中は誰も居ないようだった。
寒~と思いながら脱衣所から浴室に移動すると、簀子の冷たさに思わず飛び上がりそうになる。
何のことは無い、浴室入り口に敷いてあった板の簀子は薄氷が張っていた。お湯が掛かってそれが凍ったようだ。触るとパリンと砕ける。
滑って転ばないように注意しないと。
掛け湯をしようと持ち上げた湯桶も凍っていた。
最初に手にしたものは重ねた下の湯桶と氷で連結してしまって、がっちりとくっついて離れないので、隣の別の湯桶を使った。
長方形のコンクリの浴槽は大きめで、そこに青みがかって見えるが濁りの無いお湯がたっぷりと入っている。
床や浴槽には飾り気がないが、壁の上部と高い天井に掛けては板張りで共同浴場らしい雰囲気に溢れている。
お湯は熱い。かなり熱い。
刺激の強い万代鉱源泉で、肌がピリピリと感じるような気がする。全身ピーリングしているみたい。
熱めの万代鉱に入っていると、一皮むけるというか溶けたような感じになる。
熱いのであまり続けて長くは入っていられない。
ふーっと息を吐いて浴槽の縁に腰を掛けていると目の前に何かがひらひらと落ちてきた。
見上げると天井の湯気抜きから粉雪が舞い降りてくるのだった。
熱いのか冷たいのかその両方なのか。
次の入浴客が来たところであがることにした。
さっきまで凍えるように寒かったのに、躑躅の湯の戸を後ろ手に閉めるころには内側からぽかぽかと温まっていた。
こんなに寒いのに温かいのは幸せだ。