みなさん、こんにちは。たいへんた〜いへん、お待たせしました(え?待ってない?そりゃ大変失礼)。
「アルプスは今日もお天気」、再開させていただきます。長いこと休んでおりましたので、初めましての方も多いかと思いますので、これまでの経緯を簡単に書かせてもらいます。
−−今までのお話−−
9月1日、「私」と、私の夫、夫の母、の3人は、曇天の日本を脱出、同じく曇天のチューリヒに降り立ちました。12日間のスイス旅行の始まりです。
3人ともスイスは初めて、母にいたっては海外旅行生まれて初めてで、見るもの聞くもの食べるもの、全てがもの珍しい。翌日も悪天候で、まっすぐアルプス入りする計画を変更、午前中はベルンを観光、午後はラウターブルンネンのホテルに荷物をおいてトリュンメルバッハ滝を観光しました。そして、3日目、ヨッホ往復の切符を買って電車に乗り込み、クライネシャイデックの手前、ついに待ち望んでいた青空と、白く輝く峰々を拝むことができたのでした。さて、
はっと我に返れば電車は、写真で見慣れたホテルが2軒建っているクライネシャイデックの駅にすべりこんでいた。さんさんと陽の光がふりそそぐ。まるでクライネシャイデックは雲海の中にぽかりと浮いているかのようだ。正面には雲の海からそそり立つ神々しいまでの3山が頭上から光を浴びてきらめいている。完璧だ。完璧で信じがたい光景だ。クライネシャイデックに来る人は、みんなこれを目の当たりにするのだろうか。みんなこんな風に圧倒されるのだろうか。
ここに来る前は、アイガー、メンヒ、ユングフラウの3山を見るには、シルトホルンからが一番バランスがとれていて綺麗だと思っていた。写真で見る限りは。
でも、ここから見るユングフラウは、純白のドレスにベールをかぶった姫君のようで、本当に美しい。
クライネシャイデックの駅で、ウェンゲルンアルプ鉄道から、ユングフラウ鉄道へ乗り換える。この気持ちのいい場所で、できれば何時間かぼんやりとしていたいところだったが、私たちは先を急ぐことにした。というのは、刷毛ではいたような薄雲がところどころに浮かんでいる他は、綺麗な青空だったが、一ヶ所だけ不穏な白い固まりが、もくもくとわいていたからである。それはまさにメンヒとユングフラウの鞍部、鉄道の終点、ユングフラウヨッホのスフィンクス展望台のあたりだったからである。
どうやって乗り換えたのかは良く覚えていない。ずっと上を向いて山を見ながら歩いていたからだ。気がつくとユングフラウ鉄道の座席に座っていた。なにやら日本語が聞こえる。はて、と辺りを見回すと、右も左も前も後ろも同国人ばかりである。私たちの乗った車両がまるまる日本人団体様貸し切り状態だったのだ。
どうも日本人といえばユングフラウヨッホなのだ。特にパック旅行でユングフラウヨッホに登らないツアーなんて、ほとんどない。マッターホルン登頂とか、ジュネーブでブランド品お買い物とか、別の確固たるコンセプトがあるツアーなら別かもしれないが、基本的にスイス旅行には、いやでもユングフラウヨッホがもれなくついてくる。スイスに限らずヨーロッパ周遊でも、スイスをかすったら、まず間違いなくヨッホとフォンデュー(この場合はチーズ系の場合と出汁系の場合とあるが)はついてくる。これでは日本人にスイスのイメージを聞けば、山とフォンデューばっかりとなってしまうのは無理からぬことだ。
そんなわけで、JBことユングフラウ鉄道の中は、信州行き特急あずさ状態なのだ。
途中駅のアイガーグレッチャーまでは、電車は地上を行く。右側にユングフラウがぐんぐん迫ってくる。すごい迫力だ。
そうしている間にも、メンヒとユングフラウの間にわき上がった雲は、大きさを増していく。気持ちがはやる。あの雲に追いつかれる前にヨッホに辿り着かなくては。
