子連れ家族のための温泉ポイント
- 温度★★★☆☆ 泉質★★★★★ お湯の温度はぬるめの浴槽あり
- 設備★★★★★ 雰囲気★★★★★ 大浴場にベビーベッドあり。宿泊者には貸切風呂も複数あり
子連れ家族のための温泉ポイント
もしあなたが箱根の温泉に泊まりに行くとして、どうやって宿を選ぶだろうか。
値段か、料理か、温泉か、それともテレビか雑誌で見たことのある宿をなんとなく選んだりするだろうか。
私が箱根の老舗旅館きのくにやを訪ねたのは紅葉も深まる秋の11月だった。
麓ではしとしとと大人しげに降っていたはずが、気が付くとバラバラと激しく傘を叩くあいにくの雨が足元をぬらし、山道を登ってきたバスを降りると、少しでも早く乾いた部屋でくつろぎたいとそんな風に思う日だった。
玄関で靴を脱ぎ、折り畳み傘をしまう袋をいただき、すぐに部屋に案内してもらう。
通されたのは本館の最奥、吉昇亭。昭和初期の建築だ。
かなり年季が入っているが、それが好きな人には落ち着けるレトロな佇まい。
部屋からも小さな庭園と色づいた紅葉が楽しめる。
約300年の歴史を誇るきのくにやの自慢は、何と言っても温泉。
箱根にあって温泉なんて当然過ぎて今更と言うなかれ。
芦の湯は江戸時代から名高い箱根七湯のひとつであり、高所にあってアクセスが容易でなかったにも関わらず湯治客がひっきりなしに訪れ、当時の温泉番付でも前頭筆頭と箱根の温泉の中では群を抜いていたそうだ。
交通機関が発達し多くの観光客が訪れる現在では、箱根十七湯などとずいぶん数が増えているが、個性の異なる自家源泉を持ち、極上掛け流しでそれを楽しめる宿はそうは無い。
お風呂も趣向を凝らしてあり、日帰りでも利用できる大浴場が内風呂・露天風呂が湯香殿と貴賓殿のそれぞれ二セット。
宿泊者限定だが貸切風呂が本館に併設された鶴亀の湯の他、離れになっている正徳の湯、枯淡の湯など。
きのくにやでは一応5種類の源泉を使っていることになっているが、大きく分けると温度はどちらかというとぬるめで自然湧泉の白濁硫黄泉(必要に応じて加熱)と、ほぼ無色透明で湯の花沢から1キロほど引き湯した高温の弱アルカリ性揚湯泉の二種類に分かれる。
湯香殿の内湯、露天風呂、貴賓殿の内湯、貸切の枯淡の湯は綺麗に白濁した硫黄泉。
貴賓殿の露天風呂、貸切の鶴亀の湯は透明な揚湯泉。
そして最も贅沢な使い方をしているのが貸切の正徳の湯。以前はこの正徳の湯は、温度を適温にするために源泉をミックスさせて使っていたそうだが、現在は二つある湯船のそれぞれに個性の違う二種類を単独でそそぎ、個性際立つ湯を両方楽しめるようになっている。
宿に到着して最初に入ったのは大浴場 湯香殿の露天風呂。
正直なところこちらの内湯はそれほどパワーを感じなかったが、露天風呂は素晴らしかった。
マッチを擦ったような山の温泉のにおいも強く、綺麗な乳白色の湯の中には白い湯の花がゆらゆらと揺れる。
すべすべとした肌触りはしみいるようで、旅の疲れが溶けていくようだ。
男湯は屋根がなくこの日に入るのは厳しかったようだが、女湯は屋根の下、激しく打ち付ける雨音を聞きながら、いつまでも女同士のおしゃべりに花を咲かせていることができた。
はるばると訪ねることができてよかった。そんな風に思える一浴だ。
夜に訪ねたのはもう一つの大浴場。別館の遊仙観の貴賓殿。
本館とは通路で繋がっているので雨でも大儀無い。
こちらの内湯は五本の湯口のうち三つしか使われていないが、右から二本目だけはごくぬるい湯が出ている。
実はこれが非加熱源泉。手で触れるとひんやりと感じるぐらいだ。
貴賓殿のもう一つの特徴は、露天風呂で無色透明な湯にも入れること。
パイプからはぬるい湯が出ていたが、湯中に熱い湯が出ている箇所があるので注意。きしつくようなすべるような感触で、肌はふっくらすべすべになる。
夜には貸切の亀の湯にも入らせてもらった。二人も入ればいっぱいの地味な浴室だが、ぬるめに掛け流された弱アルカリ性の揚湯泉は後を引く。
最も出たくない、このままずっと入っていたいと思うような湯だ。
きのくにやの夕食も素晴らしかった。
目にも美しく、味も楽しめた。吉昇亭の食事は夜は食事処、朝はビュッフェ式となる。
私は部屋食はあまり好きでないし、朝は洋食が食べたい派なのでありがたい。
さて、ここまで温泉を中心に自分の見たきのくにやを紹介してきたが、夜には館内メンテナンスが高じてリサイクル業も営み、趣味でバンドも組まれるという、アクティブなきのくにやのご主人とお話しする機会も得られた。
今回の旅行はいつもの家族旅行ではなく、一郷一会という温泉好きのグループでの旅行であり、宿を手配して下さったやませみさんをはじめそうそうたるメンバーの集まりだったため私など末席にちょこんと座っていただけなのだが、大変面白く興味深いお話をいくつもうかがうことができた。
私は箱根は東京から日帰り圏内で知名度も高く、全国の多くの温泉地が将来への不安を抱える中、前途は洋々たるものと思っていた。
しかし長く続く不況から多くの企業は箱根に持っていた保養所を手放し、それらが次々と居抜き出店されて供給過多になっている現在、箱根ならではの特殊事情などもあって、この先昔の名前に胡坐をかいて生き残れるほど甘くはない業界であると教えてもらった。
また、多くの宿泊客がネットの予約サイトから評価ポイントなどを参考に宿泊を決めるようになってきたが、よりよく改善してもその結果が反映されるまでに時間がかかることがネックになることもあるという。
源泉の配管を変えて浴槽の湯遣いを良くしたり、屋根のメンテナンスをしたり、全て自分がやっているんですよと苦笑いするご主人。
ここまでやる館主はそんなにいないでしょうと熱く語られる。
自分でやるから宿のことが判る。自分でやるから自信を持って勧められる。
ちょうど今、映画上映のタイミングで箱根はエヴァンゲリヲンにわいている。箱根湯本駅前にも「えう゛ぁ屋」というショップがある。
「実はね、エヴァンゲリヲンに出てくる舞台のひとつ、二子山の地主は自分なんですよ」こんな話も飛び出す。
この宿には伝統と良質な源泉という昔から培われてきた財産があるのみならず、ご主人の前向きなアイデアとそれを実行していくバイタリティーがある。これがきのくにやの強みだ。
古く良いものは残しつつ常に前進しているので、あなたも訪ねてみればネットで得ていた以上の収穫があるかもしれない。
チェックアウト時にはご主人自慢の美人姉妹がフロントで見送ってくれた。
そうそう、きのくにや最上級の源泉が楽しめる貸切正徳の湯の感想がまだだった。
これはぜひ、読んだあなたが入って確かめてほしい。
宿泊して予約しないと入れない浴室だが、二種類の極上湯を独占する幸せは入ってからのお楽しみ。