11.虹に始まり虹に終わる旅
最終日 5月8日(日)
朝の5時には出発するため、4時には目覚ましをかけた。
しかし、実際はパパは4時前から起きてごそごそとしていたのでこちらも目覚ましが鳴るより前に目を覚ましてしまった。
シャワーを浴びて、荷物を車に積み込んだ。
カナは起きてきたので出発だと説明して車に乗せ、レナはまだうとうとしていたのでパジャマのまま車に連れていった。
まだ外は暗い。
さよなら、ウォンガリンガ・アパートメント。
一週間を過ごした部屋のドアをぱたんと閉めた。
そして私たちはミッションビーチを後にした。
帰路はThe Great Green Way、すなわちブルース・ハイウェイを
ケアンズへ向けてひたすら北上する。
ほどなくして雨が降り始めた。
空は暗く、低く雲が垂れ込めている。
まもなく日の出だが、果たして太陽が顔を出すかどうかも怪しい。
こんなに天気が悪くても、空が果てしなく広く感じるのがオーストラリアの不思議。
今日はもう、オーストラリアに着いた初日のようにどんよりと雨の一日になるようだ。
砂糖博物館のあるモーリリアンを過ぎて、クロコダイルファームのあるイニスフェイルを過ぎて、ユーベナンジー湿原を過ぎた辺りでジョセフィーン・フォールズはこちらの表示を見つけたが今日は素通り、ボールダーズのあるバビンダも素通り。
やがて霧の中、うっすらととても自然の造形とは思えない山のシルエットが見えてきた。
Walshs Pyramid。
実は紀元前にエジプト人がやってきてこっそり作っていったんじゃないかと思うほど完璧な三角形。
ところがピラミッド山の近くまで来て見上げると、意外に山肌はでこぼこでさっき南側から見たのと同じ山には思えないほどだった。
だんだん人家が増えてきた。
ケアンズが近いのだ。
前方で雲がぷっつりと切れて、行く手の空が晴れているのが見えた。
と、思ったら、もう雲の下を抜けていた。
走り続ける車はケアンズの市街地に入ったとたん、いつの間にか青空の下にいた。
私たちの乗る飛行機は、ケアンズ発成田行きQF167便。
ケアンズ空港を12時10分に発つ予定。
パパの立てた予定はこう。
ケアンズは素通りして、空港もいったんは素通りして、空港よりちょっと先のスミスフィールドに寄る。
スミスフィールド・ショッピングセンターは朝8時ぐらいから開いているだろうから、そこで朝食を食べ、速攻で土産物を買い、9時過ぎにはショッピングセンターを出てガソリンスタンドでガソリンを入れる
そして遅くとも9時半から10時ぐらいには空港に到着してレンタカーを返却する。
だからケアンズ市内も空港も寄らずに真っ直ぐキャプテンクックハイウェイを走った。
湿度は高いが雨が上がると嘘のように気分が晴れてきた。
スミスフィールド・ショッピングセンターはケアンズ近郊で最大級のショッピングセンターだ。
ウールワース、コールズなどのスーパーマーケットや、Kmartといったディスカウントの大型店舗の他、ファーストフード、パン屋、ドーナツ屋、衣料品店、子供服、銀行、宝石屋にギフトショップ、本屋、床屋、眼鏡屋などありとあらゆる種類の店が入っている。
ショッピングセンターのあるスミスフィールドはちょうどキュランダ方面へ続くケネディ・ハイウェイの入り口にもなっていて、大きなラウンドアバウトがある。
車窓に広がる鬱蒼とした熱帯雨林の景色を見ながら、パパが言った。
「10日前の朝も、こうして空港からスミスフィールドへ向かうこの道を走ったんだよな。オーストラリアの旅で一番わくわくするのは、旅が始まって、現地について、最初にレンタカーを走り始めたそのときなんだよ。何が待っているんだろう、どんなことがあるんだろうって・・・ちょうどあの日も、ここで確か虹を見たんだ」
虹を・・・
そう言って二人で山側に目を移したとき、それはもう、運命としか思えないものが目に入ってきた。
虹だ・・・。
あの日と同じ場所に大きな虹が架かっている。
太古の深い緑を背景に、完璧な弧を描いて。
そうだ、あの日もちょうど同じ時間にここを走っていた。
同じように雨が降った後で、同じように日が射してきた。
この虹を見せるために今朝の雨は降ったんだ。
カナもレナも窓に張り付いて虹を見ている。
虹はどんどんくっきりとしてきて、
「あっ、二本になった」
気が付くと虹は二重に架かっていた。
「凄い凄い」
しかもそれで終わりじゃなかった。
「虹の内側にも色が見える」
