子連れ家族のための温泉ポイント
- 温度★★☆☆☆ 泉質★☆☆☆☆ お湯はかなり熱め、あまり子供向けとは言い難い
- 設備★☆☆☆☆ 雰囲気★★★★★ 脱衣所にはベビーベッドなど無い
子連れ家族のための温泉ポイント
私は浴槽の縁に頭を乗せて天井を見ていた。
日進館は朝の光に照らされている。
黒ずんだ木の天井は何かを語りかけてくるような気がした。
乳白色のお湯は肌を通して体の中まで染み渡り、血を巡らせ五臓六腑を整え私の一部になった。
まもなくここはここでなくなってしまう。
多くの人が癒され希望を繋いだ日進館は、使われている源泉もろとももうじき姿を消してしまう。
残念だという以外にどんな言葉を並べれば良いのか。
でも今はしばしこうして誰もいない湯船を独占している幸運をかみしめていよう。
きっともう、このお湯とは会えないから。
日進館というのは現存する万座温泉の温泉宿の中でも最も古い旅館の名前で、いわゆる万座温泉ホテル(紛らわしいようだが、現在の名称はホテル名が万座温泉日進舘)の一部なのだが、今は一部の浴室のみが残っているだけだ。
以前はここに様々なお風呂が揃っていて、中でも苦湯は名湯中の名湯とうたわれ多くのファンがいたようだ。
しかし2001年の鉄砲水により大きな被害を被り、今は鉄湯とラジウム湯の二つだけが男女日替わり浴室として残されている。
そして2007年12月。
最後に残されたこのわずか二つの浴室も消えようとしている。
鉄湯は万座のお湯にしては不思議とマイルドな肌辺りだった。
あまり熱さは感じない。
肌が硫黄泉のすべすべというより、もっとぬるつく感じに近い。白濁は細かく均一で白い粉を入れてかき回したようだ。味は苦味が強い。
万座温泉の他のお風呂に入ると、鉄湯の穏やかさがよく判る。
対するラジウム湯は青みがかった薄濁りで、思ったより透明に近い。
臭いも白濁した硫黄泉の割には硫黄の臭いは薄く、むしろ酸っぱそうな臭いの方が強く感じる。
肌触りは強いきしつき。
染み通りながらも肩に重いものが乗るような酸性泉独特の入浴感がある。
ここで出会った常連さんは、往年の苦湯無き今、万座温泉の中でもこのラジウム湯が最も効くと言っていた。ラジウム湯に入ると体が軽く動くようになるので、毎年長逗留しているのだと教えてくれた。
今、万座温泉ホテルでは日進館湯房という新館を建設している。
日進館湯房の完成と共に現在の日進館は取り壊されることとなっている。
この風情ある木造の建物のみならず、単独源泉である鉄湯とラジウム湯も利用できなくなる。
そして現在の日進館跡地は更地にされ、国有地となることが決められている。
2001年の豪雨による鉄砲水で日進館は大変な痛手を受けた。
当時は苦湯の他、滝湯、真湯などもここにあったようだし、鉄湯やラジウム湯も男女別だったようだから、今よりかなり大きな建物だったと思われる。それだけでなく、当時の写真を見る限りでは、ゆけむり荘寄りに宿泊棟のような建物も見える。
日進館が災害に見舞われた後、万座温泉ホテルとしては再建を希望したと思う。
それを妨げたのは国立公園法だったようだ。この地区は国立公園内として建設関係は様々な規制が行われている。
今回、現在の日進館の土地を国有地として国に譲り渡す代わりに、高台に新館である日進館湯房の建設地を得たという話を総合して考えると、秋田県泥湯の例もあり硫化水素ガス危険エリア内の民間施設を排除したい国と、客室数を増加させ収容人数を増やして利益を上げたいとするホテルの利害が一致したということなのではないだろうか。
もちろんこれは単なる個人の推測。
何も根拠はない。
もしかしたら国は硫化水素ガスの危険性など何も考慮していないのかもしれないし、ホテルも日進館再建が不可能ならせめて新館をという苦渋の決断なのかもしれない。
ただ判っているのは、今の日進館と今の鉄湯、ラジウム湯には、もう2007年の12月までしか会えないということだけだ。
窓の外に広がる景色。湯畑の近くは植物の姿は無く、岩肌は白っぽく染め上げられていた。
この景色もまもなく見納めだ。
そう思って見つめていると風に雲が流されてきて、みるみる辺りは白一色に塗りつぶされてしまった。
あとには静寂ばかり。