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ケアンズと森とビーチの休日

5.ミッションビーチの休日





 夜中にレナが泣いた。
 見に行くと、どうやらベッドから転落して、戸棚の角に頭をぶつけたらしい。
 パパが落ちないように周りにクッションでバリケードを張り巡らしたのだが、その隙間からやっぱり落ちたらしい。
 こういうときに落ちるのはカナではなくてレナと決まっている。昔から。



 五日目 4月30日(月)

 ふと目が覚めると夜明け前だった。
 隣のベッドは空っぽ。
 パパは早速早起きしてビーチに向かったらしい。
 ミッションビーチの夜明けの写真撮影は滞在中のパパの日課だ。
 そのために買ったばかりのカメラの使用説明書もスーツケースに入れておいてと頼まれた。
 読んじゃいないくせに!

 パパが三脚とキヤノンのPowerShot S3 ISを持っていってしまったので、私はサブ機であるオリンパスCAMEDIA μ-30 DIGITALを掴んで後を追った。もちろん裸足で。
 空はオレンジ色に染まっているがまだ太陽は昇っていないようだ。
 階段を降りて振り返ると、隣の8号室のバルコニーに赤ちゃんを抱いたお父さんが立っているのが見えた。たぶん後で挨拶する機会があるだろう。今は日の出に間に合うように急がなくちゃ。

 木立の間から覗くと、パパは波打ち際に近いところで三脚を立てて太陽が昇るのを待っている。
 こちらには気づいていないようで、何かカメラをいじっている。
 空は薄雲が掛かっているのでピンク色が入り交じったオレンジ色をしていて、海も同じ色に染まっている。
 パパがふと振り返って、私に気づいた。
 よほど驚いたらしく、まるでマンガのようなリアクションをしてくれた。
 「び、びっくりしたぁー、こっそり覗いてないでよ」
 こっそり覗いてなんていないよ。そっちが気づかなかっただけじゃない。

 ゆっくりと太陽が昇ってきた。
 一直線に海面上に光の道ができる。
 薄雲でにじんだ太陽は、少しずつ水平線から離れて辺りの椰子の葉を暖かい色に染めた。

 今日の予定は何も無し。
 本当に何も無し。
 私に決定権を与えたら、今日はあっち明日はこっちと走り回るけど、パパはのんびりしたいし、子どもたちはプールがあればそれで幸せだから。
 朝ご飯はバルコニーで食べた。
 ウォンガリンガのバルコニーは木立越しに海が見える。
 「なんか、一昨年よりも見晴らしがよくなった気がしない?」とパパが言いだした。
 「9号室の方がせり出していて海に近いからそんな気がするんじゃないの?」
 「いや・・・例のサイクロンでかなり木が倒れたんじゃないかな。そんな気がする」
 まさか・・・と思ったけど、昨日パパがロラリーに聞いた話では、サイクロンは凄まじく、プールの所まで水に浸かったとか、漂着物が大量に流れ着いて清掃が大変だったとかいろいろあったそうだ。

 今日もいい天気でじりじりと暑くなってきたので、子どもたちはまた水着に着替えてプールへ向かった。
 パパが、オフィスに本当に折り鶴が飾ってあるよと教えてくれたので見に行くと、目立つところに私の折った鶴と箱が飾られていた。
 オフィスは今は無人のようだ。
 いろんな現地ツアーのパンフレットが並んでいる。
 一昨年はジョンストンリバークロコダイルファームに行って、クロコダイル・スポッティングツアーに行って、ダンク島に行った。
 他にこの辺りで知られたアクティビティと言えば、アウターリーフへのクルーズ、タリー川ラフティング、パロネラパーク、ヒンチンブルック島、スカイダイビング、釣りなど。
 アウターリーフは一昨年は海が荒れて船が出なかった。タリー川ラフティングは昔二度もやったことがあるし年齢制限で子どもたちはまだできない。パロネラパークは四年前に行った。スカイダイビングは怖いし、釣りはそれほど興味がない。
 だから今回は、アウターリーフへのクルーズとヒンチンブルック島ツアーをぜひともやってみたいと思っている。

 ちょうどプールにはお隣さんの日本人家族も来ていた。
 最初はお父さんと小学2年生の女の子だけ、そのうちにお母さんがよちよち歩きの赤ちゃんを連れて現れた。
 先にお父さんと話し込んでいたパパは戻ってきて、「昨日はヒンチンブルック島に行っていたんだって」と教えてくれた。
 ちょうどお母さんが来たところだから私もいろいろ聞いてみよう。

