子連れ家族のための温泉ポイント
- 温度★★☆☆☆ 泉質★★★☆☆ 湯温は少し熱め、泉質はアトピーに効果あり
- 設備★★★☆☆ 雰囲気★☆☆☆☆ 薬湯は貸切制なので家族で使いやすいが、お湯の熱さや浴室の構造はあまり小さい子供向きではない
子連れ家族のための温泉ポイント
2006年のレポートの後ろに2023年のレポートを追加する。まずは2006年から。
「これ、なんなんですか?」
手にしたスプレーのボトルをまじまじと見つめて思わず聞いていた。
「これはホテル瀧嶋の源泉をそのままボトルに詰めたものです。瀧嶋のご主人が暇を見てはこつこつ詰めて、こうして希望する人に配布してくれるんです。私はこの源泉を化粧品会社にも送ってみたことがあるんですけど、まるでなしのつぶてでしたね」
教えてくれたのは鳴子温泉案内人 屋代さん。
手の甲にシューッとひと吹き。
それからこする。
みるみるうちに液体が乾いた肌に吸収されていくのが判る。
「えっ、えっ?」
そしてしっとりしてなんともなめらかな手触りになる。
吸収の仕方がまるで普通の水と違う。完全に乾くと今度はさらさらしてきた。
「それじゃあその瀧嶋に行ってみましょう」
国民宿舎(民営)のホテル瀧嶋は四角張った無粋な鉄筋コンクリートの建物が長年雨風に晒されて薄黒くなった感じで、先ほどのスプレーを体感していなかったらあまり気乗りがしないところだ。
新しく綺麗な宿とはもちろん違うし、古くて正直オンボロでそれでもいい味の出ている木造宿とも違う、本当に風情のない鄙び方だったから。
でも中に入ると優しそうな女将さんがスリッパを準備してくれた。なまじ旅館ではなくてホテルなので、どこでスリッパに履き替えて、どこに靴を置いておいたら良いか惑う。三和土の部分が無くオールフラットなので。
とにかくスリッパの箱がある目立たない片隅に靴を置かせてもらった。
「ホテル瀧嶋と言えば薬湯に入って頂かなくてはなりません。でももしかしたら少しお待ちいただくかも・・・何しろ貸し切り浴室ですから、先客がいたら入れないのです」
そう言いながら屋代さんは殺風景な廊下を通り、奥の非常階段のような場所を覗き込んだ。
そして満面の笑みで、「あななたちはラッキーだ。今なら誰もいません」と、階段の手すりに引っかけてある札をひっくり返して、使用中にした。
階段は狭く見通しが悪く途中で折れていて、何だか地の底に向かっているような妙な気がした。
脱衣所のドアを開けると思わずむせそうになった。
まるでサウナのドアでも間違って開けてしまったかのようだ。
猛烈な熱気が浴室の方から流れてくる。
浴室は何だか不思議な作りで、浴槽の縁や壁は味気ないコンクリートっぽいのに、壁の一面だけ丸っこい岩を積み上げたようになっていて、その湯面近く中央に唐突に蛇口がついている。そして岩の壁の上部がぽっかりとU字型に開いていて、その向こうにもう一部屋隠されているような感じだった。
「あの岩の向こうで源泉が湧いています。ここは本当に源泉のすぐ隣なのです」と屋代さんが教えてくれた。
「誰か入ってこないように念のため私がさっきの札の所で番をしていますから、どうぞ遠慮なく入ってきて下さい」
それは申し訳ないなぁと思いながらも、もう心はさっきの天然極上化粧水である源泉に入れるかと思ってわくわくどきどきしている。
しかし早く服を脱いでしまわないと、セーターを着たままミストサウナに入ったようなすごい有様になってしまいそう。辺りに漂っている湯気は、熱く濃厚だ。
それでは早速と逸る心を抑えて中に入ると、何とも形容しがたい臭い。ちょっと汚水のような熟しすぎた柿のような。湯気が臭うのか浴室が臭うのかよく判らない。
それよりも吃驚したのは浴室のちょうど大人が立って首から上ぐらいに不気味な湯気の層ができていること。
この強烈なもわもわがさっき脱衣所をミストサウナ化させた原因らしい。
別に吸い込んでも硫化水素のような危険な臭いはしない。熱い水蒸気の中に首を突っ込んだみたいでただひたすら息苦しくなるだけだ。
「あちっ」
上からぽたりと雫が垂れてきて、それが猛烈に熱かった。
なんで~? 風呂場で天井から垂れる雫は冷たいと相場が決まっているものじゃない。ドリフターズの歌でもつめてぇなって言ってたじゃない。
雫が熱かったのでお湯も相当熱いのを覚悟して入ったが、意外とそれほどでもなかった。蛇口からたらたらと源泉が出ていて、その近くに寄ると流石に表面がかなり熱い。
そうっと岩の向こう側をのぞこうとしたが、熱湯が怖くてあまり近づけなかった。
