇している私たちを見て、こんな風に仰っていた。
「うちは日帰り入浴を受け付けていないから混浴でも変なお客さんは一人もいませんよ。混浴に入るのは湯治目的の方だけ。入浴に介助が必要な方とかね。だから安心して入って下さいよ」
だから大浴場も気になる。
そう思って扉を見つめていると、またまたふらりとご主人が現れた。温泉旅館の主と言うにはお若い風貌で、一昔前のフォーンソングライターのような髪型をしている。ギターなど似合いそうな感じだ。
くららさんが「大浴場の方も写真を撮らせてもらって良いですか?」と伺うと、ご主人は「ご自由に」と短い一言。
何となくその言葉が、写真だけじゃ良いか悪いか判らないでしょう。入浴してみて自分で確かめなさいと言っているように聞こえた。
そう思うと確かめてみずにはいられない。
無人の浴室のドアを開けて、脱衣所から写真だけ撮っているくららさんに向かって、「私、入ってみるよ」と言っていた。
「えっ、混浴だよ?」
だって今、誰もいないし、まるみやのご主人は変な人はいないから安心して入れるって言っていたし。
いきなり服を脱ぎ始めた私に吃驚したくららさんは、「じゃ、じゃあ他の人が入ってこないように私が見張っているから」と言ってくれたが、大丈夫大丈夫と私はさっさと入ってしまった。
大浴場と言う名の印象ほどには広くない。こちらの浴槽は角をまるめた変形四角形で、鉢植え植物が飾ってあるのが逆に鄙びた風情を醸し出している。
お湯は少し熱め。透明だがうすら濁りでどことなく緑色がかってみえる。
金属的な臭いの強かった独自源泉と異なり、こちらはアブラ系の臭いだ。それも湯口近くではシンナーのような強い臭いがする。
そして入ると顕著な肌触り。すこしぬるつくようなすべすべした感じ。
丸進別館には遠く及ばないが、
星の湯旅館よりは明らかに滑るような感触が強い。
くららさんが脱衣所で見張りをしながら待っていると思うと、何だか落ち着かなくてざばっと入ってざばっと出る感じになってしまった。
個人的好みからすると、お湯の性質は独自源泉よりこちらの赤湯共同源泉の方が好きかもしれない。どちらにせよ、両方に入ることができるまるみや旅館はなかなか温泉的に贅沢な宿だ。
上がると屋代さんとまるみやのご主人が廊下で歓談していた。
「まるみや旅館のご主人は、すごく勉強家なんだよ。鳴子ではあまり外の温泉など出歩かない宿の経営者が多いんだけど、このまるみやのご主人は全国渡り歩いている」
「うん、こないだは栃木の○○の主人と飲んだかなぁ。湯治宿同士の繋がりとかあるんだよ」
温泉ファンなら一度は聞いたことがあるような関東の宿の名前などが出てくる。
それからご主人は立ち寄り入浴を受け付けていない理由など教えてくれた。
「うちは源泉を大事にしたいからそんなに大きなお風呂は作っていないしね、混浴もあるから、日帰りのお客さんが入ることによって宿泊して湯治しているお客さんがお風呂に入れないようなことは困っちゃうんですよ。長期湯治で来る人の中には、妙齢の女性なんかもいらっしゃるからね」
まるみや旅館はとにかく湯治宿なのだ。
「あと、うちでは一切、食事は出しません。他でいくらでも食事付きの宿泊を受け付けているところや、部分的に食事の出せる湯治宿はあるから、うちはうちで差別化を図って、食事を出さない代わりに全ての部屋に自炊設備を置いています」
ああそれはなかなか有り難い。
我が家の宿泊スタンスに合致するものがあるような気がする。
「でも長期滞在で無いと宿泊できませんか? それに子連れでは迷惑ではありませんか?」
「いいえ、結果的に長期滞在されるお客さんが多いと言うだけです。一泊でも受け付けますよ。お子さま連れも大丈夫ですよ」
これはいいや。次回の宿泊先として覚えておこう。
湯治宿なら冬季の訪問もできる。キャンプ場は暖かい時期限定だから。
まるみや旅館の玄関先には鳥かごが置いてあって小スズメが入っていた。
屋代さんはそのスズメを指さして、「私が前に
ブログに書いたけど、これは宮城県の条例に違反して野生のスズメを飼っているわけじゃないんです。まるみやさんちは優しいから、巣から落ちた雛を助けて巣立てるように保護して上げているんです。あっ、私のブログ読んでいないでしょ? こないだ書いたばかりなのになぁ」
いえいえ、読んでますって。
「いや、このスズメはあのときのじゃないよ、もう二代目」と、しれっとしてご主人。
思わず、ずるっと滑る屋代さん。