 挨拶をして少し話をすると、シドニーに住んだことがある人たちだということが判った。今回の旅行はシドニーのお友達を訪問する目的もあって、明日はここを離れ、シドニーに向かうという話だった。
 ケアンズは初めてだけど、シドニー滞在中ヌーサやタスマニアには行ったことがあるそうだ。
 「昨日、ヒンチンブルック島に行かれていたんですか?」
 「ジュゴンは見たって言えば見たけどみたいな感じでしたけど、ウミガメは結構見えましたよ。あと私たちは知らなくて道具を持っていかなかったけど、シュノーケルしている人もいましたよ」
 へー、シュノーケルセットを持っていこう。教えてもらって良かった。
 「私たちはこう、探検みたいなイメージでいたけど、リゾートみたいなイメージで良かったみたい。お洒落なかっこうで参加している人が多かったですよ」
 よし、私たちもリゾートスタイルで臨もう。
 「途中でビーチ組とトレッキング組と別れるって聞いたんですけど」
 「そうですね、トレッキングをする人は流石に動きやすい服装でしっかりした靴を履いてましたね。でも私たちが行った日も、メンバーのうち二人だけでした、トレッキングの方に行った人は」
 歩くことにも興味があるけど、きっと子どもたちが歩いてくれないからうちはビーチ組だな。
 「ヒンチンブルック島に行くんですか?」
 「明日行こうと思ってます」
 つい日向でしゃがんで話し込んでしまったが、彼女はふと気が付いて、あっちに移動しましょうとパラソルの下を指さした。
 赤ちゃんはお父さんがプールで遊ばせていた。お姉ちゃんの方は一人で遊んでいる。
 レナなど同い年なのだからお姉ちゃんの方と一緒に遊んでもいいのに、照れるのかずっと距離を置いていた。



 セカンド・バルコニーに蛾とも蝶ともつかない虫がバタバタしていた。
 元々、蛾と蝶は明確には区別できない生物なのでこの場合どちらが正しいか決めるのは無意味なのだが、とにかくそれは逃げる力が無いらしいので子どもたちと何とか外に出してやった。
 リビングの一番高い窓の内側にも時々大きな蝶がバタバタしているのが見える。
 「あれも逃げられなくなっているらしいんだけど助けようにも届かないのよね」
 この辺りはハエや蚊も多いが大きくて吃驚するほど綺麗な蝶も多い。

 コンコンとノックの音が聞こえたのでドアを開けるといかにもオージーという男性が立っていた。
 何かぺらぺらとまくし立て始めたので、ちょっと待ってくれと伝えてパパを探しに行った。
 ところが通訳を頼もうと思ったパパはバスルームでシャワーを浴びようとしている瞬間だった。
 「こりゃ失礼」
 とても呼んでこられる状態じゃなかった。
 仕方がないのでやっぱり私が応対する。
 早口の言葉から推測するに、あなた達のファミリーは良かったら今晩クロコダイルを見に行かないか?と言っているらしい。
 これこれと見せられたチラシは「RIVER RAT」
 一昨年行ったクロコダイル・スポッティングツアーとは別の会社だが、内容は似ている。
 夕暮れ時にハル・リバーで野生クロコダイルを探す、船酔いしないし、お茶と軽食代は込みだよ、と。
 うん、クロコダイル探しのツアーは面白そうだけど、今日はノーサンキュー。
 残念と男性は両手を広げて戻っていった。
 各アコモを回って客集めなんてしているのかな。

 お昼前。
 子どもたちに留守番を頼んでタリーの町まで買い出しに行くことにした。
 カナもレナもプールで十分遊んだので上機嫌。部屋で待っているから行ってらっしゃいと送り出してくれた。
 タリーはウォンガリングビーチからだと20キロぐらい。
 イニスフェイルに比べればずっと規模は小さいが、そこそこ何でも揃っている町だ。
 メインストリートの両側にはアールデコ調のクラシカルな装飾がなされた屋根のショップやホテルなどが建ち並ぶ。
 町のすぐ後ろにはもう山が迫っていて、町外れには大きな製糖工場がある。
 タリーと言えばラフティングだが、ラフティングじゃないタリーは日本人観光客には全然知られていない。

