14.古宇利島伝説
レナはこのあと、お腹が痛いと言ってすぐに寝付いてしまった。
車はやがて国道にぶつかった。ぐるりと一周して違う道から戻ってきたので、塩屋湾の近くまで北に戻っていた。
前田食堂という有名なそば屋の前には車がいっぱい。
後部座席が静かになると、相次いでカナも寝付いてしまった。
子供たちが寝てしまうと、やっと大人も気楽になる。
のんびり車窓を眺めながら、古宇利島まで行ってみることにした。
古宇利島は人口約350人。
今年の4月に橋が開通するまでは、本島本部半島の運天港から一日5往復するフェリーで渡るより他なかった。
沖縄版アダムとイブ伝説で知られ、島には多くの遺跡が残されている。
島に伝わる伝説を簡単にするとこういうことだ。
その昔、古宇利島には少年と少女が暮らしていた。
食べるのは神が毎日空から降らせる餅だった。
しかし二人は知恵が付き、いざというときのために餅を蓄え始めた。あるいはそれは神に対して初めて持った疑いというものだったのかもしれない。
すると餅は降らなくなり、二人は自分たちの力で魚や貝を捕ることを学んだ。それは苦しい労働の日々だった。
そしてまたある日、ジュゴンの夫婦を見て、互いに裸でいることを恥ずかしく思うようになり、クパの葉で身を隠すようになったというのである。
この二人が沖縄人の始祖と言われる。
確かにアダムとイブの話にそっくりだ。
悪役の蛇がもし出てきたとしたら、それはハブだったに違いない。
地図で古宇利島を見ると、ちょうど屋我地島との間から東側に掛けて、北部の海では一番とも思える広さの珊瑚礁が広がっている。
さぞや開通したばかりの古宇利大橋からの眺めもすごいのだろう。
まずは小さな奥武橋を渡って奥武島へ。
それから左手に突き出した白い砂州を眺めながら屋我地大橋を渡る。
橋から見えているのは屋我地ビーチだ。
キャンプ場などもあって賑わっている。
そして屋我地島上陸。
周辺に盆栽のような可愛らしい小島を沢山引き連れたこの島は、古宇利島や瀬底島より面積が広い。
それでも島を抜けるまで車で7、8分程度。
島の風景は長閑に続くさとうきび畑。
ケアンズのさとうきび畑とは違って、やはりどこかに日本の風景らしさがある。
表示に従って進むと、やがて正面に古宇利大橋が見えてきた。
ちょうど坂の下にセルリアンブルーの海が広がっていて、そこに一本真っ直ぐな橋が架かっている。
橋のたもとに展望台があったので、そこで車を停めてみた。
「すっごい海の色だね」
「曇っているのが残念だな」
そう、子供たちが相次いで寝入ってしまってから妙に雲が増えてきた。
まあ台風が近づいていることを思えば悪くない天気なのだが、一面雲に覆われて、青空がちっとも見えない。
青空がないということは、太陽光線が直接海面に届かないということで、そうするとどうしても海の色が鈍くなる。
こんなに曇っていてもこんなに綺麗なのだから、もし今快晴だったら、きっと泣きたくなるような海の色が見られるだろう。
仕方ない。
どうせ晴れ女の子供たちは、寝ているときまでパワーを発揮してはくれないのだ。
昨日のような雨が降らないだけマシだと思わなければ。
古宇利大橋は長い。
全長1,960m。
無料の橋としては国内最長だ。
両サイドは珊瑚礁の海。
なんとも贅沢な景観。
古宇利島で最初に見えてくるのは白いビーチだ。
橋の両側に海岸があって、家族連れが沢山海水浴している様子が見える。
でも私が古宇利島で行きたかったビーチはそこではない。
橋の側のビーチが切れるところに、ソーヌという御嶽(ウタキ、沖縄の聖地)があり、そこを越えたところにソウバイというビーチがあるはずだ。
そのソウバイ・ビーチは設備は何もない、まさにただの天然の海岸なわけだが、シュノーケルをする穴場だということで、きっと珊瑚や魚が水納島以上に見られるのではないかと期待していた。
とはいえ、後部座席で子供たちは熟睡しているし、やんばるドライブの帰りなのでもう時間も時間だ。
今日は古宇利島をドライブするだけで諦めて帰ろう。
[翌年、古宇利島のビーチを訪ねました。そちらは
2006年版の子連れ沖縄旅行記 古宇利島の古宇利ビーチでどうぞ]