1.
「このホクロは生まれた時からあったものですか?」
突然話しかけられてびっくりした。
羽田空港へ向かう途中。
いつもなら乗らない駅のエレベーター。
今日は大きなスーツケースを引きずっているので利用していた。
僧侶の袈裟をまとった穏やかな風情の禿頭の男性が次女の額を触っていた。
彼女はびっくりして自分のおでこを触る見知らぬ男性を見上げた。
確かに彼女の額にはホクロがある。
「いえ、生まれた時はありませんでした。いつの間にか出てきたんですが」
「そうですか。このホクロは強い運を持っています。人の上に立つ相です。このお嬢さんはしっかり者になりますよ」
エレベーターが開くとどっと客が降りる。
えっ、今のは何だったの?と思う間もなく遠ざかる袈裟姿。
後には不貞腐れた顔の次女。
本当に強運があるのか知らないが、とにかくこれが5日間の北海道旅行の始まり。
初日 2010年7月18日(日) |
今年の2月に長女の中学受験を終えて旅行再開。
今までよりも格段に忙しくなった日常の間を抜けて、何とか春休みに
野沢温泉へスキー旅行、GWに
富士山ふもとっぱらへキャンプ旅行を決行してきた。
しかし来年は今度は次女の受験が迫る。
大きな旅行予定を立てるなら今年の夏休みしかないかもしれない。
パパは去年使えなかった分、ANAのマイルが貯まっているという。
家族4人で
沖縄旅行に行かれるぐらい。
だが沖縄本島、特に北部−名護周辺は行き尽くした感がある。
もちろん本島北部でもまだまだ通な見どころはあるし、南部に至ってはほとんど知らないのでこちらを中心に回る手もある。
・・・が、沖縄本島を諦める決定打となったのは、愛用していた名護のウィークリーマンションの公式サイトが消えていたことだった。
まあゴルフ場のリゾートホテルが何かのついでに1室だけ運用している風だったので、いつなんどき無くならないでもないとは常々思っていた。
3度も立て続けに夏の沖縄を訪問したのも、あの名護のアコモが気に入っていたからこそ。
だからこれで沖縄本島に拘る理由は何も無くなった。
沖縄本島を完全に諦める前から、私は石垣島あるいは北海道はどうだろうと、つらつらと考えていた。
石垣島は家族全員未踏だし、北海道は何度か行ってはいるものの最近ご無沙汰だ。
何より北海道は広い。
まだまだ知らないところ、行っていないところ、見ていないところが沢山。
さて、初めてマイレージを使って沖縄本島に行った時も、最初はもっと遠い石垣島を検討した。
しかし諦めた理由はただ一つ。
日に何便も飛んでいる沖縄本島那覇行きと比較して、石垣島直行便は1日一本限りだったからだ。
夏休みの希望日に無料航空券を取るのはなかなか難儀で、運にも左右される。
だから最初からリスクの高い石垣島は回避して、取れなければ別の便がある沖縄本島でマイルチケット争奪戦に参加した。
今回はあえてそのリスクをおかしても石垣島を狙うか。
いざ、勝負!!
・・・しかし勝負日はあえなくそのまま過ぎてしまった。
つまり、考えていた夏休み初旬の無料チケット予約が開始される日に争奪戦に参加せず終わってしまった。
あれれ〜?
今年の夏は沖縄に行くぞーと最初に言い出したのはパパじゃなかったっけ?
気合抜けちゃったかな。
仕切りなおしてっと。
数日後、やっぱり旅行に行こうとようやくANAのウェブサイトを開くと・・・石垣島直行便は存在しなかった。がっくり。
数年前はあったよね?
今は無いのかー。那覇乗継だと片道2便使う計算になるから、必要マイル数が変わってきて無理かも・・・と思ったが、よく読むと沖縄離島路線のマイル計算だけは特殊扱いで、合計して1便扱いにしてもらえるようだ。
ふむふむ。石垣島計画はまだ頓挫してないってことだな。
今度こそ!!