 ブルースハイウェイに出る直前に線路とバニヤン・クリークを渡り、ブルースハイウェイからタリーの町に曲がるときにまた線路とバニヤン・クリークを渡る。
 製糖工場の横にあるショッピングセンターの名前もバニヤン・プラザ。
 ここのIGAでお買い物・・・なんだけど、その前にメインストリートのボトルショップへ。
 「本当にここがボトルショップの入り口?」と悩むパパ。
 でも道にはボトルショップはここだって看板が出ているよ。
 それにこの店は一昨年も入ったよ。本当にこんなドアが店の入り口?ってそのときも思った記憶がある。
 ドアと言うよりはただの壁。
 緑色に塗られていてVBのロゴが大きく描かれている。VBはビクトリアビター。オーストラリア・ビクトリア州のビール。ちなみにここ、クイーンズランド州のビールはXXXX(フォーエックス)なのだが、パパはVBの方がお好み。
 その壁を押すと中に向かって開いた。
 中は倉庫のような感じでビールの入った段ボールが積み上げてある。
 もっと進むと店の中だった。
 ようやく判った。私たちが入ってきたのは酒屋の裏口で、表玄関は反対側の通り沿いにあったのだ。そういえば一昨年も同じことを思ったんだっけ。
 酒屋のお姉さんにドライな白ワインと伝えてお勧めを二本ほど選んでもらい、その他にいつものVBをケースで購入した。
 ケース単位で買っちゃう旅行者ってあんまりいない気もするが、既に豪州に着いて二箱目である。

 IGAでは野菜と肉を買い出した。
 マンゴーも売っていたのでひとつ買う。一昨年はいくら探しても見つからなかったのに今年はよく見かけるような気がする。
 巨大なマッシュルームは紙袋に入れるようになっている。ソテーにしても美味しそうだ。
 オレンジジュースはクリアタイプではなく底に固形分が沈んでいるのが美味しそうだったのでそれにした。
 マンガリークリークデイリーのヨーグルトもカゴに入れる。
 パパはアイスクリームを物色。最近、日本でも風呂上がりに(妻に内緒で)アイスを食べるのが日課のパパ。出発前にオーストラリアでやりたいことは何?と聞くと、好きなだけアイスクリームを食べることなんて子供みたいなことを言っていたっけ。
 NERADAティーも買った。何しろパルマーストンハイウェイで無人販売所の美味しい紅茶を買いそびれてしまったから。
 NERADAティーもアサートン高原で作っている。以前からパルマーストンハイウェイの近くで栽培はされていたようだが、今はマランダに見学ツアーを受け入れるビジターセンターもあるためか、今年の旅行ではやたらとNERADAのロゴが目に付く。
 豪州土産の定番TimTamにも新顔を見つけた。
 TimTamボールやミントスライスがあるのは知っていたが、ラブ・ポーションズシリーズというのは初めて見た。
 ダブルチョコレート&ラズベリー、チョコレートマッド、スティッキーバニラトフィーの三種類が並んでいた。ハートのいっぱい付いたパッケージがバレンタインみたいでちょっと可愛い。
 スコッチフィンガーとかロイヤルズ・ダークチョコレートとかも美味しそうだな。ここはARNOTT'Sの品揃えが豊富だ。



 帰ってきてスーパーの袋を開けたら、何故かタイカレーのペーストが出てきた。
 パパが入れたらしい。袋を眺めて具は入っていないのかとつぶやいている。
 「パパ、カレー作るつもりなの?」
 「何だか見ていたら無性に食べたくなって・・・作ってロラリーたちにも分けてあげよう」
 ランチはたった今タリーで買ってきた肉をパパが焼いてくれた。
 ワインを開けて豪華な昼食。
 「あっ、パパ、TじゃなくてYの方を買ったんだ」
 肉はTボーンじゃなくてYボーンステーキ。
 骨の形がTじゃなくてYになっている。たぶん違う部位なんだろう、YはTより少し安い。
 何故かテレビを付けると日本風の映画をやっていた。
 私は映画をそんなに見ないから何の映画か判らなかったが、京都が舞台で芸者が主役で相撲の場面なんかもあったりして、いかにも外人がイメージするジャパンがそこにあった。

 ローズガムズほどではないが、ここにも小鳥は飛んでくる。
 ピチュピチュと騒がしい声が聞こえたので、セカンド・バルコニーの方に出てみると、少し離れた椰子の木に小さな赤い実が沢山生っていて、そこに何羽かの小鳥が来ていることが判った。
 よく見ると、小鳥は二種類いる。
 大きさは同じくらいだが、色や模様が違う。
 片方は目の周りが赤くてお腹が黄色い。羽は緑色っぽく見える。
 もう片方は茶色っぽいが羽の先とお腹の辺りは白い。そして茶色と白の混ざり合っているところが模様みたいになっている。
 どちらも二羽ずついて、互いに相手を牽制しあいながら赤い実を食べているようだ。
 鳥は動き回ることが多いのでなかなか撮ることができないが、これだけ熱中してお食事しているならチャンスだ。
 何枚か撮影したら、小鳥が大口開けて赤い実を食べている瞬間が撮れていて笑ってしまった。

 ところでこの実、鈴なりに生っていた。
 これだけあればしばらく鳥の観察ができるなと思っていたら、翌々日、綺麗さっぱり何もなくなっていた。
 誰か食いしん坊がやってきて全部食べちゃったらしい。