信じられない。
なんと内側の主虹の更に内側に七色のカラーがはっきりと見え、さらに外側の副虹の更に外側にごくうっすらともう七色見えている。
まるで虹が四本あるみたいだ・・・。
こんな光景、見たこと無い。
これはこの大陸からのプレゼント。
オーストラリアからの最後のプレゼント。
そしてまるで虹のゲートをくぐるように、車はスミスフィールドのショッピングセンターに到着した。
オーストラリアのスーパーマーケットは朝が早いと思っていたが、残念ながら予想に反して、まだ店は8時には開いていなかった。
正確には、ウールワースとコールズは平日は8時に、土曜は8時半にオープンする。Kマートは平日は9時に土曜は8時半にオープンする。
しかし今日は日曜日。
どの店も9時にならないとシャッターを開ける気にならないようだ。
ショッピングセンターの巨大な通路は、ひと気もなく閑散としてゴーストタウンみたいだった。時折行き来している人は、みんなどこかしらの店の従業員で、開店準備のために急ぎ足。
今日も子供たちのためにおもちゃを買う約束をしていたので、Kマートを目指していたのだが、ウールワースのある南側から入ったのでかなり通路を歩かなくてはならなかった。
Kマートの前まで来たが、もちろんまだ開いていない。
待つのは構わないが、元々9時にはショッピングを終えてスミスフィールドを出るつもりだったから、店のオープンが9時というのはかなり痛かった。
通路最奥左手のコールズ前にドーナツキングというドーナツショップがあった。
8時半、店が開いたようなので、買い物前に腹ごしらえ。
実は車の中で空腹に耐えかねて一人TimTamチェリー味をかじったりしていたのだが、もちろんそんなのでは保たない。
熱々の揚げたてプレーンドーナツ。
「美味しいね」とカナ。
各店舗の開店時間までまだ少し間があったので、子供たちをトイレに連れていき、そこで吃驚するものを見つけた。
ドクロマークの付いた黄色い箱。
それは使用済み注射針を捨てる箱だった。
ショッピングセンターのトイレ、こんなに普通の場所で。
こんなものをわざわざ設置してあるということは、それだけ需要があるということなんだ。
オーストラリアは治安がよい、ケアンズは旅行者が安全に過ごせる町だ、そういう先入観があったけれど、それでも日本と同じだと思ってはいけないと。
日本の治安がいくら悪化の一途を辿っていると言えど、まだまだ世界的に見て悪いのはほんの一部なのだと。
ゾッとするとともに改めて思い知らされた気持ちだった。
また一方、トイレの中にはわざわざ日本語でマナーについて書かれた張り紙があって、観光コースにも入っていないこんな場所で英語ではなく日本語で書かれるなんて、よほど日本人のマナーが悪いのだろうかと恥ずかしくなってしまった。
ようやく9時になってKマートの店内へ。
ここは大型ディスカウントショップというのか、食品、電化製品、衣類、靴や鞄、おもちゃ、食器などなんでも売っている。
まずはおもちゃ売場。
最初、カナとレナはポニーのおもちゃをほしがった。
こっちの子供ってバービーとポニーが好きだよね。どこでもいっぱい売っている。人形だけじゃなく、キャラクター商品も。
でも単なるポニーの人形じゃ、すぐに遊ばなくなるよ。
パパが「これなんかどう?」とバービーの本の形をしたおもちゃを取り出した。
バービーのスワンプリンセスと書かれた本の形のケースは、ぱかりと真ん中で開くようになっていて、中は一種の双六になっているようだ。
オデット姫や悪魔ロットバルトの小さな人形がセットになっている。
「これがいい」
そうだろうね。ちょっと高そうだし。
しかも当然レナも同じものをほしがるから・・・
二つ買うわけね。
それからお菓子売場に移動。
去年はパパの職場に配るため、TimTamを山ほど買って帰ったけど、今年はアンザッククッキーにすることにした。
TimTamはオーストラリアで食べると美味しいのだが、あまりに甘いので日本ではなかなか食べる気になれない。
アンザッククッキーはオーストラリアのお菓子にしては甘さが適当で、どこででも食べる気になる。穀物っぽい食感も癖になるのだ。
本当はもっといろいろ買いたい。
本当は衣類とか日用品とかぐるぐる見て回りたい。
でもタイムリミット。
大きなショッピングカートにアンザッククッキー大量に積んで、大急ぎでレジへ。
買い忘れたもの、あるかも。