と思ったが、まだ障害があった。
東京−那覇便は1日に何本も飛んでいるのだが、石垣島や宮古島への便が少ない上に、沖縄本島に用事のある人、乗り継ぎで離島向かう人、みーんなが那覇行きに乗るため、そもそも那覇へ向かう段階でもう希望日はまったく取れない状況だった。
北海道も同じかも・・・と思ったものの、気持ちを切り替えて北海道行きの便を探すと・・・まだまだあるある、千歳行き、オホーツク紋別行き、釧路行き・・・結構空いてるじゃん。意外だった。
北海道行きは今からでも取・れ・そ・う。
パパ、北海道どうよどうよ。
猛烈プッシュ。
「・・・うーん、北海道に行くならキャンピングカーをレンタルしてっていうのもいいかもなぁ」
よっしゃー、決まり!
そうと決まれば無料航空券を押さえる前にキャンピングカーを探さなければ。
あては無いのでとりあえずネットで検索検索。
北海道でレンタカーというのはごく一般的な旅行パターンなので、大手とか安い所とかいろいろあると思う。
しかしキャンピングカーとなるとそうはいかなかった。
確かに複数の会社がレンタル業を行っている。
だがそれらの会社はどこも規模が小さいらしく、例えば二台のキャンピングカーの写真が掲載されていれば、その二台しか所有していないとかそんな状態っぽい。
そうなると数も限られるので希望のタイプの有無や料金の安いところを探すなどあまり選択範囲は広く無さそうだ。
検索に引っ掛かったところを片っぱしから検討して、最終的に決めたのは「DRIVE」という捻りも何もない社名のキャンピングカーレンタル会社だった。
レンタル料金はハイシーズン扱いで5日間(132時間)14万2千円。
車はバンテック社製のZiL。
トイレやシャワーも付いていて、最大7人まで寝られる(乗るだけなら9人までOK)。
他のレンタル会社もいろいろ見たが、トイレが付いていなかったり、2人までしか寝られなかったり、そもそも既に希望日の一部が満車になっていたりしたので諦めた。
レンタル会社が決まったら早速本当に希望日が空いているかどうか聞いてみる。
すぐに確認が取れて、OK。
飛行機の予約が完了したらまた連絡する旨伝えていったん電話を切った。
さて、ここで問題になるのは羽田から北海道のどこに飛ぶかということ。
釧路方面に良い飛行機が残っていたのだが、この会社の住所が登別にあるため、オプション料金を払って配車してもらうなら札幌(千歳)の方が都合が良い。
となると・・・。
往路は9時30分羽田発 11時5分新千歳着。
復路は18時30分新千歳発 20時5分羽田着。
こんなものかな。
本当は往路はもっと早く羽田を出て、午前中のうちには北海道での移動を始めたかったが、適当な時刻の便は既に満席だったためやむを得ない。
昼前に北海道入りしキャンピングカーをレンタルしたら、昼食を取って観光開始というところか。
飛行機の予約を終えて、再度レンタカー会社に電話を入れ、両方押さえてこれで基本作業は完了。
キャンピングカーさえあれば宿泊予約はいらない。
事前に宿の手配はしなくて良いし、当日天気を見ながら行き先を決めたっていいんだ。
わくわくしてきた。
私はキャンピングカーの中で寝るのは初めてだよ。
走るおうちで北海道旅行!
すごいや。
7月後半に入っての梅雨明け間近の雨量は半端では無かった。
東京はそれほどでもなかったが、全国各地に土砂崩れや水没騒ぎを起こし鋭い爪跡を残した。
北海道はといえば、国内唯一の梅雨のない場所としてつと有名だが、梅雨という名前がつかないだけでやはりじめじめしたシーズンはある。
つまり、本州の梅雨前線がそのまま北上し、本州が梅雨明けしたころが一番やばい。
それでもって東京の梅雨は昨日で終わり、まさに梅雨明けした晴れた青空の下、私たちは羽田空港に向かっていたわけだ。
これはまずい。
せっかくの楽しい北海道旅行が似非梅雨で台無しにされかねない。
思えば10年近く前に渡道したときもおんなじパターンじゃなかったっけ?