 パパが9号室を出て、その辺をうろうろしているとロラリーとばったり会ったそうだ。
 「ちょうど良かった。頼みたいことがあったんだ」
 パパはロラリーを部屋へ連れてきた。
 「リビングの電球二つと、ダブルベッドルームの電球と、メインバルコニーの電球が昨日から切れているんだ。替えはある?」
 そう、何故か四ヶ所も電球が切れていたのだ、ほとんどの部屋は複数の光源があるから何とか凌いでいたけど。
 ロラリーは早速替えの電球を持ってきて、パパと協力しながら取り替えていった。
 ところがバルコニーの電球のカバーがどうしても外れない。
 しばらくがちゃがちゃと背伸びしていじっていたが、やがてくるりと振り返って言った。
 「1分待っていて。グリースを取ってくるから」

 ところがグリースを塗りつけてもまだ外れないらしい。
 またしばらくがちゃがちゃと背伸びしていじっていたが、やがてくるりと振り返って再び言った。
 「1分待っていて。吹き付け剤を取ってくるから」

 ところが潤滑油のようなものを吹き付ける道具を使ってもまだ外れないらしい。
 彼女はまたまた言った。
 「1分待っていて」

 結局ロラリーが持ってきたものは、クリスマスに使うような立派なキャンドルだった。
 使い続けても1週間以上保ちそうな大きさの金粉を練り混んだ緑色のキャンドルと、その他に使い切りサイズの固形燃料みたいな白いキャンドルとそれを入れる花瓶みたいな硝子の苞。
 「悪いけどこれを使ってくれる?」
 電気が治らなかったのは何だが、こんな気遣いも嬉しい。

 彼女とパパがせっせと電球を交換している間も、私は鳥の声が聞こえる度にカメラを持って右往左往。
 さっき赤い実をついばんでいた小鳥がバルコニー正面の椰子にとまったので慌ててカメラを構えると、ロラリーが言った。
 「あれはグリーウィーよ(? そう聞こえた)。そんなに珍しい鳥じゃないわ。鳥だったらぜひコクトゥーを見てほしいわ。オーストラリアでもとっても綺麗な鳥よ」
 「ロリキート?」とパパ。
 「ううん、ロリキートじゃなくてコクトゥー」
 パパがこっそり私に聞く。
 「コクトゥーって何?」
 「オウムだよ。ロリキートより大きい」
 「小鳥が好きなの?」とロラリー。
 パパは私を指して「彼女は鳥が大好きなんだよ」と言ってさらに「カソワリーが見たいけどカソワリーはどこにいるの?」と聞いた。
 ロラリーはちょっと考え込んだ。
 私たちはジョンストンリバークロコダイルファームなど動物園のような場所では何度も見たことがあるが、野生のカソワリーはまだ見たことがない。
 一昨年のクロコダイルスポッティングツアーに参加するときも、パンフレットにはカソワリーの絵が描いてあったがロラリーはそれを隠して「ノー」と言っていたし、レーシークリークのウォーキングトラックに行くときもロラリーはわざわざ「カソワリーは出ないわよ」と言っていた。つまり期待しても可能性はゼロに等しいってことだ。
 「・・・そうだ、いい場所があるわ。ホライズンの庭に出るらしいの」
 「ホライズンってサウスミッションビーチの高級リゾートホテル?」
 「そう、あそこでカクテルを飲んでいると野生のカソワリーが見られるらしいわ。サンセットにあなたたちはカクテルを飲んで、チルドレンはプールで遊ばせておけばいいわ」
 「本当にカソワリーが出るの?」
 「本当ですとも」
 「エブリディ?」
 ロラリーは手の平を空に向けて肩をすくめた。

 大人がロラリーと会話しているとレナがまとわりついてくる。
 英語で話していると疎外感を感じるらしい。
 やたらと服をひっぱったり拗ねて叩いたりする。
 「ねえ、つまんないよ。何をしたらいいの?」
 「じゃ、またプールに行く?」
 「行く行く。パパも一緒に行こう!!」
 ところが子どもたちの水着は複数持ってきたので新しいものがあるが、パパの水着は一枚しかないので、今朝使ったまま、びしょびしょ。
 どうするの?
 「一枚しかないんだから仕方ない。これを着るよ。うわぁ~気持ち悪い~」
 カナもレナも大笑い。
 「さあ、プールへ行こう」
 ママは冷たい水が好きじゃないからプールには入らない。
 後で飲み物と果物を持っていってあげるね。

 この日は一日こんな風。
 特に何をするでもなく晴れたビーチとプールを行き来して終わってしまった。

六日目「ヒンチンブルック島一日ツアーへ」に続く・・・