アイガーグレッチャーを過ぎると、トンネルに入る。あとは真っ暗だ。私たちの斜め前に、スカーフの柄をそのままプリントしたような、ど派手なブルゾンを着た迫力のあるツアーガイドさんが座っていて、景色が見えなくなると早速説明を始めた。スイス在住で、現地ガイドをしているらしい。服装から判断すると関西系マダムか? プロとはいえ、ヨッホに着くまでずーっとしゃべりっぱなしだったのは感心した。アイガー北壁の登頂記録やら、ユングフラウ鉄道の成り立ちやら、えんえんと説明しているのだ。耳を傾けているのはこれまたパックツアーでグリンデルワルトあたりの4つ星高級ホテルに滞在間違い無しの、紳士淑女連である。おじさま、毛糸のベストに厚手のジャケット一枚きりではホテルのディナーにはいいかもしれませんけどヨッホにはちょいとお寒うございますぜ。
トンネルの中は真っ暗で代わり映えがしないが、退屈はしない。電車の中から見えるトンネルの壁はでこぼこで、掘ったときのそのままの状態のようだ。苦労が忍ばれる。
やがて、各国語の放送が入り、アイガーヴァントの駅に着いた。
アイガーヴァントではアイガー北壁に取り付けられた窓を内側からのぞくことができる。…とは聞いていたが、いったいどんな代物だろうと興味津々だった。
JBは流石に9月だから空いている。ほぼ席は埋まっているが、立っている人はいない。混んでいるときは途中駅で降りるのに苦労するというが、私たちは楽々下車した。派手めのガイドさんは、自分は何度も見ているからいいわ、とお客さんだけを送り出している。
窓は、まるで潜水艦の中から水中を見るようにまあるく壁にはめ込まれていた。想像していたより大きい。一つではなく、いくつかある。のぞくとガラスの向こうに谷越しの山々が見える。山の壁に窓をはめ込むなんて、どういう発想だろう。見える景色はガラスというフィルターを通してますます非現実的だ。何しろこの素晴らしい絵画の額縁は他でもないアイガー北壁そのものなのだ。
さらにびっくりしたのはトイレだった。この途中駅には水洗トイレがついているのである。話には聞いていても、目の当たりにしてなおびっくりだ。そりゃあ、終点のヨッホのレストランにトイレがついているし、下水道も鉄道のトンネルに一緒に通せばいいと言うのは簡単だが、天下のアイガー北壁の内部に水洗トイレ…というと、やっぱりシュールだ。あ、もちろん次のアイスメーア駅にもトイレは完備されているから、入り損ねた人もご心配なく。
女性用のトイレから日本人のおじさんが2人出てきた。男性用が混んでいたのか間違えたのか知らないが、男女別の表示は絵で描いてあるんだから、ドイツ語が読めませんでしたなんて言い訳は通じないぞ。
終点が近づいてくると、ガイドさんは、ヨッホでの自由時間は一時間しかないこと、その限られた時間を有効に使うためには、空いていたら真っ先にスフィンクス展望台行きのエレベーターにとんでいくこと等をツアー客に伝授していた。
「なにしろエレベーターは一基ですからね。混んでいると乗れませんよ」
でも、実際行ってみるとエレベーターは新品で2基あった。増設したのかな。
そして、とりとめのないことを考えているうちに終点のユングフラウヨッホ駅に着いた。
レストラン「トップオブヨーロッパ」の窓の外は白い闇。遅かったか…。
しかし、私たちに時間制限はない。こうなったら何か見えるまでここで粘ってやろうじゃないの。
まだ本調子ではありませんが、そのうちエンジンも温まってくるでしょう。気長にお付き合い下さい。それでは。
ところでヨッホのエレベータ状況は1996年当時のものです。今はもっと効率的になっているようですね。