そうだ、ティーツリーの石鹸も買ってない。
仕方ない。
もう車に戻らなきゃ。
「しまった、ガソリンスタンド、行きすぎた」
後悔しても後の祭り。
それきり走行車線側にガソリンスタンドは見つからなかった。
満タン返しにしないと高くつくし。
仕方ないので空港を通り過ぎて、結局ケアンズ市内に入った。
おかしいなぁ、パパの完璧な計画では、もう市内に入らずそのまま空港に行くはずだったのに。
ケアンズのモービルで最後の給油。
さっき通ったときには晴れていたケアンズも、またもや泣き出しそうな空の色。
キャプテンクック・ハイウェイを折り返し、空港に着いたときには雨が降り出していた。
まあもう関係ない。
あとは飛行機に乗って離陸するだけだ。
空港は日本人でごった返していた。
そりゃあそうだろう。今日はゴールデンウィーク最終日、ケアンズ中に散らばっていた日本人観光客が一斉に帰国する日だ。
空港内に一歩足を踏み入れたとたん、そこはもうオーストラリアではなく、さながら日本だった。周りを見回しても日本人の顔、顔、顔。
聞こえる言葉も英語ではなく日本語、関西弁、名古屋弁・・・。
ふと今回の旅を振り返って、何人くらい日本人の姿を見ただろうかと改めて考えてみた。
4月29日にケアンズの空港を出て、次に日本人に会ったのは・・・バリン湖ティーハウスで一組、マンガリ・クリーク・デイリーのチーズ工場で一組、ジョンストンリバー・クロコダイルファームではウールーヌーラン・サファリのツアーとかち合ったから、そこでツアー参加の日本人一組とガイドの日本人一人、最後がダンク島で見かけた新婚旅行夫婦。これで全部。
天下のゴールデンウィークに10日もケアンズにいて、これしか日本人を見ていないとは。
幻の蝶ユリシスの方がよっぽど沢山見かけたよ。
スーツケースを預けるときに重量を量ったら40キロジャスト。
危ない危ない。
制限重量はいくらだっけ。
自炊するのに買って余った油だのお米だのみんな持ってきたからなぁ。
出国審査も日本人で行列していたが、係員のお兄さんは私たち一家のパスポートをぺらぺら捲って、にっこり。
「そんなにオーストラリアが気に入ってくれたんだ」
なにしろ家族四人、毎年毎年オーストラリアの出入国記録しかないのだから。
そしてポンとスタンプを押してくれた。
「来年もまた来るよ」
そして手荷物検査。
ポケットにも何も入れてないし楽勝楽勝と思ったけれど、いきなり私は指を差されて隅の方へ連れて行かれた。
えっ? 何かまずい荷物があった?
持っているパソコンが怪しそうとか?
怖そうな顔をした係りのお姉さんが日本語の説明書を差し出した。
なになに・・・?
あなたは爆発物を持ち込んでいないか調べるための検査に無作為に選ばれました。
ホッ。無作為なのね。
怪しいもの持ってないから、どうぞ好きなだけ検査して。
お姉さんは無言で検査用のバーを荷物の中に突っ込んでかき回した。
火薬の反応とかが判る装置なんだろうか。
いやぁ、ドキドキしちゃうなぁ。
パパの持っていた黒い旅行鞄も調べられた。
それって中身は全部アンザッククッキーなんだけどね。
ケアンズ空港の免税店は成田の第二ターミナルより楽しい。
ブランド品には興味がないが、オーストラリアらしい土産物を見て回るのは好きだ。
とはいえ、一般的に空港の店は高いので、実際にはあまり買い物をしない。
TimTamなんて倍以上する。
蜂蜜を買ってみた。
自宅用に安くて沢山入っているバケツの蜂蜜と、土産用にコンビタ社のマヌカハニー。
マヌカハニーはオーストラリア産ではなくニュージーランド産なのだが、マヌカの花から集めた貴重な蜂蜜でUMF(Unique
Manuka Factor)という特殊な抗菌作用を持ち、ヘリコバクター、ピロリ菌、ブドウ球菌などに強い効き目があるという。外傷、火傷、潰瘍の治療に使われるというので買ってみた。
ちなみにマヌカハニーは美味しいと教えてくれたのは
おーとさんで、ケアンズ空港で安く購入できると教えてくれたのは
なかのさんだ。
ジュリークの化粧品も買いたかったが、空港で買うと高いかもしれないと思って踏ん切りがつかなかった。
私たちの乗る機は12時10分には発つはずだったが、どうも遅れているらしく11時半を過ぎてもいっこうに搭乗案内が入らない。
カナとレナはさっき買ったばかりのスワンプリンセスの双六を出して遊んでいる。
人形は細かいので開けない方がいいと私は言ったのだがどうしても聞かない。機内にも持って乗りたいと言う。
