6.ハブクラゲの傷
私は岩の右側に駆けていった。
大声でパパを呼ぶが、シュノーケルをするために顔を水につけているパパにはなかなか気づかれない。
何度目かにようやく顔を上げてくれた。
必死でこっちに戻ってきてと手を振る。
様子がおかしいと思ったのか、ようやくパパも砂浜に戻ってきた。
「カナが何かに刺された。たぶんクラゲだと思う。病院に連れて行かなくちゃ。悪いけど、ベルビューに行って病院を教えてもらってきてくれない? パパが行っている間に私は撤収の準備をしているから」
旅行者である私たちは地元の病院を知らない。増してや今日は土曜日。休診の医院もあるだろう。
最初からいざというときはベルビューを頼ろうと思っていた。
ゴリラチョップはベルビューの目と鼻の先。車で行けば数分。
ホテル棟に泊まっていないとはいえ、ベルビューの客である私たちにきっとどこか地元の病院を紹介してくれるはず。
カナの所に戻ると、彼女はやはり小さな声で痛い痛い言いながら泣いていた。
顔色は悪くない。
彼女は痛いときははっきりと痛いと言う性格だから、大声で泣き叫んでいないところを見ると、痛みはそれほど強くないらしい。どちらかというと、得体の知れないものに襲われた恐怖で泣いているようだ。
足を見ると、さっき何かが張り付いていた場所がぼこぼこと腫れてきていた。
蚊に刺された跡のように盛り上がって、それが点線状に何本も走っている。
左足の膝の内側が一番酷いようだが、右足の一部と右手の甲も痛いという。
無意識に痛む部分をこすろうとするので止めさせた。
「触っちゃ駄目、大丈夫、大丈夫だからね。今、パパが病院を教えてもらいに行っているからすぐにお医者さんに診てもらえるよ」
私は何度も大丈夫を繰り返した。
泣きじゃくる彼女を見て、他の人が寄ってきた。
さっきも書いたように、ゴリラチョップは入れ替わり立ち替わりダイビングやシュノーケルのツアーらしい人たちがやってくる。
「クラゲに刺されたの? まあ可哀想に」
ビーチパラソルやレジャーシートを畳んで、国道脇の駐車場に運んだ。
下から荷物を運んでくる間は、上に置いた荷物はレナが番をしていてくれた。
呑気に荷物など片づけている暇は無いのだが、車でベルビューまで病院のことを聞きに行っているパパが戻るまでは、他に私にできることは無い。
最後にカナを伴って階段を上った。
全て準備が終わったときにパパが戻ってきた。
「渡久地港の近くの、もとぶ野毛病院というところを紹介してもらった。もうベルビューの人が電話をしてくれたから、真っ直ぐ受付に言ってクラゲに刺されたって言えば診察してくれる」