9.地元のための温泉
パパと子供たちを残して一人で降りる。
ガラガラと引き戸を引くと、いきなり油系の臭いが襲ってくる。これが
林温泉か。
村外者用の料金箱があるので、早速300円を入れた。
脱衣所に先客一名。
「失礼します」と声を掛けて靴を脱ぐ。
「バンソウコウ・トクホン、はいだら自分で持ち帰りましょう」の張り紙有り。にも関わらず、脱衣所の真ん中にはがれたトクホン一枚…。いかにもで苦笑してしまう。
浴室のドアを開けると、こちらも地元の方一名入浴中。
ポリバスの浴槽は、ガイドブックの写真で見ていたより大きく感じた。5人くらいは余裕で入れそうだ。
掛け湯をして、そろそろと入ると思ったより熱くない。熱い熱いと想像していたからだろう、子供は熱がるかもしれない。
とにかく臭いがすごい。
灯油の臭いばりばり。アブラ系が好きな人には堪えられないという感じ。飲んでみると少し甘めの塩味があるけど、とにかく灯油の臭いがきついので、薄めた灯油を飲んでいるみたいで味はいただけない。
お湯は管を伝って出てくるのだが、浴槽に入るのはほんの一部で、ほとんどは床に置かれた洗面器の中へ流れて溢れていく。湯温が高すぎるので、ほとんど捨てられるのだろう。ポリバスの浴槽内が適温になる程度の量だけ、自然に入るように調節してあるようだ。
お湯のほとんどが流れ込む洗面器にちょっと手を入れてみたら、とっても熱かった。
「熱くない?」と地元の方が話しかけてくださったので、迷いに迷って小学校まで行ってしまった話をした。
「ここは看板ひとつ無いものねぇ」
確かに迷う迷うと聞いていたが、本当に迷った。
「今の時間が一番空いているのよ、5時を過ぎるととても混むから。あと、火曜と金曜の清掃日以外は午前中でも入れるからそういうときがいいわよね」
上がると入れ違いにまた別の地元の方が入っていらした。こうして次々と絶えることなく一日誰かしらが利用しているのかもしれない。
脱衣所に清掃当番表が張り出してあった。何がすごいと言って、ほとんどが姓ではなく名のみで記載されているのだ。ごく小さな共同体の共有財産であることが判る。
地元の方は利用料を払わなくて済む代わりに、次の人が気持ちよく使えるように当番制で清掃しているのだ。自分の家のお風呂となんら変わらない。
こちらはそれを借りさせていただいているのだ。
よく、マナーを守ってなどと書かれているが、共同浴場を管理している地元の方たちのことを考えたら、どうすべきかは自ずから判ってくるのだろう。