「ママはこんなに小さい人形を機内で出したら、間違いなく下に落とすと思う。いい? 自分がどんなにしっかりと管理していても、飛行機の中では揺れたりしてどうにもならないことがあるんだよ。そして一度座席の下に落としたら、二度と拾えないと思って。他の人の席の下などに転がっていって絶対に見つからないからね。
だから仕舞っておきなさい。持って乗ってはいけません」
「嫌だ。持って乗る。無くなってもいい」
「無くなってもママやパパは探さないよ。狭い機内では探せないから。もう一度言うよ。絶対持って乗らない方がいい」
「無くなったら諦めるから持って乗る。パパはいいって言った」
どうしてこんなに聞かないんだろう。
無くなるわけがないと思っているのが判る。でもママは無くなる確率の方が高いと思っている。予測できるトラブルは事前に回避したいのに・・・。
12時少し前。ようやくQF167便の搭乗案内が入った。
もしかしたらノーザンテリトリーからキャンピングカーで移動してきた
イルカさん一家も同じ飛行機かもしれないと思ってきょろきょろ辺りを見回したが、それらしい家族は見つけられなかった。
後から聞いたらイルカさんも同様に私たちを捜して下さったが見つけられなかったとのこと。
何のことはない、便が違った。
実は同日のケアンズ-成田便でも、もう一本遅い飛行機だった。
私たちの座席はうんざりすることに、また行きとまったく同じ場所だった。
帰りの飛行機の中のことはあまり思い出したくない。
嫌なこと続きだったからだ。
とにかく席が最悪。
右側の最後尾で、最後尾ということは、食事は遅いしリクライニングができない。
もう、同じ料金を払って乗ったとは思えない待遇なのだ。
ゴールデンウィーク最終日だから当然席は満席。移動できるわけもない。
子供連れも多い。この点はホッとした。
私たちの隣には、この日には珍しいオージーの子連れが乗っていて、長い金髪のお母さんはぐずる子供の世話に四苦八苦していた。
パパが見かねて「鶴を折れる?」
とりあえず手元のレシートでちゃっちゃと鶴を折って渡した。
金髪のママはありがとうと受け取って、鶴で子供をあやし始めた。
少しでも役に立てればいいけど。
飛行機が飛び立つと、傾いた眼下に緑の半島と珊瑚礁の海。
思えばもう何回もケアンズ-成田線に乗っているのに、一度も左側の席になったことがない。
いつも海側の右側だ。
今日はあまり天気が良くないので、海の色ももうひとつ冴えない。
それでもグリーン島、アーリントンリーフ、ミコマスリーフ・・・次々と窓の下にエメラルドグリーンの珊瑚礁があらわれては消えていく。
ぽつぽつとリボン状のリーフがまばらになり、ついには海上が濃淡のない青一色になると、ああ、これで完全にケアンズから離れてしまったと思った。
あとはひたすら海また海。
キッズ用アメニティは帰路もよく判らないキャラクターだった。
往路でもらったThe Wigglesグッズも馴染みが無くてよく判らなかったが、今回のDogs
Lifeも知らない。
でも絵柄はなかなか可愛い。絵を描いたり消したりできるシートがついていたので、レナは早速これで遊び始めた。
キッズミールもまあまあすぐに出てきて、不自由しなかった。
眠かった往路と違い、子供たちも今度は食べた。
問題は大人の食事だった。
前方の席からゆっくりゆっくり配られる。
今回は一番後ろの席にいたパパだけ先に配ってもらえた往路と違い、イレギュラーは無くただひたすら前から配り始めた。
しかもやっぱり右側が最後なのだ。左側も真ん中もとっくに配り終えている。
お腹は空くし、前方もサイドも既にかちゃかちゃと食事の音が響いていて惨めなことこの上ない。
今回のメニューはビーフが洋風、チキンが和風だった。
当然ビーフを頼むつもりだった。和風の食事なんて日本に帰ればいくらでも食べられる。ほんのちょっとでもオーストラリアらしいものが食べたかった。
ようやく私たちのすぐ前の席で「ビーフ? チキン?」と聞いている声が聞こえてきた。
あと少しだ。
そして・・・
今回も私は何も聞かれないまま、いきなりぽんとトレイが置かれた。
「ビーフ?」
「ノー」
「ビーフは?」
終わっちゃったというようにスチュワードは肩をすくめて見せた。
うそっ。
大ショック。
だって私たちのひとつ前の席まではあったよ。
行きも帰りも希望を聞いてもらえなかったのは私だけ?
