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◆◇桜の古都巡り◇◆
奈良観光旅行記

13.芝生プリンじゃない、あれが高松塚古墳なんだ






 壁画館を出てまたカナを先頭に公園内を次のスポットに向けて自転車を走らせる。
 次は高松塚古墳そのもの。
 公園内のアップダウンのある道を気持ちよく進むと、左手に巨大な芝生のプリンみたいなものが見えた。
 なんだあれ?と思いながら坂を上っていくと、ちょうど年配の観光客夫婦に説明している係りの人の声が耳に入り、
 「朝鮮、朝鮮って言っても韓国じゃなくて今の北朝鮮の方になりますけどね」というセリフが聞こえてきた。





 さらに登ると道が無くなった。
 いや、階段はあるんだ。スロープが無い。徒歩ならいいけど自転車だよ、どうすんの? どっかで道を間違えたのか?
 またもや複数ある地図を取り出してにらめっこ。
 こっちに進めば高松塚古墳があると思っていたのに進めないとは。
 いやいや、自転車の道が間違っていたとするなら、高松塚古墳の場所はこの先じゃないんじゃないの?

 三人で顔を見合わせる。
 もしや!!






 そうだった。この先にあると思っていた高松塚古墳は既に通り過ぎていた。
 ということはあれだ、さっきの芝生のプリン、あれしかそれらしいものは無かったぞ。
 でもあれって、私が知ってる高松塚古墳じゃない!?

 慌ててスマホで検索すると、高松塚古墳の外観画像には二種類のものがあった。
 自分が記憶していたこう四角い石室の入り口が開いているタイプと、芝生のプリンのタイプの。
 石室の入り口が印象的だったのでその周囲までは覚えていなかったが、確かによく見ると石室があるのは竹の生い茂ったプリン状の小山の横壁。

 最近聞いたニュースでは高松塚古墳は中はもちろん入り口も立ち入り禁止になっているはず。
 ということは、あれってもしかしてプリンの裏と表? あるいは入口を埋め戻した?
 でもって石室の写真も古いものみたいだから今は上に生えていた竹もみんな伐採しちゃったと・・・どうりでイメージ違うわけだ。


横を通った時はこれがそうだと思わなかった芝生プリンの高松塚古墳



 高松塚古墳は壁画ばかりが有名だが、古墳というからには墓であるわけで、ではいったい誰を埋葬しているのかというとこれはまだはっきりとわかっていない。
 天武天皇の皇子説、臣下説、朝鮮半島の王族説とそれぞれに唱えている研究者がいるのだが、先ほどちらっと聞こえてきた北朝鮮云々はこの朝鮮半島説がらみだろう。

 ちなみに私は朝鮮半島王族説は可能性が低いんじゃないと思う。
 なんでかと言えば以前日韓歴史共同研究委員会の韓国側の研究者の報告書を呼んで辟易したことがあるからで、あちらさんは国民的気質として自分たちの功績を百倍ぐらいに膨らませて相手に恩を着せる傾向があり、特に日本が相手だとナチュラルに自分たちが偉い、先進、善で、日本は卑俗、後進、劣悪と思い込んで(客観的に見たら逆だと思うが)いるので、朝鮮半島が教えてあげたとかいう話は100分の1ぐらいのつもりで聞けばいいし、朝鮮半島から偉い人が来たと言われてもハイハイ朝鮮半島の方角から来たのね、それすらも怪しいもんだと思うようになってしまった。
 だから朝鮮半島の王族説だって日本の学者が唱えてもその元になった内容が朝鮮半島がらみである以上、相当に誇張されている可能性大だ。まあ当時の百済はあるかもしれないけどね。もう百済なんて人種も文化も半島には存在しないんでしょ?

 とにかく私たちは自転車の道を見失って、しかもさっき通り過ぎた芝生プリンが目指していた高松塚古墳だと知って、でも坂を上って疲れてしまったのでもう一度高松塚古墳に戻る気力も無くて、で、仕方ないので階段の横のスロープみたいになっている斜面を自転車を押して下った。
 下り終えてからその道そのものが自転車道でないことを知った。
 ごめんなさい。知らなかったので。どこで間違ったんだろうなぁ。


高松塚古墳の後頭部



3-14飛鳥歴史公園館へ続く


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