みなさんこんにちは。
 またすっかり間があいてしまって、毎回これまでのお話をつけなくてはならないようですね。
 さて、私とダンナとダンナの母の3人は、快晴のシルトホルンを下り雲の中のラウターブルンネンまで戻ってきました。これから、ショッピングに行くところです。果たして私は約束のバースディプレゼントをゲットできるでしょうか!!。


*** アルプスは今日もお天気 ***

第27話 ミシェル・ジョルディが私を呼んでいるの巻


 午後はインターラーケンでお買い物、と決まればラウターブルンネンでBOBに乗り換えだ。インターラーケンまでの切符は、インターラーケンから来るときに往復で買ってあるからこれを使っちゃえ。それでは早速目的地に向かいましょう。

 山上の天気が嘘のようにどんよりとした雲の中を、電車はことことと進み、私たちはインターラーケン・オストで下車した。
 インターラーケンの街はヴェスト駅周辺が繁華街だ。オストは街外れで閑散としている。駅前には観光客用だか馬が何頭か繋がれていて、せっせと落とし物をしている。ここからヴェスト駅まで歩いて散策しようという計画だ。

 やたらとお土産屋さんが目に付く。お土産屋さんしか無いんじゃないのか、ここはぁ?
 大きなホテルもあるか。山の方と違って近代的な造りの建物が多い。ツアー客をごっそり収容できるようにしてあるのだろう。
 ぶらぶらとウィンドーショッピングしている人がやたらと多い。それも大半がグループで歩いている日本人だ。年齢層も高め。
 いや、私たちは午前中に山を堪能してきたけれど、この人たちはまさかずっとこのうっとおしい雲の中にいるのではあるまいな。余計なことを心配してしまう。晴れていればインターラーケンからの眺めも美しいだろう。でもこんな日は高度を上げるに限る。

 お土産物屋の軒先には、たいがい回転式のラックが出ていて絵はがきが満載されている。
 おっ、ラウターブルンネンの俯瞰写真の絵はがきだ。個人ではこういう写真は撮れないし、だいたい、U字谷は来てこのかたずっと雲の中だ。チューリヒでも晴れた写真の絵はがきを買ったけれど、ここのも買っておこう。
 ああっ、もっといいものがある。写真じゃなくて絵の絵はがきだ。レトロな雰囲気の昔のポスターの絵で、味がある。1SFは写真の絵はがきの0.8SFよりちょっと高いなぁ。
 ややっ、こっちの店はもっと絵はがきが安いぞ。絵の絵はがきは同じ1SFだけど、写真のは0.75SFだ。店によっていろいろなんだぁ。
 そのうえどういうわけか、ベルナーオーバーラントだけでなく、スイス各地の絵はがきが売っているぞ。よーし、レトロな絵の絵はがきは、これから行く予定の場所のも買っておこう。他のところで手に入るか分からないし、お買い物の時間もとれるとは限らないからな。えーと、ウェンゲルンアルプのあたりのWAB車窓からの眺めのを一枚、ヨッホのを一枚、トリュンメルバッハのは・・・こりゃ凄い、地中の段状の滝の雰囲気が写真よりよっぽどよく出ているから二種類、これから行くマッターホルンを一枚、ポントレジーナも一枚。
 目当ての絵はがきを束にしてお店の中に入っていくと、おや、日本人のおばさまが二人、壁に掛ける時計を買っていらっしゃる。どうも手持ちのスイスフランが足りないらしい、身振り手振りでの交渉の末、なんと日本の千円札を取り出した。お店の女主人は、まあいいか、という顔で受け取った。
 ところが、買い物を終えて外へ出てみると、ところどころに日本語で「千円札使えます」みたいな看板が立っているのに気がついた。ここはどこ?スイス?日本? ツアーの人たちは帰りの旅費以外にも日本円をわざわざ持ってきているの?

 さて、このお買い物の最終目的は、バースディプレゼントである。時計屋を見つけて、つついっとウインドーをのぞき込んだとたん、これだっというものを見つけてしまった。
 それはこうしてキーボードを叩いている私の腕に、今もちゃっかりと収まっているミシェル・ジョルディである。
 ダンナとお互いにスイスで誕生日プレゼントを贈りあおうと決めてから、シンプルなのにするか、時間を確かめる度に気分がスイスに戻るタイプにするかずっと悩んでいた。後者の代表はなんといっても文字枠に牛が闊歩し、ねじにスイス国旗のついたミシェル・ジョルディであろう。しかし、ミシェル・ジョルディは派手なのである。これまでベルンやラウターブルンネンでちらりと見てきた時計屋では、どれもベルトはカラフルなブルーやグリーンに染められ、チロリアンテープのような柄が刺繍され、文字盤にも色鮮やかな絵が描かれていて、ちょっとお仕事につけて行くには子供っぽいかな、と思わせられていた。
 それが、今見つけたのは、ベルトは茶、文字盤は小さくなんと白と黒のエーデルワイスの花が交互に並んでいるのだ。渋いじゃないか。
 黒いエーデルワイスなんて聞いたこともないぞ、と思いながらも「これっ!」とダンナにせがんでいた。

 ダンナはいい顔をしなかった。
 時計が気に入らなかったわけではない。急なスケジュール変更でホテルに寄れなかったうえ、まさかここで私がプレゼント券を行使するとは思っていなかったので、パスポートを持っていなかったのだ。せいぜい買うのはお土産程度で、免税手続きを必要とする高額物品の購入に至るとは予測していなかったのだ。しかも高額といっても大した値段じゃないので、逆に中途半端で困ったが倍増しているらしい。
 「パスポートを持っていないうえに、確か免税手続きをするなら一店で5万円以上の買い物が必要だ」
 「あら、それなら私も買うわ」と母。
 それで、5万円の問題は消滅した。
 「だけどパスポートがない」
 「お店で説明したら、何らかの方法を採ってくれるかもよ」と私。
 むっとした顔。英語で説明するのはダンナの役割だからだ。そんな複雑なことは絶対したくないとありありと表情に現れている。
 とはいえ、案じるより産むが易しであった。時計屋に一歩足を踏み入れると、
 「いらっしゃいませぇ」と、日本人の店員さんが愛想良く出迎えてくれた。
 この街での日本人勢力の強さを目の当たりにしたようだった。

 結局、私はこのミシェル・ジョルディを手に入れた。手に取ってみると、ベルトにエーデルワイスの刺繍がしてあったが、それほど派手ではない。
 母は、自分の娘(=ダンナの妹さん)にシンプルな腕時計を買った。
 もちろん免税手続きもしてもらえた。用紙をもらい、後でパスポート番号を記入し、空港で投函すればよいとのこと。
 「で、ダンナはプレゼント、何がいいの?」
 「ん、ナイショ」
 「そういわずにさぁ」
 「・・・鳩時計」
 「鳩時計ぇ〜!」
 ダンナがお目当ての鳩時計に出会うのはまだ先のこと。ツェルマットに着いてからだ。
 そうして、お気に入りの腕時計を手に入れてほくほくの私とその一行は、明るいうちに再び谷間のホテルへと帰ったのである。

 ようやくカウントダウンが出来るところまで来ました。あと2話で修了。
 あっ、もちろん「アル天」が、じゃなくて「ユングフラウ編」が、です。そのあとに「ツェルマット編」が続き、さらに「ベルニナ編」が待っています。
 まだまだ果てしない道のりなのです。

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