酷いじゃない。
「飲み物は?」
「白ワイン」
「ノー」
思わず顔を見上げた私にスチュワードは
「ジョーク、ジョーク」と白ワインを差し出した。
そんなつまんないジョーク、全然笑えないよー。
思わず落涙した私を見て、パパはばかじゃないと呆れた。
だってさ、こんなのあんまりだよ。
そりゃメニューは希望に添えないこともありますとあるけど、さんざん待たせたあげく、行きも帰りもこの仕打ち?
おまけに最後尾はリクライニングできないので、リクライニングしない子供たちを並べて座らせ、大人はもう一つ前の席に陣取ったのに、窓側の席はいくら押してもリクライニング装置が壊れているらしく席は倒せなかった。
もう二度とカンタスなんて乗ってやるか。
少なくとも絶対最後尾は嫌だ。
座席リクエストができればね、とパパはつまらなそうに言った。
チケットはパパの会社の福利厚生費の関係で、指定された旅行会社を通じて手配した。
悔しい。
来年は何が何でも座席に拘ってやる。
もうこんなに惨めな思いをするのは嫌だ。
やけになったのでやけ酒を飲むことにした。
食事につけてもらった白ワインをがぶがぶ飲んで、後ろのギャレーにお代わりをもらいに行った。カンタスはエコノミーでも飲み放題だ。
「白ワインちょうだい」
スチュワードが冷蔵庫を開けてワインの瓶を渡してくれた。
そのとき後ろを振り向いて客室乗務員用に別に取ってある食事のトレイを見つけてしまった。
ビーフだ。
ちぇっ。お客さんの希望より自分たちの希望が優先なんだ・・・と思うと益々やりきれない気分。
そして、高い山の上や飛行機の中では気圧の関係で酔いやすいということを忘れて、一気にがぶがぶ飲んだらすっかり酔いが回ってしまった。
うう。
気持ち悪い。
途中、アイスクリーム・バーが配られたり、軽食が配られたりして、だんだん日本が近づいてきた。
映画も派手なものを期待していたが、地味なストーリー二本と、さらに途中で子供たちに邪魔されてほとんど楽しめなかった。
突然カナがぐずぐずと言い始めた。
機内で退屈しないように日本からゲームブックや塗り絵セットなど沢山持ってきたが、最後は結局買ったばかりのスワンプリンセスで遊んでいて、案の定ぽろりと落としたらしい。
だから言ったのに。
カナは「探さなくていい」とか言いながらぐすぐすべそをかいている。
探さなくていいって言われたって結局大人が探す羽目になるのだ。
こうなることが判っていたから、あれほどママが乗る前に仕舞っておきなさいと言ったじゃない。少しはママの言うことを聞きなさい。
通路に立ってごそごそやっている私たちを見かねて、通りがかったスチュワードが座席のシートをバリバリと剥がしてくれた。
小さなオデット姫の人形は、シートの下に挟まっていた。
さっきの一件でちょっとカンタスの乗務員を見直したところだが、機内のトラブルはまだ続いた。
天候が不安定だからか、機体はよく揺れた。
ついにはシートベルト着用のサインが付き、笑えないほどがくがくと振動が伝わるようになってきた。
カンタスは事故を起こさないことでも有名だし、まあ大事には至らないだろうと私は楽天的に構えていたが、あまりに激しい揺れにパパは真っ青になっていた。
いや、飛行機が落ちるとかそういうのじゃなくって。
乗り物酔いしそうでやばいらしい。
「大丈夫?」
「あんまり」
後ろにはもっと大丈夫じゃないのがいた。
「ママ、気持ち悪い、吐きそう・・・」
レ、レナ、吐くのは待て。
ったって、飛行機が止まってくれるわけじゃない。
えーと確かどこかに袋があったはず・・・とごそごそ探しているうちに「もう我慢できない」とレナは嘔吐してしまった。
あーあ・・・。
パパがすかさず乗務員を呼ぶベルを押した。
乗務員が来るより早く、さっき折り鶴をあげた臨席のオージー・ママがウェットティッシュを二、三枚出してくれた。
「サンキュ」
「ノー・ワァリーズ」
さっきのお礼だったのかも。
乗務員もペーパータオルを持ってきてくれたので、軽くふいた後、レナは着替えさせた。
