キッザニア X キッザニア 期間限定「星空ナビゲーター」

*05*



カナとレナがが出版社の仕事を終えて出てきたのは5時50分。

私は二人を連れて楽屋前に急いだ。

楽屋前の状況はさっきと変わっていない。
ファッションショーに出る子供たちがファッションブティック横に一列に並んでいる。

私は子供たちに自分たちで聞きに行かせた。
星空ナビゲーターをやりたいと言ったのは自分たちだから。

二人はファッションモデルの整理をしているスーパーバイザーに聞きに行った。
そして私の方に戻ってきた。
「まだ誰も並んでいないって。募集時間まで1時間以上あるって」

そこへ二人の女の子がやってきて、やはりスーパーバイザーに星空ナビゲーターのことを聞いた。
スーパーバイザーの答えは同じで、まだ誰も並んでいないと言われたらしい。

その子たちは去らなかった。
もうそろそろ事態は動き出す。
そう思ってこちらの様子をうかがっているようだ。
目的は同じだから。



私は考えた。
少し待ち時間が長いかもしれないが、この時点で他の仕事をしにいくのはもう無理だ。
たぶん、誰か一人が並んだ時点で、周辺で様子をうかがっていた希望者はどっと並び、あっと言う間に定員オーバーになってしまうだろうから。

だからと言って、この期に及んで誰かが並ぶタイミングを待つのもアホらしい。
列に並んで待とうと、周辺で様子をうかがいながら待とうと、待つ時間の長さは同じだからだ。

私は「どうしても星空ナビゲーターがやりたいなら」と念を押してから、もう一度子供たちに聞きに行かせた。
ファッションモデルの募集が終わっていなくても星空ナビゲーターに並びたいと言った場合、どうすれば良いのか聞いてこいと。

何度も聞きに行くのは恥ずかしいと思ったのか、二人は互いにせっつき合いながら聞いてきた。
「あの黄色いドアの前で待っててって言ったみたい、よく判らないけど」
歯切れの悪いカナの言葉。

とにかく二人を黄色いドアの前に連れていった。
私も不安だった。
はっきりしない状況で並んで、別の所に列ができて、いつの間にか定員オーバー、先に並んだつもりなのにもう入れませんと言われたらどうしようかと思って。



5時57分。
カナとレナが並ぶとすぐに、さっきスーパーバイザーに聞いていた背の高い女の子二人が後ろに並んだ。
その子たちも本当にここに並べば良いのか不安そうな顔だった。
そしてすぐにもう一人男の子が並んだ。
どうやら背の高い女の子たちの知り合いのようだ。

それからあれよあれよと二人が並んで、6時1分の段階で列は7人になった。

数秒後に2人並ぶ。
さらに3人。
この時点で12人。既に定員オーバーだ。

そこへようやくスーパーバイザーがやってきた。
12人わらわらといるのを見て焦って人数を数えた。
「来た順番に並んで下さい。来た順番に」
子供たちはちゃんと来た順番に並んでいた。

だから一番後ろの二人は入ることができなかった。
「申し訳ないんだけど、お二人は・・・」
最後に並んだ3人は友達同士だったので、抜けるなら全員抜けると列を離れ、6時2分、星空ナビゲーターを待つ子供は再び9人となった。



スーパーバイザーは9人に首から下げる番号札を配った。
そこへやってきた一人のお母さん、みんなが並んでいるのを見てハッとしたらしい。
私が「あと一人みたいですよ」と言うと、「大変!!」と身をひるがえした。

そのあとしばらくは誰も来なかった。
前からスタンバイして様子をうかがっていたメンバーは全員並び、それ以外の星空ナビゲーター志望者たちは、既に列ができていることに気づかず他の仕事に勤しんでいたのだろう。
それに後一人枠となると、もう兄弟友人連れは並ばないかもしれない。

そのうち一人の女の子を連れたお母さんがやってきた。
スーパーバイザーがまだ1時間近く待ち時間があることを説明したのでちょっと逡巡したようだが、結局並んだ。

6時9分。
星空ナビゲーターの募集は完全に終了した。

さっき「大変!!」と慌てて子供を呼びに行ったお母さんを始め、それからしばらくは何組も急いで来た親子連れがいたが、みんながっかりした顔で立ち去ることになった。



10人のメンバーが決まったところで、スーパーバイザーは列を移動させた。
もう既にファッションモデルたちはブティックの中に消えていたので、彼女たちが並んでいた場所に移動することになった。

次にスーパーバイザーは全員の学年を聞いた。

驚いたことに、レナを含む3年生が最年少、全員年齢の高い子供たちばかりだった。
具体的に言うと、3年生が二人、4年生が三人、残る5人が5、6年生。

そういえば今日は平日2部にしてはずいぶん大きい子供たちが目に付いた。
平日2部が空いているというウワサが広まったのか、それともカンフーパンダや星空ナビゲーターと言った期間限定狙いなのか、小学校が終わってからの下校ダッシュ組が多かったようだ、うちのように。

スーパーバイザーはちょっと迷っていた。
星空ナビゲーターの役割分担は、年齢を考慮してキッザニア側が割り振っていたのだが、予想より平均年齢が高く、一番難しい星空案内役を誰がやってもおかしくない状況だったから。



