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** ケアンズと森とビーチの休日 **

10.ココナッツとおじさん




 私はすぐに桟橋を潜ってやってきた不審な人物のことも忘れてしまった。
 森の中を歩くのはとても気持ちが良くて、ビクトンヒルほどではないにしても時々綺麗な蝶が横切るし、頭上からは鳥の声が聞こえてくる。
 たわわに実るパパイヤの木も見つけた。
 ところどころ歩きにくい場所は木道が通されている。
 この森もやはり花の姿がほとんど無い。緑一色の古い森だ。

 歩き始めて5分ぐらいしただろうか。
 ふいに後ろから足音が近づいてきた。
 ざっざっざっざっ・・・。
 とたんに思い出した。
 あの人だ。さっきまでコースの入り口で刃物を振り下ろしていた人だ。
 ど、どうしよう。
 ビクトンヒルやヒンチンブルック島で女性が一人でウォーキングしていたからって、自分にもできると思ったのが間違いだったのかもしれない。
 やっぱりパパに一緒に歩いてもらうべきだったか。
 こんなところで大声を上げたところで誰一人気づかない。
 オーストラリアで行方不明とか殺人事件とかそんな見出しが私の頭の中をぐるぐる回り始めた。 




 足音はどんどん近づいてきた。
 私は恐る恐る後ろを振り向き、それからびくびくしながら道の端に寄った。
 「お先にどうぞ」
 やっぱりあの人だった。
 その人は「サンキュ」と言うと私を追い越してまたざっざっと足早に歩いていった。
 ホッ。

 気を抜いたのもつかの間。
 やおらその人は立ち止まり振り返った。
 ぎゃ~っ。
 そして何と戻ってきた。




 「ココナッツは好きか?」
 「い、い、い、いえす・・・」
 そうか、というようにその人は肯くと、背負っていた薄汚れたリュックを降ろした。
 そしてリュックの中からごろんと、外側の皮を剥いたココナッツの実をひとつ取り出し、何かの刃物でくるくるっと器用にてっぺんの所に丸い穴を開けた。
 「飲んでごらん」
 「は、は、は、はい・・・」
 否とは言えない。毒を入れる暇なんて無かったはずだと思いながらココナッツに口をつけた。
 砂糖なんかとは違う種類の甘みがある天然ココナッツジュースの味だ。
 「美味しい?」
 「さ、さ、サンキュ」
 「うん、良かった。じゃ」
 今度こそ本当にその人はざっざっと足音を立てて行ってしまった。

 ああ~っびっくりしたぁぁぁ。

 私の手に残されたのはずっしりと重いココナッツ。
 どうやらあの人が海の中に行ってせっせと拾っていたのは椰子の実だったらしい。
 そしてウォーキングトラックの入り口近くでガツッガツッと割っていたのは椰子の実の外側の殻だったのだ。
 彼のリュックにはまだまだ沢山のココナッツが入っているようだった。
 彼は怖い人ではなく実は親切な人だった。
 疑ってごめんなさい。

そして何事も無かったようにざっざっとまたマイペースに歩いていくおじさん。


私の手に残されたのは・・・





9-11カトンブラザーズのウォーキングトラックへ続く


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