みなさん、こんにちは。
 あと一回で連載第10回になってしまうのに、何故か旅は夕方に到着して夜が明けてまだ翌日の午前中という情けない有様。そろそろベルンの街を出て、主題のアルプスへ向かうつもりです。


*** アルプスは今日もお天気 ***

第9話 いよいよアルプスのふもとへ、の巻


 さて、そろそろ駅へ向けて引き返すとしますか。

 帰り道はちょっと横道へそれてみた。旧市街を右へ曲がると市庁舎があり、その向こうに教会がそびえ立っている。母はびっくり、「まあ、大きい教会ね」
 しかし、これで驚いてはいけない。さっきの十字路を反対に左へ曲がれば、さらに大きな教会がそびえているはずなのだ。行ってみよう。

 …確かに大きい。旧市街のメインストリートは、両側にラウベンがトランプのカードのようにずらっとのしかかっているから、その外側にあるものがすっかり隠れているのだ。道を曲がって初めて、そこに巨大な建造物があることに気付く。スイスで一番背の高い教会だそうだ。
 大寺院の側面に沿って歩いていくと、小さな広場に出る。モーゼの噴水のある広場だ。そこには観光バスが停まっていて、二組ほどのツアー客が固まっていた。一組は、ツアーガイドの説明を輪になって聞いていて、もう一組は大寺院正面の彫刻に目を奪われているようだ。どちらのツアー客も欧米人で、日本人ではない。飛行機にぎっしりと乗っていたあの日本人達はいったいどこにいるのだろうと思ったが、その答えは後ですぐわかる。標高が高くなると、空気は薄くなるが、日本人の人口密度は反比例して高くなるのだ。ユングフラウヨッホに登る鉄道の中では、4分の3が日本人ではないかとさえ思ってしまった。
 ま、それはおいておいて、大寺院の彫刻はすばらしい。著名な最後の審判のシーンの上には、キュートなガーゴイルがこちらを見下ろしていたので、思わずシャッターを切ってしまう。

 駅に戻ってきた。これからインターラーケン行きの列車に乗ればよいのだ。ただ、そろそろお昼過ぎである。おなかも空いてきた。というところで、ベルンの駅の地下にあるサンドイッチ屋さんで昼食を仕入れることにした。
 サンドイッチ屋さんというか、いろんなパンの間に総菜を挟んで売っているお店だ。問題は注文である。売っているカウンターと見本が並んでいるウィンドーがちょっと離れており、指さし注文ができないのだ。ウィンドーの向こうには美味しそうなサンドイッチがたくさん並んでいて、食欲をそそるのだが、さあ困った。それぞれのパンに付いている商品名なんてとても発音できないぞ。
「どうする?」 「よ〜し、ペンとメモだ!」
 結局、商品名をメモして、お店の人に渡した。なんとかなるものだ。それにしてもこのサンドイッチ、一個がとっても大きいぞ。

 インターラーケン行きの列車は、チューリヒ−ベルン間の列車より少し混んでいた。でも余裕で座れる。ミニバーが飲み物を売りに来るので、紅茶と"ノンガス"ミネラルウォーターをたのむ。
 やがてトゥーン駅を過ぎて、トゥーン湖が車窓を飾る。すっごく大きいサンドイッチをほおばりながら、景色を楽しむことにした。
 チューリヒ−ベルンの車窓にはどこかセットの裏を見ているような寂れたもの悲しさがあったが、こっちは違う。緑の丘に美しい湖面、家々は、憧れていたスイスのシャレーで、出窓には花がいっぱい。うーん、本当は旅行者はこっち側だけを見るべきなのだろうか。
 とはいえ、雲は厚く垂れ込めており、湖のすぐ上を覆っている。いったいどっち側に山がそびえているのか見当もつかないぞ。ユングフラウはいったい何処だ?

 インターラーケンヴェスト駅を過ぎると、終点オストまではわずか2分ほどだ。ベルンで出会ったアーレ川がここでも不思議な碧色の水をたたえている。日本でも秋の季語に「水澄む」という言葉があるそうだ。春夏の水は雪解けの水で濁っているからなのだそうだが、そうするとアーレ川などさしずめ、万年雪や氷河から融けだした水でできているのだから、永遠に澄むことのない美しい碧の濁り水をたゆたわせていることになる。
 ここで黄色と焦げ茶色のレトロなBOBに乗り換える。このBOBの車両は、帰国してから写真を実家の父に見せたら、20年前に乗ったのとまるで変わっていないな、と懐かしげに言っていた。父は小さい頃見たヴェッターホルンの写真に憧れて、一度きりの欧州出張の際、休日を利用してユングフラウヨッホに登ったことがあるのだ。

 インターラーケンまで来ると、流石に日本人が多い。
 BOBの中もしかりだ。
 間違えないようにラウターブルンネン行きの前半分の車両に乗る。時間より数分遅れて、ことことと小さな電車は出発した。
 雲は依然視界を覆っているが、この可愛らしい鉄道が、リュチーネ川の流れに沿って、深い谷間を縫うように進んでいることはわかる。ツバイリュチーネンで川が二股に分かれると一緒に鉄道の線路もまた二股に分かれていく。
 やがて雲の間からのそりと凄いものが見えてきた。あまりの迫力に圧倒されて、しばらくの間それが何度も写真で見たラウターブルンネンの谷だということがわからなかった。
 頭上を隠す厚い雲のため、まるで何処までが谷の岩壁なのかわからない。想像していたのと異なり、両側にそそり立つ氷河に削られた壁は、茶色や黒などではなく美しい白い岩に幾本もも茶の縦筋が走った絵のような壁だった。駅舎が近づいてくると、谷のシンボルともいえるシュタウプバッハの滝が見えてきた。
 こーんな凄いところに3泊するんだ。…と、思ったら、最初の雨の滴が窓をぬらした。

 よかった〜。無事アルプスにたどり着きましたね。夫は私の旅行記を「世界の車窓から」の様だという。ほめ言葉ではなくて、一回でちっとも進まないから。

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