みなさん、こんにちは。前回はユングフラウヨッホに到着したところでした。
残念ながらヨッホは雲の中。でも私たちは気が長いのだ。めげないぞ。
せっかく意気込んでユングフラウヨッホに来たものの、残念ながら雲の中。ありがちな展開である。
とりあえずぷらぷらとアイスパレスの氷の彫刻を眺めることにした。彫刻といってもそれほど大したものではない。何を作ってあるんだかよくわからないものも多い。去年、日光で見た野外の氷の彫刻展の方がよっぽど芸術的だったぞ。彫刻そのものよりも氷の迷路としての方が楽しめるようだ。ただし、足を滑らせないように。
母いわく「どうしてここにこんなものがあるのかしら」
「それは」とダンナ「せっかく天下のユングフラウヨッホに来てもなんにも見れない人たちが結構多いからだろ」
「そうねぇ、せっかく来てもなんにも見えなきゃ、ここでこうして暇をつぶすしかないものねぇ」
自分たちも同類である。これだけ見て帰るには運賃は高すぎるぞ。
氷の彫刻を抜けてしまうとあとは見るものはない。流石に暇だったので、とりあえずプラトー展望台に出てみることにした。ユングフラウヨッホには二つの展望台がある。鉄道の終点からさらに地中のエレベーターでてっぺんまで登ったところにあるハイヒールOKのスフィンクス展望台と、そのまま外に出るとある平原のプラトー展望台である。
ドアの向こうは吹きすさぶ氷原であった。
見渡す限り世界が白い。山も空もなんにも見えない。強い風が吹いていて、足元からすくわれそうだ。
ものすごく寒い。体感温度はマイナス30℃ぐらいか。
普段はプラトー展望台には北極犬がいてそりをひいてくれるらしいが、影も形もない。物好きな観光客がひとりふたりと逍遥しているだけである。
とれあえず写真を撮った。「来た」と「こんなに寒かったんだぞ」という証明写真だ。
ひととおり歩き回ってみたが、長居は不可能だった。氷の柱になってしまう。
入口まで戻ると、ちょうど電車の中で一緒だったツアーの一団が出てくるところだった。案の定、ジャケットだけのおじさんたちは躊躇している。外は寒いぞー。ど派手なブルゾンのガイドの姐さんが、彼らを外へ押しだし、記念写真を撮ってやっている。彼らは一歩だけ外へ出て白をバックに写真を撮ってもらうとそそくさと中へ戻っていった。中は天国のようだった。
ふと思い立ったので、絵葉書を書くことにした。麓にいるときは思い当たらなかったので、住所録を持っていない。仕方がないから暗記している実家やたまたま手帳に住所がメモしてあった宛先に出すことにした。とほほ、次回からは展望台に行くときは必ず住所録を携帯しようと心に誓うのであった。ヨッホには日本のポストもあることだし。
売店で絵葉書と切手を買う。びっくりしたのは売店の売り子さん方が片言の日本語を話すことだ。いかに日本人客が多いか知れようというものである。
となりのオバサマが誤った金額を払ったようである。売り子さんは「タリナーイ、タリナーイ」を連呼している。なにやらミョーに恥ずかしい。
売店の前のスペースにイスのない丸いテーブルがある。そこで絵葉書を広げながら、「何か見えるまで何時間でも粘ってやるぞー」と私が言うと、横でくすくすと笑われてしまった。見るからにバックパック背負って1人旅という風情の日本人の好青年である。
「ぼくは朝一番でここに来たんですが、その時はすごく綺麗に晴れてたんですよ」
そうだろう。私たちがクライネシャイデックについた頃はあんなに晴れていたんだから。そう言うと、彼は、
「じゃあ、すごいハイキング日和ですね」と嬉しそうな顔をした。
ヨッホは雲の中かもしれないけれどそのまわりは今でも晴れているかもしれない。なんだかワクワクしてきた。
彼は、そろそろ山を下ってハイキングに行くことにしたようだ。下界はお天気だといいね。
絵葉書を書くにあたって場所を変えることにした。セルフサービスのレストランでお茶でも飲みながらゆっくりしようと考えたのだ。私たちは窓際に席を取った。レストランも空いている。私たちの後ろには、日本でいえば高校生か大学生くらいの金髪の女の子ばかり8人くらいの賑やかな集団が陣取っていて、お喋りに花を咲かせている。テーブルの上にはめいめいの飲み物と山盛りのフレンチポテト。とっても楽しそうだ。
ヨッホの日本人人口密度はかなり高いのだが、回転率もいい。レストランでくつろいでいるような暇な日本人はほとんどいない。みんな限られた1時間を有効に使おうと一所懸命だ。
レストランでミルクティーを飲んだ。そこで初めてポーションタイプのコーヒーミルクの蓋に目がいった。絵が可愛かったのである。コミックの主人公タンタンかそれによく似た絵で、ユーモラスなひとこま漫画になっている。ここから私のコーヒーミルクのキャップコレクションが始まった。正味10日ほどのスイス旅行で集めた枚数22枚! でも、ヨッホのミルクキャップが一番可愛かった。今は全部アルバムに貼ってある。
さて、レストランに腰を落ち着けて1時間ほどが経過したときである。後ろの金髪の女の子達の様子が変わった。一人が立ち上がり、私たちの方を指さす。いや、指しているのは私たちのことではなく私たちの後ろの窓だ。別の女の子が興奮して隣の子の肩をたたく。
振り返ると、白一色だった窓の景色が微妙に変化していた。真っ正面が薄青く揺れているのである。部分的に雲が吹き払われているのだ。何かが見えた、と思った。でもそれは気のせいだったかと思わせるような白が再び攻め入ってくる。じっと見つめていると、景色は刻一刻と変化している。何度目かに雲が動いたときである。それはちょうど、ぼやけていた視界が徐々に焦点が合うように、見つめているうちに、くっきりとしたS字になった。
うわ〜っ、もしかしてあれは、アレッチ氷河ではないか。
と、いうことは手前はユングフラウ万年雪だ。氷河の奥には山並みも見える。
頭上は相変わらず白く重い雲に覆われていたが、まさにアレッチ氷河の方向のみ、クリアに雲が吹き払われたのである。やったー。待ったかいがあったぞ〜。さあ、今のうちにスフィンクス展望台に行くのだ。
もちろん、スフィンクス展望台にハイヒールでいくのは無謀ですよ、と先に言っときます。まだヨッホ編が終わらない〜。