13.まだまだ機内はトラブルだらけ
まだトラブルは続いた。
次は自分が当事者になってしまった。
まもなく成田だということで、機体がゆっくりと降下を始めると、あっ、やばいかも、耳に何かつんときた。
私は右耳が聞こえない。
生まれつきではなく幼少時に中耳炎を患いそれ以来聞こえない。
耳は二つあるので、日常生活には不自由は無い。
聞こえない右耳の分は全て左耳がカバーしている。
ただ、それでも少しは不便を感じることがある。
どうしてもざわついた場所で自分に向けられた言葉を正確に聞き取るのは難しいし、聞こえない方の耳の側から話しかけられても返事ができないことが多い。
もうひとつ困ったことは耳抜きができないことだ。
これまで三度ほど体験ダイビングをしたが、いくら教えられたとおりにトライしても耳抜きというものができない。
通常鼻をつまんで「ふんっ」と耳から息を抜くと、人間の体は気圧調整ができるはずなのだが、どうしても耳から空気が抜けず、気圧を自由に調節することができない。
仕方がないのでダイビング中は、こまめに唾液を飲み込んでしのいでいた。
そのせいか、過去一度、降下する機内で猛烈な耳の痛みに襲われたことがある。
あれはヒューストンに降りるコンチネンタル機だった。
風邪も引いていないし体調も良かった。
何が原因で気圧調整にしくじったのか判らない。ただ、たぶん私の右耳に関係あるんだろうなと思っていた。
今回久しぶりにそれが来た。
やばいと思い急いで鞄からキャンディを取り出して口に放り込んだ。
ずきずきと痛み出した鼓膜は、やがて耐えきれない苦痛になった。
うぎゃ~っ。
思わず前の座席の背もたれに手をつき、頭を低く下げた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
レナの嘔吐から、カナと席を交替していた私はパパの後ろに座っていた。
「パ、パパ、耳が・・・耳が痛い」
どうしようもないことは判っていた。とにかく耐えるしかない。
ただ、こんなにも痛いんだと言うことをとりあえず判ってほしくてパパに声を掛けた。
私を振り返ったパパは、またもや乗務員の呼び出しボタンを押した。
するとすぐにスチュワードが二人やってきて、私にジェリービーンズの袋を寄越した。
「これを噛むと楽になるから」
もうキャンディーなめてるし、今更ジェリービーンズごときで痛みが治まるとも思えなかったが、少しでも緩和できればと思い指示に従った。
うう、でも全然効かないよ。
よく離陸や着陸時に子供が痛がるといけないから飴を用意しろと聞くけれど、はっきり言って本当にその状況になったら飴やガムなんて気休めにもなりゃしない。
まったく効果ないじゃん。
スチュワードは諦めなかった。
今度は何かディスポーザブル・お手拭きの小さいのみたいな紙パックを持ってきた。
それをびりっと破いて私に吸入するよう教えてくれる。
スーッと頭のシンまで清涼感のある香りが染み渡った。
ユーカリオイルだった。
ユーカリオイルをしみこませた紙をカンタスでは常備しているのだ。
流石はユーカリの国、オーストラリア。
今度こそ楽になった。
まあ、降下速度が落ちて単に耳が楽になったというのもあるかもしれないが。
親身になっていろいろしてくれた乗務員たちに感謝。
さっきまでは二度とカンタスに乗るものかと思っていたけど、やっぱりカンタス、そんなに悪くないかもしれないと思い直した。