たまたま入ったその店は、三宝という名前だった。どこなく響きが仏教用語っぽい。
店の中は狭かったが、それでも外から見たよりは広く思えた。
カウンター席の他に、奥の方に畳の座席がある。お客は誰もいなかった。世の中の酸いも甘いも全部知ってるわよと言わんばかりの女将さんが一人で店番をしていた。
「二人だけどいいですか?」と夫が聞くと、どうぞとカウンター席を指す。
小さな椅子に腰を下ろして飲み物を注文する。
突き出しに二色のサラダをちょいちょいと盛ってくれたのだが、その手つきに思わず見とれてしまう。
それからサービスだと言って鮑の煮付けを出してくれた。
これがもう、鮑そのものの美味しさとともにしみじみとした深い味わいがあって本当に幸せな気持ちになる。
女将さんはこの辺はもともと市場・・闇市だったから、変な作りだろうと教えてくれた。
飲み屋横丁というものをよく知っているわけではないが、歩いている時に違和感はあった。
なんというか、もともと別の目的で作られた場所だったような。三宝の向かいにもがらんとした古い建物があって、そこもまるで空き家に住み着くように何軒かの飲み屋が入っていたし。
世間話をして、明日は恐山に行くつもりだと言うと、女将さんは嘘か真かわからない口ぶりで「写真は撮らない方がいいわよ」と言った。「絶対写るからね」
やめてくださいよ~。私、マジで怖がりなんで。