説明のテキストを読む星空案内人の定員は6人。
普通に上から割り振れば、カナを含む5、6年生の5人が確定だ。

あと1人は4年生から選ぶことになる。
スーパーバイザーは3人の4年生を見て、「国語が得意な人」と呼びかけた。
2人が威勢良く手を挙げて、残る一人はちょっと自信なさげに手を挙げた。
益々スーパーバイザーは迷ったみたいだ。

それからスーパーバイザーは何冊かの台本を持ってきた。
まずカナの隣にいた5年生に一冊台本を手渡した。
「読んでみて下さい」
その子は一生懸命台本を読んだ。
「OK」
別の子にも台本を渡して読ませた。
「うん、OK」

そのときカナは、持っていたキッザニアとは関係のないカードをいじっていた。
きらりんレボリューションのミルフィーカードという透明なカードで、重ね合わせて着せ替え遊びをするというものだ。
遊んでいたわけではなく、仕舞っているところだったが。

実は前回のキャンドル職人の時に、待ち時間が長いことをぶつぶつ言っていたので、今回はちょっと暇がつぶせるようにと私が持ってきたのだった。
DS(ポータブルゲーム機)は、キッザニア内では我が家は禁止。
ゲームに夢中になると、キッザニアを楽しめるはずがないと私が思っているから。
着せ替えカードぐらいならいいだろうと思ったのが今回大失敗だった。

星空案内人の台本。
一人当たり、これを(たぶん)3頁はたっぷり読むことになる。
ふりがなはふってあるが、なかなか難しそう。



列に並んで直ぐにカードで遊び始めたのだが、意外にも10分程度ですぐに移動したり役割決めが始まって、カードを仕舞う暇が無かった。

私は「急いで仕舞って」とカナに声を掛けた。
でもカナは「仕舞ってる」とこちらを見もしないでマイペースにカードをひとつずつカード入れに仕舞っていく。
見ているこちらはイライラして切れそうだった。
「カードはそのままバッグに突っ込めばいいじゃない。今、大切なことはそれじゃないでしょう?」
「だってバラバラに入れちゃ駄目なんだよ。順番に入れないと」
「今、大切なことはそれじゃないでしょう? ちゃんとスーパーバイザーさんの言うことを聞いて」
「聞いてるよ」
相も変わらず一枚一枚カードを確認しながら仕舞っていて、こちらを見ようともしない。

その間も、スーパーバイザーは不規則に子供を選んで台本を渡していった。
気がつくと、4年生の3人は3人とも嬉しそうに台本を持っていた。

ようやくカードを仕舞い終えたカナが顔を上げた。
自分の首に下がっている最初に渡された番号札と、両隣の子が首に下げている「星空案内人」と書かれた札を見比べて、私に言った。
「私のは?」



スーパーバイザーに聞いてみなさいという私の言葉で、カナは恐る恐るスーパーバイザーに自分の役割を聞いてみた。
「ちょっと待ってね、後で説明するから」
私も青ざめた。
カナは一人、真面目にやっていなかったので、星空案内人を外されたのだと思った。
もう案内人に選ばれた子供たちはそれぞれの台本を開いて読む練習をしている。

レナも私を呼んだ。
学年別に並ばされたので、彼女は一番端にいた。

「ママ、レナは読むの無いの? レナも読みたいよ。レナ、読むの好きだもん」
レナも羨ましそうに台本を読んでいる子を見つめている。
カナは自業自得だが、レナは可哀想だった。
こちらこそ、たまたま年齢の高い子ばかりだったからで、自分でどうにかできるものではないけれど。


「はーい、台本を持っていない子はこっちに集まって」
スーパーバイザーの声で我に返り、私はカナを連れてレナの所に移動した。
そこに集まったのはカナとレナと、もう一人3年生の男の子、そしてカナと同じ大きい男の子の4人だった。

スーパーバイザーは4人にそれぞれ星空案内人とは別の台本を読ませた。
それから「最近星空見たことある人」とか「プラネタリウムに行ったことのある人」と4人に聞いて、残りの仕事の割り振りを決めようとしたが、どの質問にも4人が同じ答えを示したので、益々考え込んだ。
そしてついに意を決して、二人の男の子に「ポインター」と書かれた札を、カナに「スイッチ」、レナに「アナウンス」と書かれた札を渡した。

星空ナビゲーターに並ぶ子供たちの後ろはモデル準備中のファッションブティック



スイッチ!!
スイッチって押すだけ?
もしかして、例えば幼稚園やまだ幼稚園に入っていないお子さんでもできるお仕事?

お仕事に貴賤無し。
どのお仕事も大事だって判っているけど、この年齢層の高い10人の中でも上から数えた方が早い5年生のあなたが、1番に並びながらスイッチを押すだけ?

私はがっかりしてしまった。
思わず言ってはいけないことを言ってしまった。
「あれほど何度も言ったのに、すぐに仕舞わなかったから、自分のせいよ」

カナの表情がみるみる硬くなった。

しまった。
キャンドル職人の二の舞をしてしまった。
みんなで楽しく仕事をするためにはフォローに回らなくちゃいけなかったのに!!



落ち込んでいるカナの元にスーパーバイザーがやってきた。
「10人の、どのお仕事も大切です。特に、スイッチとアナウンスは一人しかいません。あなたがやらないと、プラネタリウムはできないのです。スイッチ係、やってもらえますか?」
カナは頷いた。
はっきりと。


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