1.嵐の夜明け
「地下鉄止まった」
「JRもだよ」
「まだ電車の中に閉じ込められてる」
「雨すげー」
「やべー、帰れねー。どーすんだ」
twitterを流れる阿鼻叫喚。
この日、日本を襲った記録的爆弾低気圧は、最終的に日本列島を西は九州から北は北海道まで縦断し、帰宅ラッシュ時刻の首都圏もまた強烈な直撃を受けることとなった。
さて、爆弾低気圧が東京に来襲したのは夕刻だが、私たちが訪れていた長崎県では最も風雨が強かったのは早朝だ。
その後も丸一日影響は受けたのだが。
時間を戻す。
長崎県長崎市の長崎港を見下ろす景勝地稲佐山中腹に建つ
稲佐山温泉ホテルアマンディの一室にて。
朝の6時、ガラス越しでもはっきりと判る猛烈な嵐の音に私は目覚めた。
大きなホテルの建物が風できしみ、揺れている。
凄まじい雨音と風の音。
なんじゃこりゃと思うほどの激しい悪天候。
昨夜の美麗な夜景が嘘のように、見下ろす街並みは不吉な色をしていた。
まだ夜が明けやらぬようにぽつぽつと灯りがともっている。
ガラス窓には時折ざあっとバケツをひっくり返したような水が叩きつけられる。
山腹のホテルなので窓から見える空はとても広いが、昨夜夜景を見下ろした広い窓の外は今は、水面を行く巨大な灰色の何かの群れを水中から見上げてでもいるかのようだ。南から北へと泳ぎゆくそれはとても速い。
今日が雨だとは覚悟していたけど、まさかこんなとんでもない嵐になろうとは。
そのうちカナが起きて来て、さらにカナがレナを起こした。
窓の外の嵐はますます激しくなる。
泣き叫ぶ風の音に、時折何か金属に当たって跳ね返る甲高い雨音。
今はこうしてぬくぬくと乾いた居心地の良い部屋の中からぬれそぼる玩具みたいな街並みを見下ろしているけれど、チェックアウトしてから先、どうなっちゃうんだろう。