みなさん、こんにちは。
 帰国後、といってもだいぶ前ですが、TVの「世界の車窓から」を見たときのことです。ゴルナーグラート鉄道で、ダンナが突然「この人見たぞ」と言うではありませんか。「行きの電車を運転していた運転手だ」と言うので見ていると、カメラは全身を写して、確かにその人が運転手であることがわかったのでした。
う〜ん、私は運転手なんて全然憶えてなかったぞ。やはりダンナと私では、旅行中見ているもの、憶えているものがいろいろ違うようです。面白いなぁ。
 というところで、旅行記は、いよいよビルクに到着です。シルトホルンはもう間近。


*** アルプスは今日もお天気 ***

第25話 高度2970メートルの梅干し


 記憶では、クライネシャイデックで見た青空も、シルトホルンへ行くロープウェイで見た青空も、同じように鮮やかな晴天だったが、後で写真を見比べると、クライネシャイデックではかなり刷毛ではいたような薄雲がかかっていた。きっと深い雲の中から出てきたばっかりだったので、すごくいい天気に感じたのだろう。でも、今日の青空は後から写真を見ても本当にくっきりとした青空だった。本当にいいお天気だった。
 ロープウェイは青空の中、中間駅のビルクに到着した。ここでまた乗り換えだ。
 乗り換えの通路で、さっきの東洋人の女の子が独り窓に張り付いて外を眺めていた。パパは先に行っちゃったのかな? すごく真剣な眼差しが印象的だ。
 ビルクから見上げると、シルトホルンの回転レストランが見える。あれが007で有名なピッツグロリアだ。シルトホルンの方角には遠く白い雲がいくつか浮かんでいる。振り返ると3山はのバックはまだ青空だ。早く着かないとまた昨日のように雲に追いつかれてしまうかもしれない。早く早く。

 再びロープウェイに乗る。ピッツグロリアがぐんぐん近づく。「女王陛下の007」の中では敵のアジトになっていて、最後には爆破されてしまうのだ。一般市民はビルクまでしか昇れなくて、007の味方がここから上は私有地で立入禁止だと追い返されてしまう場面があったっけ。

 ようやくシルトホルンの頂上に到着。映画に出てきたそのままの建物だ。すぐに中には入らないで、まずぐるりと360度ある展望スペースを逍遙してみる。
 ビルクからだと3山の眺めのひけは取らないが、シルトホルンまで来ないと、後ろが見えない。ここに回転レストランを作るというのはすごく良いアイデアだ。でも残念ながら、3山の反対側の景色は、ほとんど雲海だ。天上は楽園だが、地上は相変わらずどんよりしているのだ。
 こんな日は高いところに登るに限る。昨日登ったユングフラウヨッホも見える。全然雲がかかっていない。今日はきっとアレッチ氷河だけでなくあそこからも全てが見えるに違いない。
 メンリッヒェンも見える。クライネシャイデックからは結構距離がある。しかもロープウェイやゴンドラの駅のある鞍部から頂上までも結構距離と斜度があることがわかる。疲れたはずだ。
 アイガーからちょっと雲が出てきた。

 三脚を立てて家族3人が揃った写真を撮る。残念ながらアイガー、メンヒ、ユングフラウの3山は見事に逆光だが、右手に目を移すとグスパルテンホルンのあたりは綺麗に太陽光が当たっている。しばらく日光浴しながらのんびりと過ごしたが、何回かロープウェイが行ったり来たりすると展望スペースも賑やかになってきたので、いよいよ回転レストランの中に入ることにした。

 ガイドブックには混雑時には席に座れないこともあると書いてあったが、流石は9月、がらがらだ。当然眺めの良い窓際に陣取り、とりあえずダンナはビールとつまみを、母と私はいきなりデザートを頼む。
 私が頼んだのは、パフェのような入れ物に入ったアイスクリームだ。美味し〜い。

 回転レストランの窓際に座っていると、自分が動かなくても360度の景色を見せてくれるのだからありがたい。隣のテーブルの独り旅らしいアメリカ人っぽい男性は、テーブルの上に窓の方を向けてビデオカメラをどんと置いて、ずっとフィルムを回している。これでお家に帰ってもぐるぐる回るシルトホルンの絶景が楽しめるというわけだ。頭いいなぁ。

 アイガーから湧いてくる雲は、流されてはまた途切れることなく新たに湧き上がる。何時間見ていても飽きない眺めだ。

 なのにダンナは一言、
 「そろそろミューレンあたりに戻ってお昼ご飯にするか」、なんてとんでもないことを言った。
 えー、何言ってんの。
 私と母は揃って反対した。
 「だって見てごらんよ、ミューレンはまだもろに雲の中じゃない。晴れていればいいよ。でも、わざわざあのどんよりした雲の中に戻ってお昼ご飯を食べたいなんて、信じられない。ここはこんなに気持ちいいのに」
 結局私たちはお昼ご飯もここで食べて、かなりの長時間粘りまくったのだ。こんなに空いているんだから別にいいよね。
 すると、ちょうど正午にさしかかった頃だろうか、ぞろぞろと日本人の団体さんがピッツグロリアに入ってきた。かなりの人数だったが、なにしろ席はがらがらなので座るには困らない・・・と思いきや、その全員が眺めの良い窓際ではなく、窓から遠い内側の席について、やにわに透明の使い捨てプラスチックケースに入ったお弁当を揃って取り出したのだ。
 私はよく見なかったが、母やダンナが言うには、ご飯や鮭が入ったお弁当だったそうである。試しに一人に何故窓側の席に座らないのか聞いたところ、どうもお弁当持ち込みの交換条件が、眺めの悪い席らしい。
 ・・・そりゃあ回転レストランと言うだけあるのだから、持ち込みなんてされたら商売上がったりだろう。レストラン側がそういう条件を出すのはよくわかる。でもここまで来て回転レストランの窓際の席を捨ててまでお弁当を食べさせるという団体旅行主催者の気持ちは、申し訳ないが私には判らなかった。どうしても和食のお弁当にしたいなら、ハイキングコースの途中とか、何か方法があるだろうに。肩身の狭そうなツアー客達がちょっと可哀相かなと私は思った。

 とはいうものの、私たちも何も持ち込まなかったわけではない。
 実は母は梅干しを携帯していたのだ。食後に取り出して、こっそりと食べていた。これくらいは薬だと思って見逃してくれないかな・・・。
 母は、その後も、高いところに登ると何故か食べたくなるといって、展望台に上る度に梅干しを取り出していた。

 さて、流石に長居をしたので、そろそろ下ることにした。その前にもう一度3山の雄姿をシャッターに納めようと、ロープウェイの斜め右下あたりの階段を下りて、岩場に三脚を立てた。湧き上がる雲が3山を取り囲み、まるで額縁のようだ。
 カメラを構えていると、階段の下から人が登ってきた。この下はハイキングコースになっているのだ。かなり急な道だと思うのだが、みんな軽装だ。
 「ハロー」
 「ハロー」
 男性3人組は、にこやかに手を振って、ピッツグロリアに吸い込まれていった。

 団体旅行のことを悪く書くつもりはないのですが、シルトホルンで会ったツアーの皆さんはちょっと気の毒でした。きっと窓際で回る景色を見たかっただろうなぁ、と、ちょっと個人旅行の優越感にひたってしまったりするのでした。個人旅行者は苦労や面倒(愉しみでもある)と引き替えに自由を得ているのだからしょうがないですよね。次回はミューレンです。まだまだ9月4日が続くのだ。

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