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鳴子温泉巡り旅

19.夕暮れ刻の賑わい-藤嶋旅館






 時刻は5時半を回っていた。
 そろそろ最後のお湯だろう。
 パパは6時に帰ってこいって言っていたけど、7時って言っておいたし。
 屋代さんは「共同浴場にも入れて上げたいけど、この時間は共同湯が最も混む時間帯なんでね」と言って、最後に川渡温泉の藤嶋旅館に案内してくれた。
 藤嶋旅館と言えばくららさんが、昨夜もし遅くに鳴子に到着したとしたら入らせてもらうつもりだと言っていた温泉だ。何しろ旅館なのに夜12時まで立ち寄り入浴を受け付けている。しかも料金大人一人200円と格安。
 屋代さんは銭湯のように使わせてもらえるありがたい温泉宿だと教えてくれた。
 広い駐車場は車でいっぱい。
 今までどこも貸切状態でお風呂には入れたのですっかり忘れていたが、今日は9月の三連休。混んでいて当たり前の状況だった。
 屋代さんは奥にある第二駐車場の方に車を停めて、私は音楽を聴きながら車で待っているからどうぞ入ってきて下さいと言った。
 藤嶋旅館はくららさんは以前来たことがある。だから勝手も分かっているようだった。
 かなり大きな旅館のようだ。薄暗い中にぬっと瓦屋根の建物が建っている。
 木枠にガラスをはめ込んだ引き戸、広い三和土、入り口にいくつか小さな提灯なども下がっていてどことなくタイムスリップしたような風情だ。
 玄関にも廊下にも人がいる。これは混んでいそうだ。
 玄関正面に丸い時計と年季の入った看板があり、廊下と階段が垣間見える。あの奥が旅館棟だろうか。
 くららさんがこっちだと右手の方へいざなった。
 お風呂は右にあるらしい。
 後でキャンプ場に帰ってから、益子さんに正面の奥に宿泊者専用のお風呂もあるんだと教えてもらった。
 普通日帰り入浴用に開放しているお風呂が清掃中の時は、正面のお風呂にも入れてもらえるらしい。但しその場合は料金形態も違うのだそうだ。







 右手の廊下を行くと、売店やベンチがあり、風呂上がりの客たちが端々でくつろいでいた。
 自炊の料金表も張り出してあり、2千円台から泊まれるようになっている。
 そのことをくららさんに告げたら、ここは二食付きの8千円からなる旅館棟だけかと思っていたと吃驚されてしまった。
 廊下を途中で左に折れて、正面突き当たりが真癒の湯と呼ばれる浴室。
 確か道中、くららさんと屋代さんが、藤嶋旅館のお湯はやれお茶の緑色か、いやいや古くなったお茶の色だろう、黒い湯の花もあるって聞きましたけど、うんうん、黒いのあるね、なんて会話を交わしていたので、どんなお湯が待っているか楽しみだった。
 脱衣所も浴室もそこそこの広さはあるが、とにかく人も多いので落ち着かない。
 湯口から出ているお湯の量も、今まで回った他の旅館に比べると多い感じだが、それ以上に入浴客が多いのであまり新鮮な感じがしない。
 それでもこの緑色の濁り湯は一見の価値有りだった。
 入るときしきしとした肌触り。乾きかけるとぺとぺとする。
 臭いはゆで卵系の硫黄臭だ。
 くららさんが黒い湯の花を是非見てみたいんだけど、前に入ったときは見つからなかったというので思わず湯をかきわけて探してしまった。
 おっ、あったあった。かなり大きい。紫がかった黒の色といい形や柔らかさといい、ちょうど磯海苔とか海苔の佃煮が漂っているようだ。
 思わず対角線上で入浴していたくららさんを呼んでしまった。
 「ほらここ、この辺にいっぱいあるよ」
 沈んでいるのを舞い上がらせる。黒い湯の花の他に白いものもあり、さらには結合してパンダみたいになっているのもある。太いのは沖縄のモズクみたいだ。
 濃い緑の湯に黒い湯の花。ふむ、この珍妙な色の取り合わせは野沢温泉でも見た覚えが有るぞ。面白い。
 熱すぎはしないのだがここもよく温まる。というか、何湯入ったっけ? 入りすぎだ。
 くららさんはここで髪も洗っていたので一足先に上がらせてもらった。浴室を出たところにベンチがあったので涼んだ。
 やがてくららさんも出てきたが、はやとくんに電話しなくてはいけないというので私一人で屋代さんの車に戻った。既に日はとっぷりと暮れて、先ほど藤嶋旅館に着いたときにはまだ黄昏の薄闇だったのが、今はもう灯りの必要な暗さになっていた。









 突然携帯が鳴った。
 パパからだ。
 怒っているだろうなぁと思って電話に出ると、案の定、「いい加減にしろ~っ!!」と怒り全開モード。
 「ごめんごめん、今くららさんが電話してるから、戻ってきたら帰るよ」
 「6時って言っただろ、6時って」
 時計を確認すると既に6時半が近い。こりゃあキャンプ場に着く頃には7時も過ぎているかもしれない。
 「でもさっき何度か電話したけどあなた出なかったじゃない」
 「携帯の電源切ってた」
 あのね~。

2-20鳴子温泉の湯巡りを終えてへ続く


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