亀の湯みたいに料金を入れる空き缶でもあればいいのだが、それも無い。
それに貼紙でも390円と書いてあるところもあれば300円と書いてあるところもあって入浴料もよく判らない。
しょうがないので浴室の戸を開けた。
脱衣所と浴室の間は下の方がすりガラスで上がガラス、一応浴室に人がいることは判っていた。
「あのーすいません、初めてなので判らないのですが、誰もいなくても料金は受付に置いておけばいいですか?」
「それでいいよー。300円だよー」
あっ、はい、了解300円。
浴槽は途中の仕切りで二つに分かれていて、手前が気持ちぬるめ。奥が気持ち熱め。
お湯の色は茶色というかオレンジというか、土を溶かしたような濃い濁り湯。
浴室全体もどことなく赤茶色に染まっている。
浴室内にも貼紙とか、直接マジックで書いてあるところとかあって、読むと自分は80何歳だとか書いている。
確かに仮名づかいが古い。そうか、年配の人があれもこれもと注意書きを書き足しているうちにこんな事態になっちゃったのね。
ぬるい方に入っているともう一人入浴客が来て、先客と奥のお風呂で世間話を始めた。
そして私にも奥に来い来い手招きする。ぬるい方だと風邪ひくよってことらしい。
色はインパクトあるがにおいなどはあまり感じられないお湯。
ただ、熟成されたようなじんわりした浴感。
いつの間にか湯口のお湯が止まっていると思ったら、先客が栓をひねって止めたらしい。湯口コントロールは好きにやっていいタイプの温泉らしい。
このとき気づいたが、先客は浴室で髪の毛を染めている最中だった。
ときどき浴室に染髪禁止って書いてあるところがあるけど、本当にやっている人を見たのはここが初めて。
パパを待たせているので上がろうとしたら、「もう上がるのか」「もっとゆっくりしてけ」。
さらに「上がる前には上がり湯掛けないと」とカランを指差された。
「?」と思ってカランをひねると、なんとカランからも赤茶色の源泉が。
最初はぬるいが出していると熱くなるので適宜水を足せと教えられて、程よい温度にして何度か体に掛けたら「上がってOK」の指示が出た。
そうか、ここはあったかい人情温泉なんだ。
狂気じみてるとか、ホラーゲームみたいとか書いちゃってごめんなさい。
常連のお客さんはとても世話焼きで親切だった。
全然怖い温泉じゃなかった。
使ったタオルはかなり赤茶色になった。
上がった時も相変わらず受付は無人で、管理人の戻ってくる様子はまるで無かった。