まさか飛行機で乗り物酔いするとは思わなかった。
まだトラブルは続いた。
次は自分が当事者になってしまった。
まもなく成田だということで、機体がゆっくりと降下を始めると、あっ、やばいかも、耳に何かつんときた。
私は右耳が聞こえない。
生まれつきではなく幼少時に中耳炎を患いそれ以来聞こえない。
耳は二つあるので、日常生活には不自由は無い。
聞こえない右耳の分は全て左耳がカバーしている。
ただ、それでも少しは不便を感じることがある。
どうしてもざわついた場所で自分に向けられた言葉を正確に聞き取るのは難しいし、聞こえない方の耳の側から話しかけられても返事ができないことが多い。
もうひとつ困ったことは耳抜きができないことだ。
これまで三度ほど体験ダイビングをしたが、いくら教えられたとおりにトライしても耳抜きというものができない。
通常鼻をつまんで「ふんっ」と耳から息を抜くと、人間の体は気圧調整ができるはずなのだが、どうしても耳から空気が抜けず、気圧を自由に調節することができない。
仕方がないのでダイビング中は、こまめに唾液を飲み込んでしのいでいた。
そのせいか、過去一度、降下する機内で猛烈な耳の痛みに襲われたことがある。
あれはヒューストンに降りるコンチネンタル機だった。
風邪も引いていないし体調も良かった。
何が原因で気圧調整にしくじったのか判らない。ただ、たぶん私の右耳に関係あるんだろうなと思っていた。
今回久しぶりにそれが来た。
やばいと思い急いで鞄からキャンディを取り出して口に放り込んだ。
ずきずきと痛み出した鼓膜は、やがて耐えきれない苦痛になった。
うぎゃ~っ。
思わず前の座席の背もたれに手をつき、頭を低く下げた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
レナの嘔吐から、カナと席を交替していた私はパパの後ろに座っていた。
「パ、パパ、耳が・・・耳が痛い」
どうしようもないことは判っていた。とにかく耐えるしかない。
ただ、こんなにも痛いんだと言うことをとりあえず判ってほしくてパパに声を掛けた。
私を振り返ったパパは、またもや乗務員の呼び出しボタンを押した。
するとすぐにスチュワードが二人やってきて、私にジェリービーンズの袋を寄越した。
「これを噛むと楽になるから」
もうキャンディーなめてるし、今更ジェリービーンズごときで痛みが治まるとも思えなかったが、少しでも緩和できればと思い指示に従った。
うう、でも全然効かないよ。
よく離陸や着陸時に子供が痛がるといけないから飴を用意しろと聞くけれど、はっきり言って本当にその状況になったら飴やガムなんて気休めにもなりゃしない。
まったく効果ないじゃん。
スチュワードは諦めなかった。
今度は何かディスポーザブル・お手拭きの小さいのみたいな紙パックを持ってきた。
それをびりっと破いて私に吸入するよう教えてくれる。
スーッと頭のシンまで清涼感のある香りが染み渡った。
ユーカリオイルだった。
ユーカリオイルをしみこませた紙をカンタスでは常備しているのだ。
流石はユーカリの国、オーストラリア。
今度こそ楽になった。
まあ、降下速度が落ちて単に耳が楽になったというのもあるかもしれないが。
親身になっていろいろしてくれた乗務員たちに感謝。
さっきまでは二度とカンタスに乗るものかと思っていたけど、やっぱりカンタス、そんなに悪くないかもしれないと思い直した。
そして夕暮れの成田に到着。
旅の終わり。
夢の終わり。
今回の旅は、虹に始まり虹に終わる旅だった。
疲れ切った顔の子供たちに一つだけ聞いてみた。
「またオーストラリアに行きたい人」
「ハーイ!!」
手を挙げた二人の顔は最高の笑顔。
その笑顔を切り取って、旅のアルバムの最後を飾りたい。
長くなるとは思ったけど、やっぱり果てしなく長くなっちゃった。
最後まで読んでくれてありがとう。
私たちは来年もまた、オーストラリアに行くつもり。
あなたはどう?
おしまい