いやぁな予感がする。
何故か乗る予定のANA057便は搭乗口が変更になり、その後またもう一度変更になり、また戻って、結局一度変更した後の場所になった。
バスに乗って機体まで移動するらしい。
出発ロビーに表示された現地の天候は曇り、気温は19度。
9時20分ごろバスに乗る。
パソコンを入れた手荷物が猛烈に重く後悔する。
実は現地で調べ物をしたり掲示板に書き込んだりすることを考えて愛用の15.4型のvaio typeFを機内持ち込みサイズスーツケースに入れて持参したのだが、最後まで開きもしなかった。
まったく無用の長物。
昔ならデジカメ画像も1日ごとにパソコンに落とさないと、メディアの費用も馬鹿にならなかったけど、今ならこの必要もない。
ついでに調べ物も
掲示板書き込みも
ツイッターも全部携帯電話が一台あれば事足りる。バッテリー切れにだけ注意すればいい。
バスから飛行機に乗り換えて、窓際の席に陣取って、さあ北海道に出発。
Gがかかりふわりと浮き、機体は斜めにかしいで眼下には人工的な海岸線が描かれた東京湾。
窓の後方ぎりぎりに完璧なシルエットを持つ富士山まで見えた。
梅雨明け直後の関東平野とはしばらくお別れ。
果たして北海道の空模様は!?
それでも津軽海峡を渡って、札幌上空まで来た頃は空からはっきり地上が見えていた。
長方形のカードをいくつも並べたような広い平地を開拓したいかにも北海道らしい景色が見えてくると、私たちの乗ったANA057便は降下を始めた。
スーッと頭の後ろの血液が下がるような感覚をおぼえると、まもなく新千歳空港。
機体はずぼっと雲の中に突っ込み、後は視界は真っ白。
いやぁな予感。
事前の天気予報では、私たちが滞在する5日間、前半は曇り時々雨、後半は晴れか曇り。
ということは、知床や釧路や富良野といった景色重視、行動重視なところは後半に回した方が良さそうだ。
晴れでも曇りでも小雨でもたいして印象が変わらないと思われる観光地、それは旭山動物園に他ならない。
・・・という単純な思考で、私たちの今日の行き先は旭川方面と決定した。
この選択は後から思うと微妙だった。
もしかしたら南下した方が良かったのかもしれない。
まあこの時点ではそんなことは判らなかった。
とにかくまずはキャンピングカーを借りなければ。
パパがスタスタと空港出口に向かったので、てっきりそのままキャンピングカーのある場所に行くのかと思ったが、それは勘違いも甚だしく、彼は単に機内で我慢していたタバコが一刻も早く吸いたいだけだった。
空港から一歩外に出ると・・・寒い。
酷暑の東京から来た身には気温が低すぎる。
寒さに弱い私は早速長袖の上着を出すと袖を通した。
空は灰色で、それも青空に薄く雲がかかっているような状態ではなく、えらく太陽が遠く感じる分厚い雲が空一面を覆っていた。
おもむろに一服し終えてから、パパはキャンピングカーをレンタルする会社に電話を掛けた。
配車してもらった駐車場の位置を聞いて、今度こそキャンピングカーのもとへ移動だ。
「あれじゃないか?」
パパが指さす駐車場の奥の方にそれらしい車がちらりと見えた。
普通車より背が高いので目立つ。
子供たちが駆け出した。
「あれだあれだー」
近づいてみると、思ったよりも大きい。
まだまだ続く・・・というか、まだ旅行の本体部分に入ってませんね(汗)