湯気はあの向こうから出てくるのだ。だから人が入れる温度の浴槽から立ち上る湯気なんかと比較にならないぐらい濃密で量も多い。空気の流れのある窓の高さより上に、不気味な層ができるわけだ。
おまけにこの湯気、源泉から直に作られているから天井の雫までも熱いのだ。何となく蒸留酒になった気分。
それにしても化粧水の中にまるごと体を入れているようなこんな贅沢を味わって良いのだろうか。
ぐんぐん皮膚が源泉を吸収していくような気がする。お湯そのものは湯気と違ってさほど臭わず僅かに油っぽい臭いを感じる程度だった。
湯上がりはもっちり。何だか一皮むけたみたいだ。
浴室全体の熱気と相まって、猛烈に温まりとても長湯なんてできない。
おまけに天井からは時々雫に爆撃される。いい気持ちになっているところに予期せぬ熱湯が降ってくるのはなかなか厳しい。
鳴子温泉では隣り合わせで白と緑の湯が湧いているだけじゃなく、隣接する多くの温泉がそれぞれ個性的な源泉を持っている。いくつか温泉郷と名の付くところを回ったことのある人なら、ここまでバリエーション豊かなお湯が狭い範囲に固まっていることがどんなに凄いことか判るだろう。
そんな中でも、一番のお気に入りになったのが実はここのホテル瀧嶋薬湯だった。
決して派手なお湯ではないが、本当のところ内緒にしておきたいぐらいだ。
ホテル瀧嶋は湯けむりの町鳴子温泉案内人 屋代さんに案内していただきました。
ここから2023年のレポート。この時は一人で来た。
玄関前にパイプ椅子を置いてご主人が座っている。入る人はみな、「初めて?」と聞かれるらしい。一般ピープルは猛烈に入りにくいな、こりゃ。
で、素直に17年前に薬湯だけ入ったから、今度は女湯に入ってみたいと答えると、薬湯でいいじゃない、女湯は入らなくていいよと言い出す。女湯の方がメタケイ酸が多いのに、薬湯の方が短時間で効くと評判だと。
でもどうしても入り比べてみたいからと言い切って、両方入らせてもらうことにした。
玄関から館内までフラットなのにスリッパに履き替えて、スリッパ前に靴を置いておくシステムも17年前と変わっていない。
女湯は地下一階、薬湯は地下二階。混浴の薬湯には先客がいたので、先に女湯に行くことにした。女湯浴室は熱い湯気が充満。においを嗅ぐと17年前の記憶がよみがえる。確かにたきしまのにおいだ。まず水道の水をがぶ飲みして戦闘準備に入る。
お湯が熱かったので測ると51.1度もありやがった。いくらなんでも煮えたぎりすぎ。で、やむなく水を入れると浴槽の全方向から熱湯があふれてくる。ヤバいヤバい。51度の熱湯で、あちあちとつま先立ちになってマンガみたいなことに。
なかなか温度が下がらず、加水しつつ湯かき棒でめったやたらとかき回す。女湯は前菜のはずが、既に湯気だけで攻撃を受けてお腹いっぱい。
においは例えるならば浴室全体のミストからは植物の青臭さが発酵したような。液体のお湯自体からは薬っぽいにおいが。肌触りはとてもすべすべする。が、しかし熱い。空気も熱いから逃げ場がない。汗だくで服を着るのも嫌。
女湯から上がると薬湯が空いていたのでさらに地下へ。ラスボスだぞおい。
狭い脱衣所で、汗でくっつく服を脱ぐのも難儀。
記憶にある通りの浴室。石を積み上げたような浴槽横の壁の上部が開いていて、隣で湧く源泉からの湯気が上空に層になっている。このミストが濃くて、立っていると呼吸も苦しく、たまにポタリと熱い水滴が落ちてこようものなら。
ただし浴槽の温度はさっきまで入っていた人がいるんだから、せめて50度以上ということはなかろう。女湯の二の舞は嫌じゃ。
幸い45度ぐらいだった。おかげで普通に入れた。先客グッジョブ。浴室のにおいは女湯と同じ。お湯のにおいも同じ。すべすべして強力に肌に浸透してくる。
女湯と薬湯の連チャンは無謀だったか。もう倒れる。湯船から出て浴室内のカランをひねる。最初はぬるま湯しか出てこなかったが、しだいに冷たくなってきた。これを掛け、被り、飲み、また湯船に入る。なんたる苦行。
湯上がりも蒸気が責める。脱衣所も狭く暑く空気が動かない。ほうほうのていで体を拭き、服を着て地上へ逃げ帰る。館内の自販機でクリームソーダ缶を買って一気飲み。いいいいい生き返った。私は生還したぞ。
さっきは無人だった受付に若女将がいて、女湯は入る人がいないと熱くなるからねぇと言う。蒸気が自律神経を整えて、ストレスに良いのだと。外にいたご主人に負けず劣らず圧が強い。圧に負けて「OKちゃん」なる全身洗浄剤をつい購入してしまった。
それにしてもよくぞ生還した。やっぱりたきしまがナンバー1!