◆◇夏休み函館紀行◇◆
母娘函館観光旅行記
大町駅で市電を降りた。向かいに見えている建物は函館市臨海研究所。
確か前回の立札は、
『宝?アイドンノー、アイムソーリー、ヒゲソーリー
バッド、数馬のことならミーのカンパニーで支配人をしている福士成豊がよく知っています。
ジョーと一緒に大町外国人居留地に行ったよ。行ってみれば。
時間があったらマイハウスにも寄ってみて下さい。
いいことあるかも。』だった。
そして立札の裏には『行先ヒント写真② 猛獣を背に北東に石碑が・・・』。
宝探しの地図には沖縄のシーサーのような長崎の辺りの中華街にいそうな・・・獅子ともなんともつかない白い猛獣の像の写真がある。
路面電車の通る大通りと並行して走る港沿いの通りに出ると、その猛獣はすぐに判った。
富士サルベージという会社の正面玄関前に巨大な狛犬よろしく鎮座していたのだ。
この猛獣を背に北東・・・
ちょうどこの辺りから海側にさながら出島のように突き出した埋立地がある。
緑の島と呼ばれるそれは道一本で繋がっていて、芝生のスペース以外何も無い公園のようだ。
最初はそこが目的地かと思って橋を渡り始めたが、よく考えると一つ前の立札にはしつこいくらいに方角のことが書いてあった。
緑の島じゃないのか・・・。
ここは西部ウォーターフロント大町地区親水プロムナード
外国人居留地・新島襄海外渡航の地
猛獣を背にして北東・・・。地図で一本隣の道を見ると、道の先に新島襄の地碑があると記載されている。
そうだ、新島襄がどうたらってどこかに書いてあったような気がする。
緑の島の隣の道に入るとすぐにそれが正解だと判った。
道の入り口に張り紙があったのだ。
「第3回 函館宝探し 箱館異国の城下町伝説 ヒント 立札 三 こちらです⇒」
あっそうですか。
道はすぐにどん詰まりで湾にぶつかっていた。
道の先には新島襄海外渡航乗船乃(?旧字で読めなかった)と彫られた石碑が立っていて、その近くに「三」の立札が。
そうそう、この旅行記を書いている今は旅行からすっかり半年近くの時間が経ってしまった2013年1月だが、この1月から始まったNHK大河ドラマの主人公が新島襄の妻 新島八重なので、この地味だった石碑も今は脚光を浴びているかもしれない。
この石碑のある両側のブロックは、1860年頃には外国人居留地として使用されていた。
後から思えば「二」の立札には、大町外国人居留地に行ってみればという言葉が書かれていたではないか。
当時はもちろん緑の島などなく、湾は路面電車の走る通りまで入っていて、代わりにこの外国人居留地が出島のように海に突き出していたようだ。
この外国人居留地と関わり合いが深く新島襄の海外渡航を助けた人物が、やはり立札に登場した福士成豊だった。
新島襄海外渡航乗船の碑。かつてこの場所から新島八重の夫 新島襄は旅立った。