6.温泉では泳がないでね
露天風呂は雪見風呂だった。
ちょうど塀の向こうに雪を被った柿の木が見えている。
あんなに激しく降っていた雪も小休止したようだ。
露天風呂までのわずかなアプローチも凍り付いていたので滑らないように注意して進んだ。
内湯が気持ち熱めだったのに対し、露天風呂は適温。人によってはぬるく感じるくらいだろう。
ナステビュウでは柵が邪魔で子供たちの雪を取るのは苦労したが、ここは庭園になっているので浴槽のすぐ周りに沢山積もっている。
カナもレナも大人しくお風呂に浸かったまま雪遊びを始めた。手を伸ばして浴槽の外側に雪だるまを作ったり、持ってきたポケモンの人形を乗せたりしている。
そんな調子だったのでこちらもすっかりリラックスしてしまった。
気が抜けてしまったとも言う。眠ってしまったわけではないけど、ほとんど意識はボーっとしていた。
そんなときに事件は起きた。
いきなりバシャーンと正面からお湯を被った。
あんまり急な出来事だったので、目を開けたまま頭からお湯を被ってしまった私は、思わず「泳がないでっ」と叫んでしまった。
泳いだのは自分の子供だと思ったのだ。
何しろお湯で前がまったく見えなくなったので、余所の子供だとは思いもしなかった。
でも顔にかかったお湯をぬぐうと、正面にいたのは知らない親子連れだった。
幼稚園年少? 年中? 見たところ4、5歳。男の子だ。
しかもまた泳ごうとしている。
母親は止めようとしているのかいないのか、とにかく彼は再びバシャーンと大きな水しぶきを上げて潜った。自分が叱られたと思っていないらしい。もしくは叱られてもいつもこんな調子なのかもしれない。
母親の方はそれなりに吃驚したようだ。
一応、「ほら、泳いじゃ駄目でしょ」とか言っているが、男の子はまるで聞く耳持たずだ。
むしろちょうど入ろうとしていた他の親子連れ二組がそそくさと出ていってしまった。
たぶん怖いおばさんがいると思ったのだろう。
母親はもう出ようと男の子を即したが、彼は嫌だと言って笑いながら暴れ始めた。
母親の言うことを本気には受け取っていないようだ。
母親が大人しくさせようと後ろから羽交い締めにすると、遊んでもらっていると思ったようで大喜び。
再度、泳がないでと言われると、今度は雪をまるめて母親や周りの人にぶつけ始めた。当たらなかったのが幸い。母親に向けられたものを除き、雪玉はお湯に沈んだ。
正直勘弁してほしかった。
彼の母親もそれらの行動が悪いとも思っていないとか、やめさせる気がないとか言うわけではないのだが、他人に我が子が叱られるとは思ってもいなかったようで、動転したのかもしれないが、結局私は親にも子供にも最後まで謝ってもらえなかった。
後から入ってきた地元のおばさんたちは、母親の隙あらば勢いよく水しぶきをたてて泳ごうとする男の子に、「子供はこのくらい元気がよくなきゃね」と言っていた。
ようやく男の子が露天風呂から出たときには、私もホッとしたが、彼の母親はもっとホッとしたことだろう。
ざぶんとお湯から上がると、その母が妊婦だったことが判った。
彼はもしかしたら下の子が産まれることを察知して、今特に手がつけられなくなっているのかもしれない。
それにしたって・・・ねぇ。