◇◆草津温泉◆◇
子連れでスキーと共同浴場
後から知ったが、この清水沢コースの最大斜度は33度もあった。
さらに泣きながら降りてきたポイントは「本白根のカベ」と呼ばれる難所らしい。
中・上級者コースとなっているが、中級者にも滑れるとはちょっと思えない。
もっと後から知ったが、消しゴムさん曰く、ロープウェイ山頂駅からさらにリフトで上ったところからならあの急斜面を通らずに下に降りられるそうだ。
この恐怖の斜度33度を過ぎれば、清水沢コースの残りの斜面はむしろ中・初級者向けと言っても良いくらいだった。
たらたらで景色も良い。
なんとも極端なコースだ。
案の定カナはその先も遅れがちだった。
このくらいの斜度なら難なく滑り降りるはず。
精神的にぼろぼろになっているのだ。
何度も途中で止まってしまった。
「だから今日はスキーしたくないって言ったのに。もう絶対スキーなんてやらない」
しまいには、
「足が痛い。足が動かない」
「途中で止まっても永遠に下につかないよ。自分で何とか滑り降りないと」
「もう嫌だ、滑りたくない」
すると、後ろから滑ってきた男性が話しかけてきた。
「どうしましたか?」
その人はスキー場のパトロールだった。
カナが足が痛いと言っているのは精神的なものだと母の私は100パーセント信じている。
しかしパトロールの人に怪我人と思われてはいけない。
「大丈夫です」
「でもこの先に急なところがあるんですよ。そこさえ過ぎてしまえばあとはなだらかなんですが」
げっ。まだ急斜面があるの?
「ゴンドラを下りてすぐのところが急だったので、すっかり子供が萎縮しちゃって」
「この先はあそこより急です。大丈夫ですか?」
ええーっ、あれより急な場所があるの?
そしてパトロールはカナの方を向いて、「滑れなければ負ぶって降りてあげるよ。滑れそうなら怖くないように手伝ってあげるから」と声を掛けてくれた。
カナは固まったまま答えない。
「どうする?」と私。「パトロールの人にお願いしておんぶしてもらう?」
カナは困った顔のまま、自信なさげに首を左右に振った。
怖いし滑りたくないが、おんぶしてもらいたくはないらしい。
それを察したのかパトロールの人は、板を履いたまま後ろ向きになり、逆ハの字に板を広げて腰を落とした。自分が前を後ろ向きで滑りながら、両手でカナのスキー板の先を押さえる。こうしてスピードが出過ぎないようにじりじりと下に運んでくれた。
私はというと、その横をついていったが、どんな急斜面が待っているかと思えば拍子抜けするほど緩い斜面しか無かった。
後から思うとパトロールの人は、あんな緩斜面ですら怖がって進めなかったカナが本白根のカベから来たとは思わず、もう一本リフトで上がった迂回路から来たと思ったのだろう。
とにかくパトロールの人が支えてくれたので、これ以上ぐずぐずとは言わずにカナが下まで降りてくれたことがなによりだった。
本来ならこのくらいの斜面はカナだって楽々降りるはず。さっきのショックを引きずっているから足も動かなくなっていたが。
「ここから先は急なところは無いので大丈夫だと思います」
「ありがとうございました」
じゃ、とパトロールの人は格好良く滑って行ってしまった。
怪我人だけじゃなく、途中で怖くなって滑れなくなった人なんかも救助して回るのがあの人たちの仕事なんだなぁと知った。いやはや大変そう。
やっとカナも落ち着いてきた。例の本白根のカベを越えれば、あとはこんな淡々としたコース。
温泉くさ~と思ったら、コースの脇で温泉が湧きだしているし。
流石は草津。