0.榛名湖日記アンコール プロローグ
トゥルルルル
トゥルルルルル
電話のベルが鳴った。
「はい、もしもし」
電話は榛名湖の宿の管理人さんの奥さんからだった。
いや、正確に言うと、元管理人の、奥さんからだ。
もう宿の管理の仕事は先月末で終わっているはずだ。
「ねぇ、今月末、榛名湖に来るんでしょ? いつから?」
「…実は明日から」
「良かったわ、もう出発しちゃったかと思った。この前の写真ができたから渡したいと思って。うちに寄って行かない?」
そうなのだ。
明日から四日間、榛名湖で過ごすのだ。
ちょうど一ヶ月前、これがもう最後と榛名湖に出かけたのに、一月後の今、再び榛名湖に向かう日がこようとは。
何から話そう。
何から話したらいいだろう。
私たちと、私たちの榛名湖のこと…。
ちょうど三年前の今頃だったか。
カナが保育園を出て、幼稚園に入ることになった。入園準備やらでばたばたしていて、ゴールデンウィークの予定も何も立てていなかった。
旅好きの我が家といえど、ゴールデンウィークに出かけることはあまり無かった。繁忙期は何かと宿泊費が高くつくので。
ある日、パパが職場からメールしてきた。いい場所があるからちょっと調べてみて。
私たちの今までの行動先は、長野、山梨、福島が多かった。あとは栃木。今にして思うと何故群馬が抜けていたのか不思議でならない。とにかく群馬といえばせいぜい北軽井沢。榛名や赤城といったところはまったく念頭に無かった。
榛名湖?
榛名山の湖?
榛名山というと、関越道から見えるあの粘土を積み上げたようなぼこぼことした山だっけ。
そこって何があるの? 群馬ってどんなところ?
そして着いた宿から見えた眺めは、青い青い静かな湖。
東京からわずか2時間で、こんな別天地が待っていようとは思いだにしなかった。
山を下れば、ぶどう狩り、苺狩り、スキー場、テーマパーク…。そして秘湯、センター系を問わず良質の温泉がそこここに。
春に桜、秋に紅葉、冬は湖は凍てつきわかさぎ釣りの釣り客が賑わいを見せる。
夏場をのぞき2~4ヶ月に一度は姿を見せる私たちに、宿の管理人さんご夫妻はいつも「お帰りなさい」と出迎えてくれた。
…ひと月前までは。