これを書いていた当時のことです。某学会がインターラーケンで開催され、当時の職場のメンバーが大挙してそちらに向かいました。
 その時思ったこと。
 ちょうど私がプライベートで訪れていた日程と同じだなぁ。でも、お仕事で行くよりプライベートで行く方が何倍も楽しいのは経験済み。雨乞いなんてしませんってば。


*** アルプスは今日もお天気 ***

第32話 アーレシュルフトに入ってみようの巻


 アーレシュルフトと書かれた小屋に入ってみる前に、しなくてはならないことがある。峠越えバスのバス停確認だ。
 道を渡ったところに停留所がある。調べてみると確かに峠越えバスの停留所だ。時刻表も手持ちのものと同じ、10:27にグリムゼル峠経由のバスが、11:09にスーステン峠経由のバスが、それぞれ停車することになっている。これで一安心だ。
 そう、時間ぎりぎりの危ない橋を渡るとは言っても、私は2重3重に保険をかけていたのだ。万が一、当初予定していたグリムゼル峠経由のバスに乗り遅れても、42分後にはスーステン峠経由のバスが来る。それに乗ってゲッシュネン経由アンデルマットでFOに乗り換えても、同じ時間にツェルマットに着くことが出来る。
 さらに万が一、それすら乗れなかったり、峠越えバスのバス停が見つけられなかった場合には、13:46までに何とかしてマイリンゲンに戻れば、インターラーケンまで戻って鉄道を乗り継いで、ゴルナーグラート鉄道の終電でホテルにたどり着くことが出来る。
 もちろん、万事予定通りいくにこしたことはないのだが。

 さて、手持ち時間は40分を切っている。シュルフトをどこまで進むことが出来るだろうか。

 三角屋根の小屋に入ると、お土産物が並んでいる奥に、入り口があった。結構人がいる。バスを降りたのは我々だけだったが、車や大型観光バスで来る人も多いようだ。
 ジグザグに階段を下りていくと、そこはまさに渓谷の中であることがわかる。入り口で渡されたパンフレットを見ると、反対側の入り口の方が幅が狭く入り組んでいた。うーん、こっちの入り口は「はずれ」であったか。制限時間内に反対側まで歩いて戻ってくることは不可能だ。残念。

 通路は、アーレ川が大地を深く鋭利に削り取った岸壁にとりつけられている。下を見下ろすと不思議に静かな水の流れがある。上を見上げて初めてこのシュルフトの凄さがわかる。そこはこの静かな流れが削った跡とはとうてい思えない深さで、遙か頭上に切り取られた青空が見える。
 とはいえ、川幅は広く、迫力には欠ける。反対側の入り口では、おそらく岩に狭められた流れが勢いよくしぶきをあげ、スピードを増して右に左にうねりながら轟々と音を立てているのだろう。
 母が言った。
「凄いわねぇ。スイスには山だけじゃなくてこういうものもあるのね」
 それを聞いただけで、限られた時間をやりくりしてでもここに来た甲斐があったと思った。忙しい日本人旅行者と言われるが、せっかく来たからには、出来るだけ沢山のものを見たいと、誰しもが思うだろう。のんびりしたいところではのんびり、見たいものが沢山あるところではせっせと動く、これが理想だ。

 岩肌はごつごつだ。大きく出っ張ったり引っ込んだりしている。
 通路が川に沿って左にカーブしている。そこを曲がると大挙してお年寄りがこちらに向かってくるのが見えた。狭い通路なので一列になり、ぞろぞろと歩いてくる。旗こそ立てていなかったが、ツアーらしい。みなさま欧米人で、帽子に動きやすい服装をした旅行者たちだ。一瞬、さっき別れたバスの乗客たちが反対側の入り口から入ってきたのかと思ったが、それには早すぎる。みんな口々に挨拶して私たちとすれ違っていく。どうしてこう、アーレシュルフト近辺は、年齢層が高めなんだろう? 不思議だ。

 半分くらい進んだ所で、引き返すことにした。これから先が見所らしいのに本当に残念だ。でも帰りは階段を昇らなくてはならないし、バスは電車と違って時間が正確ではないだろうから早めに戻っておく必要がある。

 もと来た道を戻り、入り口の小屋で絵葉書を買った。アーレシュルフトの急流をいろいろな角度で撮った写真の絵葉書だ。今回はこれで我慢しよう。

 なお、このアーレシュルフトで、スイスでは初めてコイン式の御手洗いを体験した。それからお土産物屋さんで他の旅行者に「チャイナ?」と聞かれた。ノー、ジャパニーズ。

 さて、そろそろ峠越バスの来る時間である。停留所に立って、山道を見ると、蛇行した道路に沿って、バスが向かってくるのが見えた。もしや、と思ったが違った。ドキドキしている。まさかもう行ってしまった後ということはないだろうけど、始発駅で待つのと、途中で待つのとではやっぱり心配度が違う。何台か自家用車や、観光バスが通過する。もう、停車時間を5分も過ぎているぞ。どうしたんだろう。
 新たなバスがカーブを曲がってくる。今度は黄色い車体のPTTバスだ。近づいてくるに従って、バスの額の行き先板にマイリンゲン−グリムゼル−フルカ−スーステンと記載してあるのが見えた。
 手を挙げるとバスが停まった。良かったぁ。これで安心だ。

 今にして思うと、グリムゼル峠越えにこだわらず、スーステン峠を越えていけば、もう少し余裕を持ってシュルフトで遊ぶことが出来たんですね。でも、端から端まで所要時間30分では、往復すれば1時間、やはり反対側まで行くには体力的にきついものがあります。なにしろ、これからゴルナーグラートまで行かなきゃならないんですから。

一つ戻るとりあえず目次へ戻る今日はここまでにしてTOPへ戻る